「朝の忙しい時間なのに思わず手が止まった」河合優実が朝ドラ『あんぱん』視聴者を“もらい泣き”させた“迫真の3分間”

2025年5月24日(土)8時0分 文春オンライン

 いま最もお茶の間を夢中にさせている俳優・河合優実。現在放送中の朝ドラことNHK連続テレビ小説『あんぱん』でヒロイン・のぶ(今田美桜)の妹・蘭子を巧みな表現力で演じ、視聴者から絶賛の声が寄せられている。


 特に婚約者・豪(細田佳央太)の戦死の報せが届いた第8週(5月19日〜23日)は河合の独壇場だったと言っても過言ではないだろう。



朝ドラ『あんぱん』公式Instagramより


平成生まれなのに“昭和の女”がよく似合う


 河合は2019年のデビュー当初から、ミニシアター系の映画で頭角を現し、知る人ぞ知る存在だった。その名を全国区に知らしめたのが、昨年1月期に放送された『不適切にもほどがある!』(TBS系)だ。


 “ふてほど”の略称で流行語大賞にも選ばれた同作は、クドカンこと宮藤官九郎が脚本を手がけたオリジナル作品で、『あんぱん』にも出演中の阿部サダヲ扮するコンプライアンス意識の低い昭和のおじさん・市郎がタイムスリップしてしまうコメディ。河合は非行に走りがちだが、心根は優しい市郎の一人娘・純子を好演した。


 平成(しかも2000年)生まれとは思えないほど中森明菜ヘアにロング丈のセーラー服というスケバン女子高生スタイルを着こなし、「あの子は誰?」と話題騒然に。山口百恵や中森明菜を彷彿させるという声もよく耳にするように、どことなく昭和のムード漂う顔立ちや佇まいが他の人にはない魅力だ。


 そのため、『あんぱん』放送前から多大な期待を寄せられていた河合優実だが、それを大きく上回る名演で日々話題をかっさらっている。河合が演じる蘭子は朝田三姉妹の次女で、女学校卒業後は郵便局に勤め、家計を支えるしっかり者。祖父・釜次(吉田鋼太郎)が営む石材店で働く若き石工・豪に人知れず想いを寄せている役どころだ。


 その秘めたる恋心に視聴者が気づいたのは、第12回におけるパン食い競走のシーン。当日、出場者の受付を手伝っていた蘭子のもとに豪がやってくる。少し言葉を交わした後、受付表に自分の名前を記入する豪。わずか数秒だったが、豪を愛おしそうに見つめる瞳と、恥ずかしそうに前髪を整える仕草だけで河合は蘭子の恋心を伝えてみせた。


少ないセリフでも心を掴む“受けの演技”


 演技は大きく、自らの役の意見や感情を前面に主張する“攻め”の演技と、それを受けて反応を返す“受け”の演技に分けられるが、河合は後者の評価が高い俳優だ。特に蘭子は控え目な性格であまり自分の気持ちを口にしないため、台詞は限りなく少ない。


 そこで光るのが、河合の表情や視線の動き、佇まい、仕草などで役の気持ちを物語る“受け”の演技。朝ドラが放送されている午前8時は、多くの人が会社や学校に行く前の支度を整えている忙しい時間帯である。にもかかわらず、折に触れて河合のリアクションが話題に上がっていたのは、それだけ彼女につい手を止めて見たくなるような吸引力があるからに他ならない。


 そんな河合優実が視聴者の心を完全に掴んだのは、第29回で蘭子と豪が想いを伝え合うシーンだ。豪の出征が決まるも自分の気持ちを伝えるタイミングを逃し続けていた蘭子。壮行会の日も静かに席を外し、朝田家を後にした豪を追いかけるが、「きっともんて(戻って)きてよ。きっとやのうて、絶対や」と伝えるのが精一杯だった。しかし、豪が意を決して「無事もんてきたら、わしのお嫁さんになってください」とプロポーズ。


 それを受けた河合の反応は向こう何年、何十年に渡って語り継がれることだろう。蘭子は豪の言葉に驚き、ふらっとよろけるように後ずさりする。長年の恋が成就し、嬉しくないはずがなかった。けれど、豪とは離れ離れになってしまう。「豪ちゃん……。どういて今そんなこと言うが?」という台詞以上に、頭を押さえる仕草と眉間にシワを寄せて涙を堪える表情がその葛藤を物語っていた。


 その後、今田美桜演じるのぶに背中を押される形で、蘭子が「うち、おまさんのこと、うんと好きちや……。豪ちゃんのお嫁さんになるがやき、もんてきてよ」と豪に伝え、2人はようやく結ばれる。蘭子は豪が満期除隊になって帰ってくる日を指折り数えて待ち続けた。


河合優実が“攻め”に転じた圧巻の3分間


 ところが、第37回のラストで豪の戦死が判明。釜次の悲痛な叫びを受け、駆けつけた蘭子の目に死亡告知書が留まる。河合のわずかな表情の変化から蘭子の感情が静かに死んでいくのを感じた。涙が一滴も出ないほど茫然自失とし、周りが国のために戦死した豪のことを「立派だ」と言うのを、悔しさを滲ませながらただ黙って聞いていた蘭子。


 そうやって常に“受け”に徹しているからこそ、“攻め”に転じた時の爆発力は凄まじい。河合がおそらく本作で初めて感情をむき出しにしたのは、第38回のラスト3分。


 豪との甘酸っぱい思い出が残る空き地で一人佇んでいた蘭子は、追いかけてきたのぶに「どこが立派ながで。 みんなが立派やと言う度に、何べんも何べんも聞く度に……うちは悔しゅうてたまらん」と本音をこぼす。だが、女子師範学校で愛国心を植え付けられたのぶは「豪ちゃんの戦死を誰よりも蘭子が誇りに思うちゃらんと」と声をかけた。


 国のために命を惜しまずに戦うこと。大切な人が戦死しても悲しむより、まず立派だと称えること。それが当時、誰もが信じていた“正義”だったのだろう。


 しかし、蘭子はそれを「ウソっぱちや!」と吐き捨て、「うちは豪ちゃんのお嫁さんになるがやき! 絶対にもんてきてって言うたがよ! 豪ちゃんも、もんてきますって言うたがやき!」「うちは立派らあて……決して立派らあて思わんき!」と戦争への怒りを叫ぶ。


 この時、河合優実は涙を流していない。深い悲しみに直面すると人は泣きたくてもうまく泣けないものだ。でも、心は泣いていることを確かに伝える迫真の演技に多くの視聴者が“もらい泣き”させられた。


 本作が始まってまだ全体の3分の1程度とは思えないほど、河合の演技は成熟しきっている。落ち着いて見えるが、蘭子はまだ10代。豪との悲しい別れを胸に彼女がこの先の長い人生をどのように生きていくのか。河合の年を重ねていく演技を追い続けていきたい。


(苫 とり子)

文春オンライン

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