「タダでは火災現場に行かない」北朝鮮の消防隊は超高価な有料サービス
2025年5月18日(日)5時27分 デイリーNKジャパン
北朝鮮の中国との国境都市・新義州(シニジュ)のマンションで火災が発生した。しかし、住民が通報をためらっている間に火の手が広がり、大規模な火災となって多くの人々が家を失った。なぜ通報が遅れたのか。その背景について、米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)が報じている。
新義州の情報筋は、「先月27日午後1時ごろ、新義州税関の隣にあるマンションで予期せぬ火災が発生したが、消防隊が適時に出動できず、10世帯が焼失した」と証言している。
火災当日は日曜日であり、大人の多くは整地作業の勤労動員に参加していたため、家には子どもたちだけが残されていた。火元とされる部屋には小学生の児童たちが集まって遊んでおり、火遊びをした結果、家具や家財道具に引火したと見られている。
子どもたちは火の手に驚いて外に逃げ出し、周囲に助けを求めた。しかし、人民班(町内会)の警備員や住民の一部は、消防隊への通報をためらい、自力での消火を試みた。その間に火の勢いは増し、隣室や上階にも燃え広がった結果、最終的には屋上まで延焼し、10世帯が焼失するという大惨事となった。人的被害がなかったことは、不幸中の幸いと言える。
では、なぜ住民は消防隊への通報をためらったのか。情報筋は、次のように語る。
「多くの人民班は30世帯前後で構成されているが、各世帯が50万北朝鮮ウォン(約3500円)を拠出するのは非常に困難である。住民たちは出動費用に対する負担感から通報をためらい、自力で消火を試みた結果、火が屋上にまで広がってしまった」
北朝鮮の消防隊は、装備の不足、老朽化、そして燃料の欠如により、火災が発生しても十分に機能していない。昨年までは通報に伴って3万ウォン(約210円)程度の燃料費が必要であったが、今年に入ってからはそれが50万ウォン(約3500円)に引き上げられた。つまり、16.7ヶ月分の月給に相当し、一般住民にとっては非常に大きな負担となっている。
本来、北朝鮮の消防隊は火災発生時に住民の通報を受けて出動し、消火活動を行う「安全部」傘下の機関である。道安全局や安全部に設置された消防隊は、火災発生時に即時出動して住民の生命と財産を守るべき存在である。しかし、実際の火災現場では、その役割を果たしていないとの指摘が相次いでいる。
一部の住民からは、「消防隊があっても意味がない」との批判が上がっており、形骸化した消防体制への不満が高まっている。
「火災が発生しても、安全部が消防車の燃料費を住民に負担させるのが、今のわが国(北朝鮮)の消防の実情だ」(情報筋)
また、現地の別の情報筋によると、小学校高学年の子どもたちが鴨緑江沿いのマンションの7階に集まり、ライターで火遊びをしていたことが原因で火災が発生し、最上階である12階まで延焼した。消防隊が現場に到着したのは、すでに10世帯が焼失した後であった。
情報筋は、「火災は約1時間で鎮火されたが、焼けた10世帯の家財道具——食器棚、布団棚、本棚など——はすべて焼失した」と述べた。また、「昼間に火災が発生したことと、地域住民が迅速に避難したことにより、人的被害は免れたようだ」とも語っている。
そのうえで、「しかし、住民たちは火災が発生してもまともに支援を受けられない消防隊を非難している」とし、「一方で、国が消防車の燃料を支給しないのに、安全部傘下の消防隊がどうやって速やかに消火活動を行えるのか、という住民の声も上がっている」と付け加えた。