【名馬伝説】両親の血が騒ぐ2019年皐月賞馬・サートゥルナーリア、父は短距離王・ロードカナロア、母はシーザリオ
2025年2月15日(土)6時0分 JBpress
(堀井 六郎:昭和歌謡研究家)
稀代のスピード王・ロードカナロアの偉業
この原稿は2月2日の東京競馬場メインレース「根岸ステークス(G3、ダートコース、1400メートル)」のテレビ実況を横目で眺めながら書き始めています。
このレースには16頭出走登録していましたが、父馬にロードカナロアを持つ馬が2頭出走し、結果はその2頭(コスタノヴァ、ロードフォンス)が1、2着を占めました。
ロードカナロア(父・キングカメハメハ、母・レディブラッサム)は2010年から2013年にかけて生涯19戦して13勝、うち11勝が距離1200メートル(芝コース)という短い距離での活躍から希代のスピード王として名を残しています。
勝利を逃した6レースの内訳にしても2着5回、3着1回というもので、その見事な内容から日本史上最強の芝・スプリンターとも評価されています。
さらに世界中のG1馬が集まる香港スプリントに出走して2012年、13年と連覇、特に生涯最後のレースとなった13年の香港スプリントでは他馬に5馬身の差をつけて楽勝。その圧倒的なレースぶりから、「世界歴代スプリンターのベスト3に入る」と絶賛する競馬関係者もいるくらいです。
馬名は馬主の(株)ロードホースクラブからの冠・ロード(lord=神、支配者)とハワイ神話のカナロア(kanaloa=海の神)から名付けられたそうです。香港競馬での漢字名が水神・海神を表わす龍にちなんで「龍王」と表記されているのも納得できます。ハワイのイメージは父馬・キングカメハメハの名の影響でしょう。
ロードカナロアは引退後も種牡馬としてきわめて優秀で、産駒デビュー2年目の2018年には牝馬三冠を達成したアーモンドアイ、マイルチャンピオンシップ(G1)に優勝したステルヴィオを輩出、さらに翌19年には牡馬サートゥルナーリアが距離2000メートルの皐月賞に勝利しています。
ロードカナロア自身は短距離馬でしたが、子供たちにはさほど距離を苦にしない馬もいて、カナロアの父・キングカメハメハの血をうまく伝えています。
母・シーザリオは米国G1で勝利
2016年生まれのサートゥルナーリアは2018年12月に行われたG1レース「ホープフルステークス」に勝利し、そのまま翌19年4月の皐月賞に直行、前述のように勝利し、生涯10戦6勝、うちG1レース2勝と立派な成績を収めて引退しましたが、実は同馬の母親も偉大でした。
その母親とは名牝で名高いシーザリオです。シーザリオの戦歴について簡単にご紹介すると、2004年の12月に新馬戦でデビュー、3戦無敗のまま翌年4月の桜花賞に挑戦、惜しくも頭差で2着に終わりますが、翌5月のオークスに勝利します。
勢いは止まることなく、その後なんと海外遠征を試み、米国ハリウッドパークで7月に開催されたアメリカンオークスに挑戦、12頭立てのレースで見事優勝、それも2着馬を4馬身突き離しての圧勝ぶりはレースレコードというおまけもついて現地でも話題になったそうです。
鞍上は福永祐一。天才といわれた父・福永洋一騎手ですら成し遂げられなかった米国G1勝利という栄冠に輝き、海外での最初のG1勝利を手にします。
ちなみに福永はその10年後の2014年、アラブ首長国連邦で行われたドバイデューティーフリーにジャスタウェイ騎乗で優勝、この勝利によって同馬とともに世界一の称号を得ましたが、シーザリオでの海外レース体験が役立ったことでしょう。
海外初制覇の後、シーザリオはいったん帰国、同年10月に開催される米国競馬の祭典・ブリーダーズカップへの出走を企図していましたが、残念ながら右前脚に故障発生で断念、長期休養後も状況は思わしくなく引退へと至ります。
生涯6戦5勝、デビュー戦から引退レースまでわずか半年余りの間に海外遠征まで行った戦歴は、閃光のようなきらめきとなって私たち競馬ファンの胸の中でしっかりと輝いています。
スピード王+女傑=サートゥルナーリア
シーザリオ(Cesario)という馬名はシェークスピアの喜劇『十二夜』のヒロイン、ヴァイオラが男装する際に用いた名前だそうで、男馬のように力強く走ってほしい、との思いが込められているのでしょう。ただし、翻訳書や演劇だとシーザリオとなっているのは稀で、「シザーリオ」、あるいは「セザーリオ」などと表記されています。
そのシーザリオの子であるサートゥルナーリアの馬名は、古代ローマの祭「サートゥルナーリア祭(Saturnalia=農神祭)」が由来だそうです。
同馬は2005年の三冠馬・ディープインパクト同様、4戦目で皐月賞の栄冠に輝きました。前回とりあげたクロワデュノール(2024年12月末の「ホープフルステークス」優勝馬)もまた、ディープインパクトや6年先輩に当たるサートゥルナーリアの足跡をたどり4戦目での皐月賞挑戦です。
サートゥルナーリアの生涯成績10戦6勝、うちG1勝利2回、G2勝利2回というのはかなり優秀なのですが、同馬の両親のゴールシーンをリアルタイムで数多く見ていた者にすると、今一つ物足りなく感じてしまいます。競馬ファンの身勝手な見方はサートゥルナーリアにとってみれば迷惑な話でしょうね。
父母の現役時代の活躍はもちろんのこと、引退後の実績も立派すぎるので、比較されてしまうとかわいそうなサートゥルナーリアですが、ここは種牡馬として奮起してもらい、少しでも両親の血統を受け継いだような強くて個性あふれる子供たちを世に送り出してほしいものです。
2021年4月の大阪杯(G1)で優勝した牝馬・レイパパレの初年度産駒がサートゥルナーリアとの子(牡)なので、順調なら来年にはデビューすることでしょう。ちょっと期待したいところです。
ただし、産駒たちへの夢と期待はふくらませすぎないほうが競馬は楽しめます。
「名士の子、必ずしも親に似ず」というのは人間社会に限らず競馬の世界にもあてはまるようで、男馬を蹴散らすレースぶりで女傑といわれた名牝たちの子供たちは案外とおとなしい性格の馬が多く、ふくらみすぎたファンの夢を幾多の馬たちが消し去ってくれました。
古くは1991年に誕生したメジロリベーラは7冠馬シンボリルドルフと牝馬3冠メジロラモーヌとの間にできた牝馬で、当時「10冠ベビーの誕生」と期待され大きく報道されましたが、脚部不安のため生涯1戦7着の成績で引退しています。
最近の例ですと、2018年と2020年の年度代表馬、最強牝馬と評されたアーモンドアイの初子・アロンズロッド(牡、3歳)は2024年10月デビュー後、3戦して、4着、2着、3着と勝ち切れずにいましたが、この原稿を書き終えた6日後のレースで初勝利をあげ、 アップ直前に修正・追記することになりました(嬉笑)。
アロンズロッドの父はエピファネイア(その母馬はシーザリオ)、母(アーモンドアイ)の父はロードカナロアなので、祖父母にサートゥルナーリアと同じ血が流れています。
両親に名馬&名牝を持つ子が名馬となれるかどうかは別問題。子供たちにしてみれば両親が現役時代に強豪馬だったり、自らの血統の良さを評価されたことから過大に期待されたりしても迷惑なことでしょう。サラブレッドの世界とは、そうした馬ばかりが淘汰されてできた集まりなのですから。
(編集協力:春燈社 小西眞由美)
筆者:堀井 六郎