「ありがた迷惑だ」国家の”配慮”に困惑顔の北朝鮮国民
2025年4月19日(土)5時17分 デイリーNKジャパン
北朝鮮の首都・平壌の東にある陽徳(ヤンドク)温泉文化休養地は、金正恩総書記が旗振り役となって造成された巨大スパリゾートだ。オープン直後に新型コロナウイルスの世界的大流行という不運に見舞われ、当てにしていた中国人観光客が全く来なくなってしまい、現在は国内客が主に利用している。
当局は、新聞社の記者にこのスパリゾートのタダ券を配ったのだが、受け取った本人たちは困り果てている。中には夫婦喧嘩になる人もいるのだとか。
一体何が起きているのか、平安南道(ピョンアンナムド)のデイリーNK内部情報筋が伝えた。
朝鮮労働党中央委員会(中央党)の宣伝扇動部は先月21日、「党のラッパ手」である各道の新聞社記者の労をねぎらい、健康のためにと、陽徳温泉文化休養地の「配慮」の指示を下した。ちなみに宣伝扇動部は金正恩氏の妹、金与正(キム・ヨジョン)党副部長が籍を置く部門だ。
朝鮮労働党平安南道(ピョンアンナムド)委員会(道党)宣伝部は、平南日報社の党委員会を経て、すべての記者、編集員、論説員にタダ券を配った。そして、今月1日からグループ分けをして1週間のツアーに参加することになった。
またとないチャンスに記者たちは大喜びかと思いきや、さてどうしたものかと頭を抱えている。
入場券は配ったが、様々な費用は個人負担となるからだ。
日報社内の党委員会は、そんな空気を察知したが、せっかくの中央の特別の配慮なのに、経済的負担のせいで行かなければ、党の配慮に対する裏切り行為だとして、個人的に経費を調達して参加するように暗に強要した。
4月には、故金日成主席の生誕記念日である太陽節(15日)があることから、中央党はスパリゾートが賑わっているという宣伝をしたいようだ。その「絵」を作るために、無理やり人をかき集めるという思惑があるのかもしれない。
その費用だが、1人あたり最低でも50ドル(約7150円)はかかる。市場価格でコメが120キロも買えるほどの額だ。情報筋は語った。
「記者の給料は一般の工場労働者の給料よりは高いが、1週間に50ドルを使うほどの経済的余裕はなく、給料が毎月きちんと出るわけでもないので、費用の調達に苦労している」
一般的な労働者の月給は3万北朝鮮ウォン(約200円)なので、記者の月給が4万北朝鮮ウォン(約270円)だとしても、2年分以上の年収がかかる計算だ。
毎月のやりくりに苦労している記者たちの妻は、こんな嫌味をぶつけるという。
「ただでさえ経済的に苦しいのに、家族全員の1カ月分の生活費を使って温泉に行ってサウナに入るなんて、それのどこが嬉しいの?」(記者の妻)
かくして夫婦喧嘩になるケースもあるそうだ。
自分で費用を調達できない記者は、企業所の党書記、支配人などの取材対象者を訪れて、「いい記事を書くから」と金の無心をする有り様だ。また、親戚や隣人から借金をするケースもあるとのことだ。
この話を耳にした地域住民は、「今、大枚を叩いて温泉に行ってる場合か」「そんな金があるなら、家族に白飯と肉のスープを食べさせた方がいい」との反応を示している。
しかし、「党の配慮」を無視すれば、後でどんなしっぺ返しを食らうかわからないため、記者たちに「行かない」という選択肢は事実上存在しない。「体制に反抗的」「不敬だ」と見なされれば、一生帰ってこれない旅に出ることになるかもしれない。
普段から嘘八百のプロパガンダ記事を書いている記者たちは、今度はそのプロパガンダのネタにされてしまった形だ。