【内田雅也の追球】「一撃必殺」の思想
2025年5月1日(木)8時0分 スポーツニッポン
◇セ・リーグ 阪神4-5中日(2025年4月30日 バンテリンD)
4—4同点の延長11回裏、1死一、三塁からライナー性の中犠飛が飛んで阪神は敗れた。サヨナラ負けである。
この回、1死二塁から捕逸があって、二塁走者の三進を許した。ジェレミー・ビーズリーと坂本誠志郎との間でサイン違いがあったろうか。痛恨のミスだった。
9回裏は1死一、二塁でのクリスチャン・ロドリゲス、2死満塁での山本泰寛のセーフティーバントを桐敷拓馬が冷静に処理して切り抜けた。事前に坂本が「バントがあるぞ」としぐさを示し、警戒をうながしていた。心の準備ができていた。
延長10回裏2死一塁では湯浅京己が得意の一塁けん制球で代走の樋口正修を刺して切り抜けた。
必死の防戦だった。
打撃で目についたのは一振りで仕留める姿勢である。「一撃必殺」の思想、そして理想と言えるだろうか。
1回表の中野拓夢左中間三塁打と森下翔太中前適時打。6回表の森下中前打、佐藤輝明左前同点打、前川右京右前適時打……これらはすべて、その打席の最初のスイングだった。ファウルなどで打ち損じず、一振りで仕留める集中力があった。
得点にはいたらなかったが、9回表先頭、前川二塁打、糸原健斗左前打もそうだ。9安打中7本が第1スイングだった。
映画『ディア・ハンター』(1978年)でペンシルベニア州郊外で暮らす若者たちは鹿狩りに出かける。牡鹿を仕留めた主人公のマイケル(ロバート・デ・ニーロ)が仲間に言う。「鹿は1発で仕留めなきゃいけない。1発がすべてなんだ」
NHKスペシャル『鯨(くじら)獲(と)りの海』(2022年放送)で、捕鯨船のベテラン砲手が言う。「自分らは“パンコロ”って言うんですけど、銛(もり)1本だけで1発で仕留める。やっぱり、苦しむじゃないですか。早く楽にさせてやったほうが、苦しまないですよね」
そう、1発で仕留める技術と精神が物を言う。
残念だったのは逆転した直後の6回裏だろう。2死から門別啓人、岡留英貴が3四死球を与えて満塁。島本浩也が代打・高橋周平に右前2点打を浴び同点とされた。「あと1人」の詰めを欠いたわけだ。そしてまた、島本が高橋周に浴びた一打も第1スイングだった。
3連敗で4月を終えた。気分を入れ替えたい。きらめく季節、5月ではないか。 =敬称略=
(編集委員)