MotoGPマシンのスイングアームはカーボンとアルミどちらが正解か/ノブ青木の知って得するMotoGP

2018年2月28日(水)16時38分 AUTOSPORT web

 スズキで開発ライダーを務め、日本最大の二輪レースイベント、鈴鹿8時間耐久ロードレースにも参戦する青木宣篤が、世界最高峰のロードレースであるMotoGPをわかりやすくお届け。第8回はカーボンスイングアームを中心にカーボンパーツや空力フェアリングにフォーカスを当てる。先日行われたタイ・ブリーラムテストでレプソル・ホンダがカーボンスイングアームをテストしていたが、アルミスイングアームとどう違うのか?


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 すでにマレーシア・セパンサーキットとタイ・ブリーラムサーキットの2ヶ所で開催されたMotoGP公式テスト。カタール・ロサイルサーキットでの公式テストも控え、いよいよ2018シーズン始動! という感じで盛り上がってきた。


 マシン面に注目してみると、リザルトを眺めている限りでは「コレ!」という技術的な決定打が見当たらない状態だ。各チーム、各ライダーとも「ごくわずかな差」を得ようとビミョーな試行錯誤を繰り返している。


 だが、正解はなさそう。今回は、「正解のなさが、今のMotoGPだ!」というお話。


 公式テストで注目を集めている技術的トピックスは、いくつかある。カーボンスイングアームもそのひとつだ。


■カーボンスイングアームの良し悪しとは


「え? それって地味じゃない?」と思ったアナタ。正解です。去年の最終戦バレンシアGPでひっそりとホンダがテストしていたが、マルク・マルケスが「誰も気付いてくれなかったよ……」と苦笑いしたほどだから仕方ない。


 実のところ、カーボンスイングアームは1980年代のGPマシンにも採用されていたほどだから、決して目新しい技術というわけじゃない。それ以降も思い出したようにポッと登場するが、なかなか定着しない。今回はどうだろう?


 今のMotoGPマシンのスイングアームはアルミ製が一般的だ。これをカーボン化するというと、「ああ、軽量高剛性狙いね」と簡単に結論づけてしまいそうになるが、まぁ慌てない、あわてない……。


 前提としてご理解いただきたいのは、アルミ製スイングアームやフレームといった金属製大物パーツも、しなるということ。しなるってことは、つまり歪むというか、たわむというか、いずれにしても「動いている」ということだ。

ヤマハのアルミスイングアーム


 にわかには信じられないかもしれないが、ホントです。計測したところで恐らく数値に表れるかどうかの微妙な程度だが、スイングアームは確実にしなる。ライダーはそのしなりを、主には接地感として感じ取っている。ぜひこれを信じたうえで、読み進めていただきたい。


 かつてカーボンは「軽くて硬い」という素材だった。皆さんよくご存じ、F1のカーボンモノコックなんかがそうですね。カッチリしていて余計な動きをしないから、サスペンション作動の精度を損なわない。ライダーらしく擬音に頼ると、「カチッ、パキッ、カンカン!」って感じかな。


「なるほど! じゃあMotoGPマシンのカーボンスイングアームも軽さと硬さを狙ってるのね」と思うでしょう? これがそうとは言い切れないのだ。


 MotoGPマシンはレギュレーションにより最低重量が157kgと定められている。コレ、GPマシンとしてはものすごく重い。かつて2ストロークの500ccエンジンだった頃は115kgなんて時代もあったほどだから、途方もなく重い。要するに、いくら軽量化を頑張ろうにも、軽くしようがないのだ。


 そこでワタシとしては、先にあげた「しなり」に着目しながら話を進めたい。


 実はワタシ、1995年10月にスポーツランドSUGOで行われたTBCビッグロードレースに参戦したんです。カジバの500ccGPマシン『C594』で。この時のC594はカーボンとアルミのハイブリッドフレームを採用していたのだが、これがまた全ッ然しならない! 接地感の「せ」の字もないというシロモノだった。リザルト? 参加9台中ビリですよ! カッチカチのフレームに手こずった苦い記憶しかございません(笑)。


 最近では、2009〜2010年にドゥカティがMotoGPマシンにカーボンフレームを採用した(2010年モデルはカーボンスイングアームにもトライ)。翌2011年にバレンティーノ・ロッシが加入すると、ロッシは「こりゃいかん!」とフレームをアルミにしてしまった。いろいろな理由があっただろうが、主にはカーボンの「カッチカチのしならなさ」にNGを出したのだろうとワタシは思う。


「じゃあダメじゃんカーボン!」と思うでしょう? これがそうとは言い切れないのだ。


 今は素材の改良が進み、しなるカーボンもあるのだ。だからスイングアームに採用することで、適度にしなり、接地感も損なわないながらも、アルミよりバネ下重量を軽くできる……かもしれない、というワケなのだ。


