元スペイン代表DFピケ提案「スコアレスドローは勝ち点0」は妙案か暴論か
2025年3月21日(金)18時0分 FOOTBALL TRIBE

マンチェスター・ユナイテッド(2004-2008)やバルセロナ(2008-2022)で活躍し、2010FIFAワールドカップ(W杯)南アフリカ大会ではスペイン代表DFの要として同国初の優勝に貢献したジェラール・ピケ氏(2022年引退)が、サッカーをより面白くするための提案を行なっている。
現在、ゲーム性溢れるルールで若者から人気を集めている7人制フットボール「キングス・リーグ」のチェアマンを務めるピケ氏は、自身がプロとして長くプレーしてきたサッカーに対し、少なからず改善の余地があると考えているようだ。
その中、同氏によるサッカーのエンタメ色を上げるための「スコアレスドロー(0-0)の試合では勝ち点を与えないルール」の提案について、考察していきたい。
※現行の基本的なルールは、スコアレスドローを含む引き分けの試合では、両チームにそれぞれ勝ち点1。勝利したチームには勝ち点3、敗れたチームには勝ち点0が与えられる。

ピケ氏「あり得ないのは0-0で終わること」
複数のスペイン現地メディアによると、2月28日に元スペイン代表GKのイケル・カシージャス氏のポッドキャスト番組に出演したピケ氏は、スコアレスドローでは勝ち点を与えないルールを提案し、次のように語った。
「あり得ないのは、スタジアムによるけど100ユーロ、200ユーロ、欧州チャンピオンズリーグ(CL)の試合で300ユーロ以上も支払って、0-0で試合が終わることだ。そこでは何かが起きないといけない」
「何かを変化させないといけない。僕が案を出すならば、もし0-0で試合が終われば、両チームが獲得できる勝ち点をゼロにするね。そうすれば70分も過ぎれば、試合はオープンな展開になるはずだ」
メリット:エキサイティングで攻撃重視に
このスコアレスドローでは勝ち点を与えない提案は、サッカーの試合をもっとエキサイティングで攻撃重視にするための面白いアイデアかも知れない。確かに、サッカーがゴールを奪い合うスポーツである以上、0-0で終わる試合は観客にとって物足りなく感じることもあり得るだろう。特に高いチケット代を払ってスタジアムに来ているファンからすれば、例え贔屓チームが敗れたとしても、ゴールシーンが見たかったというのは自然な心理と言えるのではないだろうか。
メリットとして考えられる点は、サッカー界全体に攻撃的なプレーを求める動機付けになる可能性がある。片や、守備に徹して“引き分け狙い”という戦略が減り、ゴールが生まれる確率が上がるだろう。顧客満足度という物差しで考えれば、妙案ともいえるだろう。
SNS上では活発な意見が飛び交い、ポジティブに捉えている賛成派は「これは名案。スコアレスドローで満足している人が理解できないし、チームが積極的にプレーするようになって面白い試合が増えるはず」と、エンタメ性を重視する立場から支持しているようだ。別のファンも「0-0の試合を見るのは苦痛」と共感を示している。ピケ氏自身が運営するキングス・リーグのようなエンタメ重視のスタイルが若い層に人気なこともあって、この改革案に肯定的な層は確実に存在する。

デメリット:伝統や戦術的多様性が減る
一方で、デメリットもある。サッカーの魅力の中には、例えスコアレスドローに終わったとしても、攻撃陣と相対する守備陣との緊張感のある駆け引きや戦術の美しさがある。守備が完璧に機能して相手をシャットアウトするのもそのチームの強さでもあり、単に0-0に終わったことで「勝ち点ゼロ」扱いになるのは、守備に特長があるチームやDFにとって不公平に感じるだろう。
また、このルールを採用することによって「どのみち負けてもスコアレスドローでも勝ち点ゼロならば…」と下位チームがリスクを冒し、無謀ともいえる攻撃に出て逆に大敗するケースが増える可能性もある。
反対派の意見で大勢を占めるのは、サッカーの伝統や戦術的多様性を守りたいファンたちだ。「0-0でも最高の試合はある」と意見し、常に上位にいるビッグクラブとの対戦を引き合いに出し、守備の頑張りや戦術の妙を評価した上で、「真のサッカーファンなら0-0でも楽しめる」と、ゴール至上主義に疑問を投げ掛けている。
また別の、強豪クラブのファンは「強敵相手に0-0で耐えた弱小クラブにとって勝ち点1は正当な報酬」と指摘し、ピケ氏の提案に対し、サッカーが持つ競技性が崩れる懸念を挙げている。さらに「両チームが開始直後に1点ずつ入れる茶番になる危険性もある」という皮肉や、「強豪と弱小の差が広がるだけ」という現実的な批判もある。

