男子100mを制した早大主将の井上直紀 東京2025世界陸上代表争いに名乗りを挙げたニューフェイスの信念【織田幹雄記念国際2025】
2025年4月30日(水)12時0分 TBS NEWS DIG
織田幹雄記念国際が4月29日、広島市の広島広域公園陸上競技場で開催された。注目の男子100mは井上直紀(21、早大4年)が10秒12(追い風0.4m)で優勝。2位に樋口陸人(25、スズキ)が10秒14で、3位に桐生祥秀(29、日本生命)が10秒15で続いた。井上は東京2025世界陸上に対して「地元で、大学4年の節目で迎える大会。絶対に代表になる」と意欲を見せている。日本スプリント界のニューフェイス、井上とはどんな選手なのだろうか。
「世界陸上を狙って試合に出れば9秒台は付いてくる」
井上のリアクションタイムは0.175秒で8人中7番目。中盤までは右隣レーンの樋口、左隣の鈴木涼太(25、スズキ)にリードを許していた。80mくらいで2人並ぶと、最後は胸一つリードを奪ってフィニッシュ。日本グランプリ大会では初の優勝を飾った。
「今日は勝つために来ました。目標が達成できてうれしいです」
井上は織田記念の2日前まで開催された日本学生個人選手権には出場していない。ワールドユニバーシティゲームズの選考会で、学生有力選手の大半が出場した大会だが、世界陸上の選考に関わるポイントが高い織田記念を優先した。
「東京世界陸上だけを狙っています。世界陸上に出場するか、(今季の代表入りは)なしか、という腹のくくり方をしてきました」
後半の強さには、井上のメンタル面も影響している。「前に出られる展開には慣れているので、リードされてもまったく気になりません。レース中に力んだことはあまりないんです」。狙い通りに勝ちきったが、10秒12は「記録的には物足りない」と自覚している。世界陸上の参加標準記録は10秒00だ。しかし井上には「試合は運動会の徒競走のようなもの」という信念がある。
「速い選手たちと走ることが楽しいし、そういうところで勝つことが一番の醍醐味です。記録は今後、世界陸上を狙うために試合のレベルが上がったら、自ずと9秒台も付いてきます」
同学年の栁田大輝(21、東洋大4年)とともに、井上がU23世代の9秒台有力候補に踊り出た。
身長比133%のストライドの大きさが特徴
井上の特徴の1つにストライドの大きさがある。昨年までのデータでは44歩で100mを走る。早大の大前祐介監督は、井上の特徴と強化の視点を次のように話した。
「平均ストライドは227㎝。井上は171㎝なので身長比133%になります。130%を超えたら限界値、最大値に近い。それを生かしながら、脚を回す(ピッチを高める)のが次の課題です。それができれば自ずと9秒台は出るでしょう」
そのために冬期練習では「遊脚を戻すスピード」(井上)を強化した。
「蹴った脚が、身体を追い越して行くところのスピードを速くする取り組みです。スキップやバウンディングといったメニューを、そこを意識して行いました。60mのスキップのタイムが昨年までは8秒3〜4でしたが、今年は7秒7に上がっています」
ウエイトトレーニングのやり方も変更した。大学入学後に積極的に取り組み、筋力が上がるのに伴ってタイムを上がってきた。「重さも少し増やしながら、昨年より速く上げています」。
織田記念の10秒12は自己新だったが、更新幅は最小の0.01秒。トレーニングの内容からも、まだまだ記録を伸ばしていける手応えがある。
早大111代目主将としての“早稲田愛”
織田記念優勝の感想を求められた井上は、「テレビで見ていた桐生さんたち先輩と走って光栄でしたし、この大会は早稲田の織田幹雄先輩を記念した大会でもあるので、ここで勝てたことはうれしい」と話した。織田幹雄氏は1928年アムステルダム五輪男子三段跳優勝者で、全競技を通じて日本人初の五輪金メダリスト。広島県出身で、同氏の功績を語り継ぐ大会として、織田記念は広島で開催されてきた。
織田氏へのリスペクトにとどまらず、早大競走部の111代目の主将である井上には、“早稲田愛”が感じられるコメントが多くあった。
「日本学生個人選手権も出ませんでしたし、5月の関東インカレも世界リレー選手権(中国・広州)と重なって出られないので、織田記念に出る決断をしたからには、しっかり勝たないと示しがつきません。主将としてそういう気持ちがありました」
早稲田愛が強いのは先輩たちの存在が、自身の成長につながったと感じているからでもある。
「早稲田の先輩たちと練習して競技力が高まりました。OBの皆さんから(一緒に練習した)先輩たちへと、伝統が受け継がれてきたことに感謝したい。(200mU20日本記録保持者の)大前監督や、(12年ロンドン五輪代表で現大阪ガスコーチの)江里口匡史さんに肩を並べたい気持ちがあります」
井上は個人種目より先に4×100mリレーの代表入りを果たした。日本は開催国枠でのエントリーにより、東京2025世界陸上の出場権はすでに得ているが、世界リレーの成績次第で走りやすいと言われているレーンでの出場が可能になる。早大チームでの経験が、リレーに対する自信にもつながっている。
「求められればどこでも走りますが、昨年は早稲田が日本選手権リレー、日本インカレ、関東インカレと4×100mリレーの3冠を達成しましたし、国民スポーツ大会も群馬県が優勝しました。そのすべてアンカーを走っているので、4走、直線で持ち味を出せると思います」
最速男を決める男子100mと、日本が五輪&世界陸上でメダルを獲得してきた4×100mリレー。注目度の高い2種目で、東京2025世界陸上への選考プロセスを盛り上げそうな選手が現れた。
(TEXT by 寺田辰朗 /フリーライター)