「最近よくむせる」あなたは要注意!食べる・飲み込むを支える口腔機能が悪化すれば<総死亡リスク>2.1倍に…歯科医が今すぐできるセルフチェックと防止策を伝授
2025年5月3日(土)12時30分 婦人公論.jp
(イラスト:stock.adobe.com)
大きく話題になった<老後2,000万円問題>。金融庁発表の『高齢社会における資産形成・管理』という報告書で「年金受給者では2,000万円が不足する」と試算されたのがそのキッカケでした。老後となれば、食費や光熱費などに加えて、医療費が多くかかるのが当然のように感じがちですが、実は身近なある疾患対策をするだけで<年間約30万円>も医療費を減らせる可能性があるのをご存知でしょうか? 幸町歯科口腔外科医院で院長を務める宮本日出先生が解説します。
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老後を健康に過ごしたいなら
老後を健康に過ごそうと思うなら、真っ先に取り組むべきなのが「寝たきり対策(要介護対策)」になります。
2023年での男性の平均寿命は81歳、女性は87歳(厚労省)ですが、健康寿命との差は男性8歳、女性11歳で、この期間が不健康期間と呼ばれる「寝たきり期間(要介護期間)」となります。
健康だった人が病気以外の原因で突然、寝たきりになる事は少なく、多くは全身の筋肉が徐々に衰えて行き、最終的に寝たきり状態に。全身の筋肉が衰えていく、いわゆる「ヨボヨボ期間」を「フレイル(虚弱)」と言います。
一度寝たきりになってしまってから健康状態に戻るのは簡単ではなく、全身の機能を向上させるために特別な対策が必要となることが少なくありません。
しかし、まだフレイルの状態であれば、生活に運動習慣を意識して組み込んだり、筋力維持のためにタンパク質を豊富に取り入れた食事管理によって、対策や悪化防止に繋げることはまだ可能です。
フレイルに有効な運動として推奨されているのは、男性はダンスや自転車、女性はウォーキングや登山など(筑波大学の発表)。そして高齢者におけるタンパク質の摂取量は体重1kgあたり1gが推奨されています(厚労省の発表)。なお、私自身はさまざまな医学的調査から1.5g/kgが良いのでは、と考えています。
フレイルの前兆が始まるのは…
こうしたフレイルがどこから始まるかと言うと、実は“口”に前兆がみられる場合が多い。そして口のフレイルのことを「オーラルフレイル」と呼びます。
オーラルフレイルになるのは意外と早く、40歳代の約3分の1に、既にその兆しがみられています。そして50歳代では2人に1人、60歳代では6割以上、70歳代では8割以上に症状がみられます(日本老年歯科医学会発表)。
しかしその症状を自覚することは難しく、オーラルフレイルに積極的に取り組んでいる埼玉県志木市は「口腔機能(特に飲み込み機能)を自覚できない人は9割以上」との統計を発表しています。
オーラルフレイルは、その状態により「口腔機能低下症」という病気に定義されます。
聞き慣れない病名かも知れませんが、2018年には厚労省により保険治療対象の疾患に指定されました。実際、口腔機能低下症は「命を危険に晒す可能性がある」ので、言葉からは想像できない怖い病気なのです。
口腔機能の衰えを放置すると、死亡リスクがグンと…
そして口腔機能低下症が病気である以上、治療が必要になります。さらに換言すると、「口腔機能低下症」は治療しないと悪化する、ということです。
「食べる」「飲み込む」などの口腔機能が悪化するとどうなるのでしょうか? 実は、全身の健康状態にまで影響を及ぼします。
新たに口腔能低下症が発症した場合、2年後に寝たきりの前兆である全身の「フレイル」になるリスクは(発症していない人に比べ)2.4倍、筋肉が衰える「サルコペニア」になるリスク2.1倍に。さらに2年後には寝たきり状態である「要介護認定」のリスクは2.4倍、そして高齢者死因第3位の誤嚥性肺炎を含めて「総死亡リスク」が2.1倍になります。
このように口腔機能の衰えは口の働きだけでなく、全身の衰えを助長する原因となるのです。その反面、しっかり防止策を行えば、全身の健康を損なうリスクがなくなるどころか、医療費の抑制にもつながります。
香川県歯科医師会が70歳以上のオーラルフレイル該当者に対して、口腔機能改善プログラムを行った調査結果を発表していますが(統計・分析は香川大学)、その結果、口腔機能が衰えている者は口腔機能が衰えていない者よりも全身の衰えが進行する傾向があり、前者の中には要介護2〜5の者が含まれていました。
(口腔機能が衰えていない者と比べ)口腔機能が衰えている者は、1年間に医者で治療を受ける日数が9.1日多く、年間医科診療費は198,800円高いという結果に。また年間調剤費も口腔機能が衰えている者は96,500円高い傾向がありました。
つまり<年間の医療費は口腔機能が衰えると約30万円多くかかる>という事実が判明したのです。そして、改善プログラムを継続することで口腔機能が向上することも確認されています。
これらのことから、口腔機能が低下し始めた人が早期に適切な対応を行うことで医療費は抑制され、健康寿命の延伸が期待できることが分かりました。健康的な一生を送るために、口腔機能を維持するのは大変に重要、ということです。
機能低下は40代から?こんな前兆に注意
たしかに口腔機能の衰えを自覚することは難しいのですが、自分で前兆を客観的に判断できれば、気づきが早くなり、対策がとれます。
その意味で、最も一般的な前兆は「むせ」です。最近、飲み物を飲んだ時、食べた時、むせたことはありませんか? もしあれば、それこそが口腔機能の衰えの前兆なのかもしれません。
