残り1000mでスパートが炸裂、日本選手権10000mで鈴木芽吹が初優勝できた理由、葛西、吉居、太田の敗因は?
2025年4月19日(土)6時0分 JBpress
(スポーツライター:酒井 政人)
残り1000mで鈴木のスパートが炸裂
4月12日に行われた日本選手権10000mは東京世界陸上を目指すランナーたちが激突した。今回はウェーブライトが活用され、男子は最も速い緑色が27分20秒ペースに設定された。
雨天のナイター決戦、トップ集団は5000mを13分47秒で通過した。外国人選手のスピードが上がらず、緑に灯るウェーブライトに引き離されていく。残り12周で吉居大和(トヨタ自動車)がペースメーカーの前に出ると、そのまま抜け出すかたちになった。
吉居の背中を冷静に追いかけたのが、前回覇者の葛西潤(旭化成)と同4位の鈴木芽吹(トヨタ自動車)だ。ふたりは徐々に近づくと、残り7周で追いついた。その後、3人は“仕掛けの瞬間”を探っていた。
「正直、ラスト1周の勝負には持ち込みたくありませんでした。大和と葛西さんはそんなに動いていない感じでしたが、自分はかなり余裕があったので一気にいきました」(鈴木)
9000mを24分56秒で通過後、鈴木のスパートが火を吹いた。ライバルたちを突き放すと、右人さし指を突き上げてゴールに飛び込んだ。優勝タイムは27分28秒82。2位は葛西で27分33秒52、3位は吉居で27分36秒33だった。
悲願の“日の丸”が近づいた鈴木
優勝した鈴木は社会人2年目。駒大時代は2年時(21年)の日本選手権10000mで3位(27分41秒68)に食い込み、「世界の舞台」を意識するようになったという。しかし、その後は疲労骨折に苦しみ、2年時の箱根駅伝は8区で区間18位に沈んだ。
その“責任”を強く感じた鈴木は「世界」という目標を直視できなかったという。
「学生時代はチームに迷惑かけてきたので、とにかく三大駅伝で恩返ししたいという思いがありました。正直いうと、世界に目を向けられなかった部分があったんです。でも、昨季から社会人になって、そういう部分がなくなりました。自分の結果を追い求めて1年間やってきて、その成果を出せたかなと思います」
3月16日のエキスポ駅伝に出場した吉居や太田智樹と異なり、鈴木は3月中旬から駒大・大八木弘明総監督が指導するGgoatの米国・アルバカーキ合宿に参加。日本選手権10000mに向けて仕上げてきた。そしてレースではパリ五輪代表のふたりを警戒していたという。
「そんなに速くならないと思っていたので、とにかく勝負だけを考えていました。太田さんは後ろにいたので、前にいた葛西さんを徹底的にマークしました。ラストスパートは自分のスピードが上がっていたから出せたというより、終盤まで余裕を持てたことで出せた。そこが成長できた部分かなと思います」
鈴木は大学1年時の日本学生ハーフマラソンで2位に食い込み、2021年の夏季ワールドユニバーシティゲームズのハーフマラソン日本代表の座をつかんだ。しかし、新型コロナウイルスによる渡航制限で延期になり、“幻の日本代表”になっている。
苦悩のときを越えて、日本選手権で優勝を果たしたことで5月下旬に行われるアジア選手権(韓国・クミ)の10000m代表が濃厚になった。そこでワールドランキングのポイントを稼ぐことができれば、東京世界陸上もグッと近くなる。今後はゴールデンゲームズ(5月4日)の3000mと日本選手権(7月上旬)の5000mにも出場予定。10000mだけでなく、5000mでも東京世界陸上を狙っていく。
葛西、吉居、太田の敗因は?
連覇を目指した葛西は、「正直、(鈴木の)ラストスパートはあまり警戒していなかったですけど、めちゃめちゃ速かった。先に仕掛けられて、リズムが崩れましたね。シンプルに力負けです」と完敗を認めた。ただし、今回は調子があまり上がっていなかったという。
「ロード練習をしっかりやってからトラックに移行しようと思ったんですけど、スパイクとトラックの相性が合わなかったこともあって、自分でもビックリするくらい調子が悪かったんです。芽吹も吉居も年下なので、前に出たい気持ちはあったんですけど、余裕がありませんでした。射程圏内でラスト2周を迎えましたが、全然残っていなかったですね」
それでも2位を確保したことで、葛西も最大2枠のアジア選手権の代表が有力になった。
鈴木と同学年のチームメイトである吉居は、「3位以内をひとつ目標にしていたので、そこは達成できたんですけど、芽吹が良くて、今はとにかく悔しい気持ちです」と自己ベストでも涙を流した。
「練習はできていたので、ある程度はいける自信があったんです。ペースが落ちて、僕自身は余裕があったので、全体的に上がってくれるかなと前に出ました。でも、追いかけてきたふたりはアジア選手権を意識しての順位狙いだったと思うので、自分でいくしかない、と。そこで追いつかれない走りができたら良かったんですけど、押し切れませんでした……」
社会人1年目の昨季は「うまく走れなかった」という吉居だが、今季は飛躍が期待できそうだ。
そして前回2位の太田は27分57秒96の8位。「調整の部分でイマイチなところがあって、序盤から一杯いっぱいで、粘ることができませんでした」と振り返った。2月2日の丸亀国際ハーフマラソンで59分27秒の日本記録を樹立したが、今回はトップ争いに加わることすらできなかった。
「良いときもあれば、悪いときもある。今日は合わせきれませんでしたが、やってきた練習は間違っていないと思うので、継続していき、次の試合に向けて取り組んでいきたいです」
太田は3月16日のエキスポ駅伝にも出場して、最長3区でダントツの区間賞を獲得。チームを“日本一”に導いたが、丸亀と大阪の快走が今大会に影響したのかもしれない。
筆者:酒井 政人