人類が発見できた“ブラックホール” 4種を紹介 「太陽327億個分の重さ」「最も地球に近いもの」など
2025年5月22日(木)8時5分 ITmedia NEWS
●人類が初めて発見したブラックホール「はくちょう座X-1」
ブラックホールの存在に関する最初の予測は、ドイツの天文学者であるカール・シュヴァルツシルトによる1916年の計算に基づいていますが、実際の宇宙での発見は難航しました。ブラックホールそれ自体は目に見えないだけでなく、ブラックホールが物質を吸い込む過程で発生するX線は大気によって遮られるため、宇宙に望遠鏡を打ち上げなければ観測できないためです。
1964年、弾道軌道のロケットに観測装置を積んで宇宙をX線で見る初の試みにより、はくちょう座の方向に強いX線源が見つかり、これを「はくちょう座X-1」と名付けました。
その後の継続的な観測により、はくちょう座X-1には“目に見えない小さな天体”が存在すると判明。1970年代半ばまでには「ブラックホール以外にこのX線活動を説明することはできない」という見方が大勢となりました。この歴史的経緯から、はくちょう座X-1は「天文学史上初めて発見されたブラックホール」と呼ばれています。
ところではくちょう座X-1は、ブラックホール研究の第一人者であるスティーヴン・ホーキングとキップ・ソーンが1974年に賭けの対象としたことでも有名です。このときホーキングは「はくちょう座X-1はブラックホールではない」という方に賭けましたが、これは一種の保険だったそうです。
もし、はくちょう座X-1ほどブラックホールらしい天体がブラックホールであった場合、ホーキングの数多くのブラックホール研究が無駄になってしまう。一方で風刺で有名な時事ニュース誌「Private Eye」の執筆権4年分という慰めを得られるから、というのがその理由です。ちなみに、ホーキングの負けという賭けの決着は1990年に処理されたとのことです。
●初めて撮影に成功した「M87」のブラックホール
はくちょう座X-1を始めとして、ほとんどのブラックホールは天体の活動や位置の変化、あるいは重力的な影響など、間接的な証拠を元に発見されています。これは、ブラックホール自身は放射をしていないため、直接的な撮影ができないためです。
一方、ブラックホールが遮ってしまう光による“影”を撮影することは、理論上は可能です。ただしその場合、ブラックホールの周りの大量の物質が観測の邪魔をします。また、ブラックホールそのものは小さいため、なるべく大きいブラックホールを観測することが望ましいですが、そのようなブラックホールは、大量の恒星やガスが観測の邪魔をする銀河の中心部にあります。
国際観測チーム「イベントホライズンテレスコープ 」(EHT)は2019年4月10日、世界で初めてブラックホールの写真を公開しました。この写真は2017年4月に、世界各地にある電波望遠鏡で観測を行った結果を分析したものです。このとき分析した観測データは極めて膨大であり、大量のHDDを航空機で輸送したほどです。
撮影できたブラックホールは、おとめ座にある銀河「M87」の中心部にある超大質量ブラックホールです (通称M87*) 。このブラックホールは、重さは太陽の65億倍、直径は360億kmほどになります。しかし、M87までは5350万光年も離れているため、ブラックホールの大きさは月面に置かれたテニスボールほどにしかなりません。これを見分けたのがEHTの成果です。
なお、この写真で注意しなければならないのは、この写真に写っている黒い影はブラックホールそのものではなく、ブラックホールの重力の影響によって光が届かなくなる「ブラックホールシャドウ」と呼ばれるものです。
ブラックホールの本体は、この2.5倍小さいサイズになります。これらを含め、ブラックホール以外では決して考えられない画像となっていることから、EHTが撮影した写真は、ブラックホールが存在する直接的な証拠となっています。
ちなみにEHTは2022年5月12日に、私たち人類が住む銀河系(天の川銀河)の中心にあるブラックホール「いて座A*」の撮影も発表しています。
●太陽327億個分の重さを持つ「エイベル 1201 BCG」のブラックホール
M87のブラックホールは太陽の65億倍の重さと、“近所”では極めて重いブラックホールですが、宇宙にはもっと大きいと推定されているブラックホールもあります。ただし、「最も重いブラックホール」のランキングを見るときに注意しないといけないのは、その測定方法です。
上位にいるブラックホールは、銀河中心部の放射量やスペクトルデータを元に、理論モデルで計算した、概算による推定質量が大半を占めています。理論モデルも完全なものではないため、推定質量には大きな疑問符が伴うことになります。
信頼のおける方法で推定されたものに絞ると、最も重いブラックホールは、約27億光年の距離にある銀河「エイベル 1201 BCG」に存在するブラックホールです。2003年、ハッブル宇宙望遠鏡の観測画像から、エイベル 1201 BCGの周辺に円弧状の構造を発見しました。これは、エイベル 1201 BCGの後ろ側にある銀河の像が、エイベル 1201 BCGの重力によってゆがめられたものだと考えられました。
重力によって銀河の像がゆがめられる様子は、一般相対性理論で精度よく計算することが可能です。計算の過程で、エイベル 1201 BCGの中心部に存在するであろうブラックホールの重力的影響を、他の天体から切り離すことは可能であることから、直接的な計算でブラックホールの質量を推定できます。これは、放射などに基づく理論モデルよりは精度の高い計算方法となります。
2023年に行われた最新の計算では、エイベル 1201 BCGに存在する超大質量ブラックホールの質量は太陽の115億〜519億倍の間であり、おそらく327億倍が最も妥当な数値であろうと推定しています。精度の高いものとしては最も重いだけでなく、精度に問題のあるものを含めてもトップ10に入るほどの大きさとなります。
●“たった1560光年先”にあるブラックホール「Gaia BH1」
ところで、もしもブラックホールの近くに出掛けてみたいと考えた場合、訪問までに最短どれくらいの時間を考えれば良いでしょうか? 今のところ、地球から最も近くにあることが分かっているブラックホールは、2022年に見つかった、へびつかい座の方向に1560光年の距離にある「Gaia BH1」です。
ブラックホールの発見方法は、通常は物質を吸い込む過程で放出されるX線などを観測します。何も吸い込んでいない場合、ブラックホールを直接見ることはできません。しかし、ブラックホールが目に見える恒星と連星を組んでいる場合、お互いの重心の周りを公転することになります。つまり、恒星の位置を正確に測ることができれば、目に見えないブラックホールを見つけられます。
もちろん、1000光年以上も離れた恒星の正確な位置を観測するのは容易ではありません。しかし、ESA(欧州宇宙機関)が打ち上げた宇宙望遠鏡「ガイア」は、極めて正確な星の“地図”を作ることに特化しており、極めて小さな位置のズレも観測できます。Gaia BH1は、恒星の位置がわずか3秒角ズレていることを元に発見できました。これは月面に置かれた直径11cmの茶碗の縁を正確に測るのと同じ精度です。
ただし、他にも見えないブラックホールが眠っている可能性があります。例えば、おうし座にある「ヒアデス星団」には、2〜3個の見えないブラックホールが隠されているとするシミュレーション研究が2023年に発表されています。ヒアデス星団までの距離は150光年しかなく、もし存在するならばGaia BH1の1割以下の距離にあります。
ただし、仮にヒアデス星団にブラックホールが存在したとしても、現在の観測手段では発見が困難であると見られています。
※参考文献
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H. L. Shipman. “The Implausible History of Triple Star Models for Cygnus X-1: Evidence for a Black Hole”. Astrophysical Letters, 1975; 16, 9-12. Bibcode: 1975ApL....16....9S
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