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ここで注意したいことは、若い時からむせやすい人は、歳を重ねた後、さらにむせる回数が多くなっても「自分はそういう体質だから」と見逃してしまうことです。
子どもの頃に口腔機能が正常に発達(獲得)しない場合は「口腔機能発達不全症」という病気ですが、これも見落とされるケースがとても多い。発達不全と言っても全く飲み食いができないわけではない、なので他人と比べて劣っていたとしても、日常生活を過ごすことができるので、普通のことと思い込んでしまうケースが多いのです。
当院の集計では、実に半数以上の子どもの口腔機能が正常に機能していません。しかも、普通の生活をしているだけで、いずれ正常になるものでもない。子どもの頃の口腔機能の障害の多くは、生涯にわたって影響を与え続ける可能性が高いのです。
そして筋力が衰え始める40歳を超えた頃から、再び「むせ」などの症状が出てくる。そしてその結果が、前述の様に40歳代の36%の人の口腔機能が低下しているという数字に表れるのです。
ですから「むせ」のある人は、それまでがどうかは関係なく、「口腔機能が低下してきた」という事実をしっかり認識する必要があります。
セルフチェックに今すぐチャレンジ!
「オーラルフレイルはその状態により口腔機能低下症という病気である」と言いましたが、病気かどうかは、容易に判別ができます。今回はそれらの中で特に簡単にできるセルフチェック方法をいくつかご紹介します。
まずオーラルフレイル。こちらは以下の質問で3項目以上に該当するとその可能性が高くなります。
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(1)固い食べ物が噛めない
(2)むせる・食べこぼす
(3)お口が渇く・ニオイが気になる
(4)自分の歯の本数が少ない
(5)滑舌が悪い
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いかがですか? 3項目以上に思い当たる人は、歯科医院での相談を検討してみても良いでしょう。
さらに口腔機能低下症は歯科医院で専門的な7つの検査を行います。歯科医院で行う検査で、自分でもできる項目を紹介します。
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(1)べろ(舌)の汚れで口の衛生状態を確認
→猫のべろがザラザラしているのと同様に、人の舌にも突起(乳頭)があります。鏡で自分の舌を見たとき、その突起がちゃんと見えますか? 見えなければ、表面が汚れている状態なので要注意。
(2)歯の本数で噛む力を確認
→歯が19本よりも少なくなると、噛む力が弱まっています。鏡で自分の口の中を見ながら歯の本数を数えてください。
(3)「ぱ」「た」「か」1秒で何回言えるかで、運動機能を確認
→1秒でそれぞれをなるべく多く言ってみてください。どれか1つでも6回言えなければ運動機能が衰えています。
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口腔機能の検査ではべろの力がポイントになります。その力が基準値より10%低下していると、口腔機能低下だけでなく全身の筋肉の衰えが始まっている危険性もあります。
検査では口の中に指先ほどの風船を入れて、それを舌で潰す様に押してその力を測りますが、数秒で終わるので、興味があれば歯科医院にて受けてみてください(保険適用検査)。
健康に自信のある方が「○年も医者にかかっていない!」とうれしそうに話していることがあります。
しかし口腔機能はどうしても年々衰えていきますから…歳を重ねたら、むしろ半年に1度を目安に歯医者さんで機能を診てもらうのをおすすめします。
自宅で簡単にできるオーラルフレイル防止策
最後に自宅で簡単にできるオーラルフレイル防止策を3つご紹介します。
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1つ目は「べろ回し」。
べろを前歯と唇の間に入れて、唇を閉じてべろをゆっくり大きく時計回りと反時計回りにそれぞれ5回ずつ回します。べろで唇や頬を押すようにべろを回すと効果的です。べろの奥に疲労感を感じるくらいまでやってみてください。
2つ目は「全力5秒うがい」。
大さじ2杯分(約30ml)の水を口に含み、「ブクブクうがい」と「ガラガラうがい」をそれぞれ全力で5秒ずつ行います。「ブクブクうがい」をしながらべろを全力で前後に動かすのがポイント。「ガラガラうがい」は上を向いて喉の動きを意識しながら。「全力5秒うがい」はちゃんとやれば、お口の中の除菌率が97%と高いもの。お口の中が清潔になって一石二鳥です。
最後は「あいうべ体操」。
大きく口を動かしながら、それぞれ「あ」「い」「う」と発音します。「あ」は喉の奥まで見せるように、「い」では口を横に大きく開き奥歯の外側が見えるように、「う」では口を窄めて「チュー」をするように。「べ」は「あっかんべー」の様にべろを思いっきり前に出してください。
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以上です。もし「あいうべ体操」で、べろが出にくかったら、誰かを思い浮かべて「あっかんべー」をしてみてくださいね。(笑)
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