「電気を使ってはいけない」北朝鮮、タワマン住民に緊急指示
2025年5月30日(金)11時23分 デイリーNKジャパン
田植えの季節を迎えた北朝鮮の首都・平壌だが、朝晩は10度以下まで下がるなど、依然として冷え込む。暖房器具を使いたくなるところだが、市当局は電気暖房禁止令を下した。
田植えに必要な電力が不足している中で、余計な電気を使うことはまかりならぬということだ。当局による取り締まりが行われているが、住民が密かに暖房器具を使い続けている。これは、そもそも家の構造に起因している。現地のデイリーNK内部情報筋が伝えた。
最近、平壌のタワマン団地の和盛(ファソン)地区の林興(リムン)通りと、西浦(ソポ)地区の前衛通りのマンション住民を対象に、電気使用に関する検閲(検査)が抜き打ちで行われている。
平壌市人民委員会(市役所)は今月始め、「田植えのために農村に大量の電力を送る必要がある時期だ」として、市民に対して電気を使用するヒーターなどの暖房の使用を禁止する緊急指示を下した。
林興通り、前衛通りの住民にも、人民班(町内会)を通じて、「寒くても電気暖房は絶対につけるな。キッチンに設置された電気ヒーターも使うな」という、市人民委員会名義の通達が下された。
また、人民班長(町内会長)は会議を開き、住民に対して「農業がうまくいくには平壌市民が率先して電力を節約すべきだ」「元帥様(金正恩総書記)と(朝鮮労働)党の配慮で新しい家に住めるだけでも身に余ることであるのだから、皆で節約精神を発揮して国の農業を助けよう」と訴えた。
しかし、会議後に住民はぶつくさと不満を漏らしたという。それには訳がある。
林興通り、前衛通りの新築高層マンションは、オール電化ではないにしても、主に電気を使用する前提で設計されている。キッチンに電気ヒーターが設置されているのもそのためだ。住民たちは、電気の使用を「選択」ではなく「与えられた権利」と捉えているという。
住民たちは、「今さらなぜ電気を使うなと言うのか」「電気が来たら、気をつけながらこっそり使えばいい」といった会話を交わしていたという。
一方で、古いマンションでは、暖房も炊事も練炭を使う方式となっている。ボイラーを使う床暖房が採用されているマンションを、わざわざ練炭が使えるように改造する人もいる。大規模な火力発電所があるにもかかわらず、平壌では依然として、エレベーターですら自由に利用できないほどだ。
市当局は、指示が全く無視されていることに気づいたのだろう。今月11日に、和盛区域と兄弟山(ヒョンジェサン)区域人民委員会(区役所)が、市の指示に従って、タワマン住民に対する電気使用の抜き打ち検査を行った。
人民委員会の職員と人民班長からなる取り締まり班が、電気が供給されている時間帯に10棟のマンションから任意の世帯に突然押しかけて検査を行った。その結果、ほとんどの世帯でヒーターなど電気を利用する暖房器具を使っていた痕跡が見つかった。
摘発された人は、第3放送(有線ラジオ)で、実名を挙げて批判された。見せしめにして恥をかかせることで、無理矢理にでも電気を節約させようという北朝鮮式省エネ法だ。
だが、市民は、抜き打ち検査を回避するための情報共有を怠らず、あらゆる手段で対応を図っている。市民の間では「夜に電気がぱっと灯った(電圧が安定している)日は、検閲が来る恐怖の日だから注意せよ」との噂が流れている。
また、「夜に突然人民班長がドアをノックしたら、それは電力検閲の合図だから絶対にドアを開けるな」「灯りを消して寝ているふりをしろ」などと互いに検閲を避ける方法を伝え合い、検閲が実施されると電話で知らせ合うなど、必死に対応している様子がうかがえる。