【内田雅也の追球】機運の浜風下の好返球
2025年5月11日(日)8時0分 スポーツニッポン
◇セ・リーグ 阪神2-0中日(2025年5月10日 甲子園)
阪神の2—0勝利を決定づけたのは、プレーボールからわずか2分50秒後にあった本塁クロスプレーである。
1回表1死二塁、上林誠知の右前打で森下翔太が好返球で本塁突入の二塁走者・岡林勇希を刺したのである。あの送球がなければ、むろん村上頌樹の完封もなかった。
外野守備兼走塁チーフコーチ・筒井壮とともに振り返ってみる。甲子園には右翼から左翼へ強い浜風が吹いていた。右翼への飛球は伸びない。
打席に左打者の3番・上林を迎え、森下はほぼ定位置に守った。投手戦が予想されるとはいえ、まだ1回表、前進守備は敷かなかった。
「ただ、少しだけ一、二塁間寄りにしました」と筒井は言う。右前へのゴロを案じたのだろうか。上林のゴロはまさにその一、二塁間を破って右前に転がった。
森下は猛烈に前進チャージし、グラブを下げ、よどみのないステップで本塁へ投げた。「当初はゴロを苦手にしていましたが、もう大丈夫です。ゴロ捕球の練習に内野ノックをやったりして、課題を克服しましたから」。入団時から繰り返した練習で成長していた。
森下が投げる直前、筒井はベンチに響き渡る声で「刺せる!」と叫んだ。森下の捕球時、すでに岡林は三塁を蹴っていた。それでも「彼の肩なら刺せると思いました」。
送球はワンバウンド。捕手・坂本誠志郎はワンハンド捕球し、岡林にタッチした。間一髪——とはいえ、リクエスト不問の——アウトだった。
動画を見返し、手もとのストップウオッチで計ると、打者インパクトからタッチまで6秒82。俊足の岡林にしては遅い。三塁を蹴った直後、少し体勢を崩していた。だとしても好返球の値打ちを下げるものではない。
「送球の高さが良かった。低かったですから。浜風が強い時はフライばかりに気がいきますが、送球も高いと風に持っていかれるんですよ」。森下も3年目。甲子園を知っていた。整備された芝は不規則バウンドがなく、思い切り前進できた。浜風に左右されない低い送球の癖がついていた。
「彼も中心選手の自覚ができています。あのアウトでベンチがものすごく盛り上がったんです。一丸と言うんですかねえ。いい光景でした」
まだ1回表だが、すでに勝利への機運を得ていたわけである。 =敬称略=
(編集委員)