88歳の現代アーティスト・横尾忠則が拓く新境地「連画」…2023年春から描き続けた新作64点を一挙公開
2025年5月16日(金)6時0分 JBpress
(ライター、構成作家:川岸 徹)
様々な手法と様式を駆使し、多岐にわたるテーマの絵画を生み出し続ける破格の画家・横尾忠則(1936-)。近年ではその息の長い驚異的な創造力が注目を集めている。新作64点を公開する「横尾忠則 連画の河」展が東京・世田谷美術館で開幕した。
発端は「1枚の記念写真」
2023年、東京国立博物館表慶館にて新作102点を公開する「横尾忠則 寒山百得」展が開催された時、ただただ「これが86歳の画力か!」と感嘆するばかりだった。そして、その衝撃を上回る機会がわずか2年後に訪れるとは思ってもみなかった。2025年4月26日に世田谷美術館で開幕した「横尾忠則 連画の河」展。150号(約182cm×227cm)を中心とする大型のキャンバスに描かれた新作油彩画64点に、「これが88歳の画力か!」と、またしても圧倒されてしまった。
横尾忠則は1936年、兵庫県西脇市に生まれた。50年代からグラフィックデザイナーとして活躍し、独自性の高いイラストやポスターを制作。1972年にはニューヨーク近代美術館で個展が開催され、その後パリ、ヴェネツィア、サンパウロの世界3大ビエンナーレに出品。現在も日本はもとより、海外でもファンを増やし続けている。
名実ともに日本を代表する現代アーティストである画家・横尾忠則。さて、その新作展はどのような内容なのか。
展示されている油彩画は、この2年間で描いた「新作64点」と「旧作1点」。このうち、「旧作1点」である油彩画《記憶の鎮魂歌》(1994年、横尾忠則現代美術館蔵)と、その作品のモチーフになった「1枚の記念写真」が本展開催のきっかけだという。
展覧会企画の始まりについて、本展担当の塚田美紀学芸員がこう説明する。「1枚の記念写真というのは、1970年に横尾さんが故郷・西脇市の川辺で同級生たちと撮ったもの。撮影したのは写真家の篠山紀信さんです。この写真にインスピレーションを得て、横尾さんは1994年に《記憶の鎮魂歌》という大作を描きます。本展はこの大作を基点に描いた64点の新作連画を紹介するものです」
《記憶の鎮魂歌》を発端にして生まれた64点の「連画」。連画とは耳慣れない言葉だが、他者の言葉を引き取りつつ歌を詠み、それをまた別の者に託すという「連歌」を、絵画のスタイルにアレンジしたもの。横尾は前日に描いた自分の作品を他人の絵のように受け止め、そこから今日の筆が導かれるままに絵を描き、思いもよらぬ世界が拓けることを楽しんだという。
「ですから、どんな作品が生まれるのか、結果として何点制作されるのか見当がつかない。これは美術館としてはハードルが高いことなのですが、横尾さんと世田谷美術館は付き合いが長いので、一蓮托生の気分で横尾さんにおまかせしました」(塚田美紀学芸員)
無限に広がるイマジネーション
2023年春から制作が始まった「連画」。明確なテーマを決めずにキャンバスに向かう横尾は、当時こんな言葉を残している。「絵は、本当にわかりません。絵のほうが僕をどこかに連れていく。僕は、ただ描かされる。そのうち、こんなん出ましたんやけど、となる」(2023年6月)。
連画に取り組み始めた初期の作品は、横尾が「とりあえず描いてみた」というもの。「1枚の記念写真」をベースに、様々なアレンジや色遣いが試みられている。そこから、予測不能な“横尾ワールド”が始まっていく。まるで自由自在にたゆたう大河の流れのよう。川と水、筏、メキシコ、壺など、多様なイメージが現れては消え、再び現れる。ピカソやデュシャン、マン・レイ、ゴーギャンら、芸術家の作品からの引用が多く見られるのも、横尾の頭の中を覗いているようで興味深い。
さらに、
連画の重要なモチーフ「壺」
展示の終盤に連続して現れるモチーフが「壺」。なぜ、横尾は壺に惹かれたのか。塚田由紀学芸員は、「流れ流れていく水を溜めたり、汲み出したりする壺。どんな文化にも壺は存在し、重要な役割を担っている。横尾は壺に何か根源的なイメージを見出したのではないか」と言う。
「壺」をモチーフにした絵画には、衝撃的な作品が多い。《ボッスの壺》(2024)には、壺に人が両足を広げて逆さまに突き刺さる姿が描かれている。この人物はヒエロニムス・ボスの代表作《快楽の園》から引用したもの。さらに横尾の代表的シリーズであるY字路の「Y」とのつながりも感じさせる。
《The End of Life Is Moral》(2024)は、新作64点の中で「横尾さんの一番のお気に入りの作品」(塚田学芸員)なのだそう。2点の壺の絵が対になった作品で、どちらの壺の中にも人間の姿が見える。一方の壺には幸福そうな表情の人間が、もう一方には苦悶の表情を浮かべた人間が。絵画に込められた意味は何なのだろう。横尾は作品タイトルを付けるときに、「人生の終わりくらいは、道徳的になったほうがいいでしょう」と話したという。
展覧会に先駆けて行われた内覧会。横尾さんが出席し、こんな話を聞かせてくれた。「首が痛くて、手も痛くて、絵が上手に描けない。下手になる一方です。絵を描くことにはとっくに飽きているので、これからも描くかどうかはわからない。絵を描く意図や目的は考えない。だから、かえって自由になれている」
また、数年後。横尾忠則さんの新作展が開かれることを楽しみに待っていたいと思う。
「横尾忠則 連画の河」
会期:開催中〜2025年6月22日(日)
会場:世田谷美術館
開館時間:10:00〜18:00 ※入場は閉館の30分前まで
休館日:月曜日
お問い合わせ:ハローダイヤル 050-5541-8600
https://www.setagayaartmuseum.or.jp/
筆者:川岸 徹