「勝ち点3」ルール導入のきっかけ
評論家やメディアでは話題になっているピケ氏のこの提案だが、FIFA(国際サッカー連盟)やUEFA(欧州サッカー連盟)で議論される極めて可能性は低いだろう。ピケ氏自身が「組織に入っても変えられない」と否定的なコメントをしていることも報じられており、実現性には疑問符が付く。
そもそも、より攻撃的なプレースタイルを促し、引き分けを減らすために勝利の価値を高めるという同じ目的で、試合の勝利チームに与えられる勝ち点が「2」から「3」となったのは、1981/82シーズンのイングランドリーグの開幕戦(1981年8月29日)が始まりとされている。これはリーグ全体の方針転換によるものだった。
時を同じくして、1982年のFIFAワールドカップ(W杯)スペイン大会で、イタリア代表が3度目の優勝を飾った際に「勝ち点3論争」を後押しした背景がある。イタリアは1次リーグは3戦3分け(第1戦ポーランド代表と0-0、第2戦ペルー代表と1-1、第3戦カメルーン代表と1-1)。カメルーンも3分けで並んだが、イタリアが総得点で上回り2位で2次リーグに進出、結果的に1勝もできないまま2次リーグに駒を進めたことで批判の的となった。
その後、この「勝ち点3ルール」はFIFA主催大会や他のリーグにも広がり、多くの主要リーグで標準となった。国際大会では、1994年のアメリカW杯予選から正式に採用された。

ピケ氏による試合数の削減の提案も
確かに2002/03シーズンのUEFAチャンピオンズリーグ(CL)決勝、ユベントス対ミラン(PK戦でミラン優勝)のように「史上最も退屈なファイナル」と酷評され、「初めからPK戦をやった方がマシだった」とまで言われたスコアレスドローが存在するのも事実だ。だがそれは見方を変えれば、卓越した守備戦術の賜物でもある。ピケ氏の提案がサッカーファンの間で賛否両論を巻き起こしていることで、その議論の幅広さがよく分かる。
ちなみにピケ氏は、毎年開催される欧州最大規模のスポーツビジネスカンファレンス「リーダーズ・ウィーク・ロンドン」に参加した際、報道陣に対し「試合数が多すぎる。選手たちが『負傷が続出している。3日おきに試合があり、夏休みを取る時間もない』と訴える姿を我々は目にしている」とも訴えた。
「自身がサッカー界を統括する立場であればどうするか」と尋ねられると「試合数の削減を提案する」とし、「各リーグを訪れ、20チームから16チームに減らすよう提案する」と述べ、UEFAやFIFAに対しても現状を改めるよう伝えるだろうと答えた。
実際、国際プロサッカー選手協会の欧州支部、欧州各国リーグが加盟する「欧州リーグ」、そしてスペインのラ・リーガは、FIFAの国際試合の日程に関して欧州連合(EU)の独占禁止法規制当局に共同で申し立てを行っている。
ピケ氏の提案はあくまで、「カスタマーファースト(観客優先)」と「プレーヤーズファースト(選手優先)」を並行して実現するための提案であり、単なる思い付きではないのだ。現実問題として、試合数の削減はクラブの収入源に直結し、それは選手1人1人の年俸や移籍金ビジネスにまで波及するだろう。
世界的DFだったピケ氏が、完封試合をあえて全否定するようなこの提案(スコアレスドローは勝ち点0)には驚きもある。実現性は限りなく低いが、「攻め合ってこそのサッカー」という競技の原点を思い出させる契機となるのではないだろうか。