「俺の前で教育しろ!」苦情を言うために度々来店<カスハラの親分>。かかった高速代の支払いを断ってきた意外なワケとは

2025年4月15日(火)6時30分 婦人公論.jp


(イメージ写真:stock.adobe.com)

店の利用客から従業員が迷惑行為を受ける「カスタマーハラスメント(カスハラ)」が社会問題として注目されています。4月1日から、全国初のカスハラ条例が東京都や北海道などで施行されました。「悪質なカスハラ」と「耳を傾けるべき苦情」の違いに悩む方も多いのではないでしょうか。大手百貨店で長年お客様相談室長を務め、現在は苦情・クレーム対応アドバイザーとして活躍する関根眞一さんは「カスハラに対抗するためには実態を知り、心構えを持つことが必要」と指摘します。そこで今回は、関根さんの著書『カスハラの正体-完全版 となりのクレーマー』から、一部引用、再編集してお届けします。

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突然の電話


転務して5日目の出来事でした。交換手から電話が入り「お客様相談室長を出せ」とのことです、と。電話に出て「おはようございます。関根です」と挨拶すると、「誰だ、お前は」と無礼な先制攻撃。「お客様相談室長の関根と申します」「川崎はどうした」と前任者の名を出します。

「転勤いたしました」「挨拶がなかったな」「そうですか、それは伝えておきます」「いま、そっちに向かっている。傘の柄にヒビがあり、高速道路で向かっている。女の係長が『持って来い』と言った。どうなっているんだ、お前の会社は、客を客とも思っていないのか。40分くらいしたら着く」「どちらでお待ちしていたらよろしいですか」「駐車場を用意しろ、着いたら電話する」プツッ、と切れました。

交換手経由の電話だったので携帯電話の番号も分からず、待つことにしました。しかし、これだけの会話でも、面倒なクレーマーであることは分かります。

まず、声に張りがある、これは押しの強さに通じます。会話の中でわざわざ「高速道路」と言ったのは、有料道路を走っているので、その通行料も補償しろという意図があるのでしょう。さらに、「駐車場を用意しろ」は、相当内情に詳しい証拠です。その日は土曜日で一般客用の駐車場は混んでいました。おそらく、来賓用の駐車場に車を止めるつもりなのでしょう。

来店までに苦情客の情報収集


来店までの猶予は「40分」。それだけあれば、この苦情客の正体は店内でつかめるだろうと思い、さっそく部下に情報の収集を指示しました。


『カスハラの正体-完全版 となりのクレーマー』 (著:関根 眞一/中公新書ラクレ)

同時に、傘売り場の係長への確認もしました。その係長は私のかつての部下で、「持って来い」などとは、言わないはずだと信じられる社員でした。やはり彼女も「そんなことは言いませんよ」と否定しました。

実際のご案内は、「こちらにご来店の予定はございますか、そのときにご持参いただいても結構です。お急ぎならこちらから出向きますが、代替品をお選びになるのなら、お越しいただければ、他の柄もご覧になれます」とのこと。関根さんにむかし受けた指導です、と微笑みながらも、「電話でも怖そうな方でした」とつけ加えました。苦情客は係長の言葉の揚げ足をとっているだけのようです。

その会話の後、古い馴染みの販売員たちにこの人物に心当たりがないか聞いて回ったところ、ポロショップにて「そんな感じのうるさい人なら、このショップの客にもいるよ」と情報が得られました。

さらに「先日ショップの傘を見て、ここでも傘を売っていたのか、と残念がっていたよ」と。この一言で、狙いは商品交換だと察しました。と同時に、グダグダ言う割には、分かりやすい客だと思いました。

30分を過ぎたところで、席に戻って待っていると電話が入り、「今着いた」と、言うなり切られました。どこまで舐めているのかと思いましたが、想像した場所へ向かうと、やはり来賓用の駐車場に車を止めています。その日は来賓がなかったので、それを許可して、自己紹介をしました。180センチを超えた大男でした。

俺の前で教育をしろ


相手は、名前をKと名のりました。傘を確認させていただくと、柄のところにヒビがあり、たしかに不良品でした。購入した傘売り場に行き、係長も挨拶をしました。売り場には同一品があるのですから、ヒビが入っていないものを代替品として選ぶのが普通ですが、男は15分もかけ選ぶふりをして、「よく見たが、気に入ったものがない」、想像通りの発言です。

「ご返金も可能ですが、それとも他の売り場、店内ショップにもございますのでご覧になりますか」と言うと、顔が明るくなり、「どこにある」と偉そうに言います。紳士服売り場に数か所あります、と告げ、先ほどのポロショップに案内しました。

ポロショップの担当の店員とは、男は今までにない笑顔で話しています。年下が頑張っているのを見にきた先輩のようです。そして「これでもいいのか」と、選んだ傘を示します。「はい、差額がありますのでお支払いいただければ」「分かった」と、会計を済ませました。

こちらは普通の客ではないことをすでに見抜いていますので、これで素直に帰るだろうか、と疑問に思いながら、車を止めたところまでお見送りをしました。するとそこで、「社員教育はどうやってるんだ」と言い出しました。「はい、通常教育係がつき指導しております」と答えると、「あの女の係長の指導をしてくれ」と言うので、「分かりました、再教育しておきます」と返事をすると、なんと、「俺の目の前でしてくれないか」と言うのです。

そんなことを言われたのは初めてで驚きましたが、見ないことには信じない、の一点張りで説得が出来ず、駐車場から引き返し、六畳ほどの保安の控え室でする羽目になりました。私の指導しているところを見て男は何も言いませんでしたが、納得したと言うより、そもそも単なる嫌がらせが目的だったのでしょう。

