【訃報】埜口遥希がアジアロード第4戦ASB1000の多重クラッシュで亡くなる

2023年8月17日(木)9時11分 AUTOSPORT web

 8月17日、昭和電機株式会社は8月13日に開催されたアジアロードレース選手権第4戦ASB1000クラスの決勝レース2で多重クラッシュに巻き込まれた埜口遥希(SDG MS Harc-Pro. Honda. Ph)が、16日に亡くなったと発表した。22歳だった。


 13日にインドネシアのプルタミナ・マンダリカ・インターナショナル・ストリート・サーキットで行われたアジアロードレースの第4戦。ASB1000クラスのレース2では、4周目の10コーナーで埜口を含む2台が転倒して、直後に後続のライダーと埜口が接触する多重クラッシュが発生したためにレースが中止された。


 昭和電機株式会社は当日中にプレスリリースを発行して、「埜口遥希選手は、このクラッシュ後にサーキットメディカルセンターで治療を受け、容体は安定しました。ただ彼はさらなる治療のため地元の病院に搬送され、現在も予断を許さない状況が続いています。埜口遥希選手は非常に強いライダーですので、この戦いも乗り切ってくれる事を信じています。情報は随時発表させて頂く予定です」とアナウンスしていた。


 そして、17日に続報が発表され、埜口が亡くなったことがわかった。17日に発表されたプレスリリースは以下の通り。


【埜口遥希選手の逝去(訃報)】
2023年8月17日


SDG MS Harc-Pro. Honda. Ph.からFIM アジアロードレース選手権に参戦していました埜口遥希選手が2023年8月16日、享年22歳にて永眠いたしました。ここに生前のご厚誼に深く感謝いたしますとともに、謹んでお知らせいたします。


埜口遥希選手には2019年よりSDG 昭和電機グループの「世界を見据えた活動の一環」としてサポートを開始し、2021年には全日本ロードレース選手権 ST600クラスチャンピオンを獲得しました。2022年からはFIM アジアロードレース選手権に参戦を開始すると第2戦マレーシアでの決勝レース2にて初優勝を遂げ、シーズン終盤までチャンピオン争いを繰り広げて、ランキング2位となりました。2023年は開幕戦タイからダブルウィンを成し遂げ、暫定ランキングは2番手でした。鈴鹿8時間耐久ロードレースでは急遽参戦したにも関わらず、SDG Honda Racingを表彰台まで押し上げる活躍をしました。


心よりご冥福をお祈りいたします。


【ご両親からのコメント】
遥希は、5歳からオートバイに乗り始め、私達家族に多くの感動と喜びを与えてくれました。今まで遥希を支え成長させてくれた多くの仲間やチーム、応援していただいた皆様に、感謝申し上げます。


埜口 遥希(ノグチ ハルキ)
2001年6月20日生まれ 奈良県出身


2017年:アジアタレントカップ ランキング2位


2018年:アジアタレントカップ ランキング2位
全日本ロードレース選手権 J-GP3 ランキング12位


2019年:レッドブル・ルーキーズカップ ランキング3位
FIM CEVレプソルインターナショナル選手権 ランキング15位


2020年:全日本ロードレース選手権 ST600 ランキング14位


2021年:全日本ロードレース選手権 ST600 チャンピオン


2022年:FIM アジアロードレース選手権 ランキング2位


2023年:FIM アジアロードレース選手権 参戦

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