【内田雅也の追球】「惜福」のある戦い方
2025年5月21日(水)8時0分 スポーツニッポン
◇セ・リーグ 阪神4—0巨人(2025年5月20日 甲子園)
阪神4—0リードの8回裏、無死一、二塁、打席の梅野隆太郎が送りバントを決めたとき、テレビ解説の岡田彰布(オーナー付顧問)から「いやあ」と声が漏れた。
「梅野はゲッツーでもいいんですよ。もう勝つんですから。才木に回ったら打ちにいくでしょ。三振でいいんですよ」
結果を記せば、1死二、三塁から木浪聖也敬遠で満塁。投手の才木浩人は打ちに出て遊ゴロ併殺打で一塁まで走った。
岡田は、完封ペースできていた才木に打たせるのを避けたかった。「完璧に勝とうとしなくていいんですよ。4点で勝てるんですから。次の点はいらない」。才木の投球、巨人打線の状態を見れば、7回裏の4点目で勝利は確定している。
岡田は7回裏1死一、三塁での近本光司二盗も不要だと指摘していた。同じく解説していた掛布雅之も同じ考えだった。だから8回裏のバントも必要ないというわけだ。
大リーグ「書かれざるルール」にもある。大差終盤での送りバントは不文律に反する。騎士道精神というのだろうか。死者にむち打つような作戦は道義上、非難される。
岡田はそれ以上に「こういうことをすると後が怖い。反動が来る気がする」と言った。相手の心を逆なでするような作戦はしない方がいい。高校野球のような「負けたら終わり」のトーナメントではない。今日明日の話ではなく、先々をにらんでの戦い方である。
つまり、運の無駄遣いをするなというわけだ。文豪、幸田露伴の『努力論』にある。<幸福にあう人をみると、多くは「惜福(せきふく)」の工夫のある人であって、非運の人をみると、十の八九まで少しも惜福の工夫のない人である>。
惜福とは与えられた福を使い尽くさずに、天に預けておくこと。福を大切にする心がけをいう。
名人にもなったプロ棋士・米長邦雄は著書『運を育てる——肝心なのは負けたあと』(祥伝社文庫)に<「惜福」で生きる>と勝負師としての姿勢を示している。
港を出た船が順風にのるのか、逆風にあうのか。<船頭が風を読むように、運・不運の流れを読むことができないものか>として紹介しているのが「惜福」だった。
シーズンも長い航海である。一寸先は闇と言われる。幸運を引き寄せる工夫は頭に入れておきたい。 =敬称略=
(編集委員)