係長は悔しさから、売り場に戻る際に涙を流しました。理不尽な借りができ、私は、この男とは戦う価値があると思いました。高速代の支払いを申し出ると男は断りましたが、それはその後があることを示していました。

往復の料金を支払え


2時間ほど経ち店内を巡回していると、携帯が鳴りました。男から再度電話が入ったというので、事務所に戻り対応しました。「傘交換に行ったお陰で女房と子供が見当たらない。楽しみにしていた休日が台無しだ。そのお詫びに来い」と。

そう来たか、と思いました。手元には往復の高速チケットがあるのでしょう。店で高速代を受け取るには片道ですが、自宅に呼び出せば、往復の支払いを受けられる算段なのでしょう。計算が早く狡猾だと思いました。そのためにETCを使わず、往復現金支払いをしたかと思うと気の毒ですらありました。

この件に関してはこちらの手落ちとは言い切れず、理由を付けて断ることや、または、他の期日をこちらが指定することは可能でしたが、私はこの際、ご自宅を見ておこうと考えました。通常の苦情客は、自分の生活環境を見られることで勢いが弱くなるのを自覚してか、自宅には招きたがりません。

紳士服売り場の課長も同伴し、すぐに自宅に伺いました。通された部屋にはいろいろなスポーツ選手のサインやユニフォームがありました。私はそれを、珍しがって褒めちぎります。

家族がいないことは、そこでは一言も責められませんでした。高速代を受け取るための言いわけとして使ったに過ぎないのでしょう。しばらくすると男は後ろの部屋に黙って消え、戻ってきたとき、予測通り手には2枚の高速道路の通行券がありました。

課長は慌てていましたが、私はおもむろに内ポケットから往復代金が入った、しっかりと糊付けした封筒を差し出しました。相手は封も切らずに納めました。中身を確認するほど野暮ではないと思わせたかったのでしょう。もちろんこちらは正確な計算しています。静かな「勝負の時」でした。帰路、課長は私の準備の良さに驚いていましたが、私からすれば予測できる範囲のことでした。このようにして、男との1戦目は終わりました。

2戦目、試供品


このKさんが数か月して再来店し、店内から携帯に連絡が入りました。2階の化粧品売り場にいるのだが来てくれないか、という呼び出しです。

彼は、エスカレーターの脇に立っていました。売り場ではある化粧品ブランドのキャンペーン中で、新製品の試供品を配っていました。彼が言うには、受け取るのは制服姿の社員が多く、一般客はほとんど来てももらっていかない。ここで見ているとよく分かる、と言うのです。


(イメージ写真:stock.adobe.com)

この頃には私も相手の性格はしっかりつかんでいます。自分も欲しいのなら素直に言えばよい、と思いながら、「もらってきましょうか」と、意地悪く聞きました。Kさんは素直という字を知らないのか、タイミングを逃してしまったのか、「いいよ」とやせ我慢しています。

そこで、「社員と言いますが、制服を着ているお客様ということもあります。また、紹介用に、ユーザーの知人に届ける可能性もあります」と伝えると、不快な顔をして去っていかれました。

ただ、これはご意見としては大変有効なもので、その日の午後、課長と係長を呼び現場でそのことを伝え、社員が客なら、早出、遅出の私服時間帯に試供品をもらいに行くよう指示を出しました。お客様の苦情というものは、時にこのように役立ち、店舗のイメージの改善につながります。「お客様は神様である」とは、こういったことを言うのかもしれませんね。

3戦目、紳士服


あるとき、紳士服の特別販売会を、店舗外の会場を借りて実施しました。

そこでKさんからの電話が入ります。「関根さん、会場にいるんだけど、俺のサイズのスーツが一着もないんだ。どうなっている、来てみてくれ」とのこと。

この後のことはだいたい予測がつきます。確認させて、そのサイズがあってもなくても「探しづらい会場のせいで無駄な時間を費やした、代償はないのか」と迫り、場合によっては現場で気に入ったものを安くしろと言うのでしょう。

現場に行くとKさんは会場内の角にいました。「特別販売の案内のはがきが届いたので来た、はがきには4Lも記載されているが、会場にはそのサイズが全くない。どうなっているのか」とのこと。

やはりそう来るかと思いましたが、慌てることなく責任者を呼んで確認しました。責任者は、確かに4Lの品ぞろえはないと言います。しかしなぜそんなはがきを出したのかとその場で責めても、それは無駄というもの。

そこに先の傘を購入した際のショップの女性店長がいて「Kさんなら4Lではなく、いつも3Lですよ」と言いました。展示場内を探し、3L2着をKさんの元に持参しました。私はその時点で引き上げました。狙いが外れたことで恥をかいてしまったKさんを見ているのは忍びなかったし、相手も勇んで私を呼びだしたのに敗北した姿を見られたくなかったでしょう。

出会いから2年経つ頃には、Kさんと店内でばったり会うと立ち話をしたり、情報交換をする仲になっていました。いきなり呼び出したり、叱責されることは減ったものの、ここで紹介したほかにも数々の「勝負」がありました。

それにしても、私に言えば、すべての売り場がなびくと思っていたのでしょうか。私としては他の者が接客で失敗するよりは楽と思い、まるで専属のように対応させていただいておりましたので、大分鍛えられました。当時「カスハラ」という言葉はありませんでしたが、まるでカスハラの親分みたいな方に育てられた私は、今でも強く生きています。さらにしつこい読みをもって。

※本稿は、『カスハラの正体-完全版 となりのクレーマー』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。

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