「じゃあイイじゃんカーボン!」と思うでしょう? これがそうとは言い切れないのだ(しつこい)。


 というのは、新世代カーボンスイングアームの先鞭を切ったホンダも、現時点では「これが正解!」と断定しておらず、コースやライダーの好みによってアルミ製と使い分けている。

タイ・ブリーラムテストでホンダはカーボンスイングアームのテストを行っていた


 もうひとつ注目されているカーボンフロントフォークも、基本的には同じ狙いだ。アウターチューブをアルミからカーボンにしたものだが、こちらも軽さとしなりが両立できるようになったからこその採用だろう(フロントフォークもしなりが重要!)。


 そして「コースやライダーの好みによってアルミ製と使い分け」という点でも、カーボンスイングアームとカーボンフロントフォークは共通している。つまり、正解がない。いまだ方針が定まらず、といったところだ。


■バイクは最新技術よりライダーの感覚優先


……カンのいい方ならお気付きだろう。方針が定まらないと言えば、公式テストでも話題となっている空力フェアリングである。形状は各メーカーがレギュレーションを睨みながら工夫を凝らしているが、アプリリアやドゥカティ、さらにホンダが採用したボックスタイプが主流となりそうだ。


 が、それにしてもテストではまだいろんな形状が模索されているし、大型から小型までサイズバリエーションは多いし、装着に積極的なライダーがいれば、消極的なライダーもいる。

タイ・ブリーラムテストで大型の空力フェアリングをテストするホルヘ・ロレンソ
タイ・ブリーラムテストで小型の空力フェアリングをテストするアンドレア・ドビジオーゾ


 実際のところ空力フェアリングは、不要なウイリーを抑えてフロントの接地感を高めるというメリットがある一方で、左右あるいは右左にパッパと切り返すようなコーナーでは重さが生じる、空気抵抗が増えるなどデメリットもある。だから「間違いなくコレ!」といった正解がなく、方針も定まっていない。結局は「ライダーの選択次第」だ。


 これは現代MotoGPの特徴といえる。開発が行き着くところまで行き着いているうえに、レギュレーションの縛りも厳しいから、技術的トライから得られる成果が非常にビミョーなのだ。だから、人やコースによる「合う・合わない」の範ちゅうに収まってしまう。

タイ・ブリーラムテストで新型空力カウルと改良型エンジンを搭載した2016年型ヤマハYZR-M1を試したヨハン・ザルコ


 もうひとつ言えるのは、「これってバイクらしい話だなぁ!」ということだ。どんなに優れたエンジニアリングの賜物でも、ライダーの感覚に合わなければ却下されたり、タイムに結びつかなかったりする。逆に、多少「遅れた」テクノロジーでも、ライダーが「よし、イケる!」と確信が持てるなら、すごいパフォーマンスを見せることもある。


 テストでは「ホルヘ・ロレンソが去年型のフレームを試して好感触を得た」とか「テック3のヨハン・ザルコが去年型フレームを選んだ」なんて話も聞こえてくる。エンジニアとしては常に「最新が最高」をめざしてマシン開発しているけれど、それが合うか合わないかは乗り手の感覚次第。最後はライダーが気持ちよく走れるかどうか、に尽きるのだ。

タイ・ブリーラムテストに登場したスズキの新型空力フェアリング


「バイクらしい話」はもうひとつある。空力フェアリングが好例となったが、常にメリットの裏にデメリットがあるということだ。ワタシはスズキ・MotoGPマシンGSX-RRの開発ライダーとしていろいろなニューパーツをテストをさせてもらっているが、必ずと言っていいほどメリットとデメリットの両面がある。


 タイヤがふたつしかない分、より繊細かつ高度にバランスを取るために人間の役割が大きいから、かもしれない。ホラ、人間誰だって、表があれば裏もあるでしょう? あ、いや、ワタシに裏はないけど(汗)。


 では今回のまとめ! 2回の公式テストを見ていてつくづく思う。「正解はないんだなあ」と。Aがいいと言うライダーがいればBしかないと言うライダーがいたり、AでもBでもこだわりがないライダーもいる。エンジニアリングは超高度で超精密なのに、操ってるライダーには人間らしいムラがあって、それが大きく影響する。


 正解がない難解な方程式。それがMotoGPの面白さだ!


 ……逆に、みんなが一斉に誰かのマネして同じようになったら、それは正解が発見された証拠。シームレスミッションしかり、足出し走法しかり……。レースの歴史はマネの歴史。意外と単純なんです、ハイ。


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■青木宣篤


青木宣篤

1971年生まれ。群馬県出身。全日本ロードレース選手権を経て、1993〜2004年までロードレース世界選手権に参戦し活躍。現在は豊富な経験を生かしてスズキ・MotoGPマシンの開発ライダーを務めながら、日本最大の二輪レースイベント・鈴鹿8時間耐久で上位につけるなど、レーサーとしても「現役」。


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