エリック・クラプトンとギターをこよなく愛する金正恩の兄「論壇デビュー」か

2025年4月11日(金)15時52分 デイリーNKジャパン

北朝鮮の歴史専門学術誌「歴史科学」は、昨年の2月号に、「わが共和国を核保有国の地位に立たせた偉大な領導者金正日同志の不滅の業績」というタイトルの寄稿文を掲載した。


その著者に注目が集まっている。金正哲(キム・ジョンチョル)——つまり、金正恩総書記の兄と同じ名前だ。記事には著者のプロフィールが記されていない。


韓国のサンド研究所が運営するサンドタイムズは、このほど同雑誌を入手して分析を行い、金正哲氏の今について報じた。


歴史科学2024年2月号の寄稿者は23人だが、「キム・ジョンチョル」という名を持つ者以外は、朝鮮社会科学院の室長、金日成総合大学の博士など、名前と所属、役職がすべて明かされている。


北朝鮮研究の権威のひとりで、世宗研究所の統一戦略研究室長を務める鄭成長(チョン・ソンジャン)氏はサンドタイムズに対し、「所属と役職を明らかにしていないことから、金正恩氏の実兄である金正哲氏と推定される」「金正恩氏が権力掌握に自信を見せ、競争相手ではない実兄を限られた範囲で徐々に公開しようとする意図があるものととみられる」と述べている。


また、北朝鮮で高官を務めた脱北者A氏も、サンドタイムズの取材に「特殊な身分で所属と役職を公開してはならない重要人物と思われる」と述べた。


音楽好きで知られる金正哲氏は、「女性的で、権力欲がない」との理由で、早いうちから後継者候補から外されたと言われている。


韓国に亡命した元駐英北朝鮮公使の太永浩(テ・ヨンホ)氏は、金正哲氏がエリック・クラプトンのライブを見るために英国を訪問した際、「空港から(CDショップの)HMVに行きたいと随行員を急かし、ライブ会場では熱狂して拳を振り上げていた」と振り返った。



また、楽器店でギター40分間演奏し、「このギター欲しさに(全世界の)すべての(北朝鮮)大使館に電文を送った」と述べた。


そんな彼が、急に寄稿文を寄せた理由については、国内における地位の変化が背景にあると見られる。寄稿文は、ざっくりこんな内容だという。


1990年代初頭、米国からのプレッシャーに晒された故金正日総書記は、自主権を守るために核開発を決断し、2006年に1回目、2009年に2回目の核実験に成功した。北朝鮮が核保有国になれたのは「天出名将金正日同志の不滅の業績」であり「英雄的決断」によるものだった——。


北朝鮮が米国などとの非核化交渉を拒んでいる状況で、この寄稿文は「核保有の正当性」を再定義するものとも読み取れる。


発表のタイミングも絶妙だ。金正恩氏が娘のジュエとされる女性を公開した時期と重なる。最近では、妹の金与正(キム・ヨジョン)の実子と思われる男児と女児の写真も公開され、「4代目の世襲」の構図が可視化されつつある。


上述の鄭氏は「金正哲氏の登場は、家系全体の歴史的正当性、核保有の正当性を再認識する時期と正確に一致する」「金正哲氏が家系の歴史記録者としての役割を果たしていると見られる」と分析した。


韓国政府関係者は「北朝鮮内部でも金正哲氏は単なる音楽好きとしていか知られていないが、実際には体制の核心的なレガシーを記録・管理する企画者クラスの役割を果たしている可能性がある」と述べた。


金正哲氏が、金正日氏の「核というレガシー」を正当化するナラティブを公の場で打ち出したことは、彼の地位に変化が生じたためではないかという見方も出ている。


彼の寄稿文は、北朝鮮の核保有の正当性を強化し、金正恩体制の核のレガシーを再解釈しようとする政治的宣言に近い。北朝鮮が国家の新しい未来を立ち上げるに当たって、過去を再構成しようとするのは、珍しいことではない。


北朝鮮は以前から、「後継者以外はすべて排除する」という姿勢を見せていた。金正日氏は、異母弟の金平日(キム・ピョンイル)氏を平壌から遠ざけた。パイプカット手術を受けさせられたとの情報すらあった。


金正恩氏は、異母兄の金正男(キム・ジョンナム)氏を暗殺した。母親の異なるきょうだいには冷酷な姿勢を示す一方で、同じ母を持つ妹の金与正氏は重用している。金正哲氏も同じではないだろうか。


政治的野心もなく、公の場に姿を見せることがほとんどない彼は、体制を揺るがす存在ではなく、むしろ弟の金正恩氏と共に、「白頭血統」や「核のレガシー」を強化、保存するための、非公式の記録者として活動の場を与えられたのではないかと見られている。

デイリーNKジャパン

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