【名馬伝説】日本が生んだ名馬イクイノックス、歴代最強馬に苦杯をなめさせた2頭の捲土重来なるか?
2024年8月20日(火)6時0分 JBpress
(堀井 六郎:昭和歌謡研究家)
昭和歌謡研究家・堀井六郎氏はスポーツライターとしての顔もあります。とくに競馬は1970年から今日まで、名馬の名勝負を見つめ続けてきました。堀井氏が語る名馬伝説の連載です。
かつて「種牡馬の墓場」と揶揄された日本から「世界一の名馬」出現
競馬をギャンブルの対象としているファンの人にとって、強すぎるがゆえあまり魅力的な馬ではありませんでしたが、レースぶりが安定していて大負けすることがないという点で私が高く評価し、最も安心して見ていられた名馬といえば、昭和59年(1984)、無敗でクラシック三冠馬となったシンボリルドルフです。
日本に敵がいなくなった満5歳の春、ルドルフは米国に遠征します。カリフォルニアのサンタアニタパーク競馬場で行われたサンルイレイハンデキャップレースに出走、現地でも日本の最強馬として伝えられ、3番人気となりましたが、結果は6着でした。
レース中に故障したとはいえ、日本馬と外国馬との彼我の実力差を見せつけられたような気がして、当時のファンとしてはかなり落胆した記憶が残っています。
昭和56年(1981)のジャパンカップ創設当時、海外の競馬関係者が日本の競馬や血統背景を揶揄して「競走馬の墓場」「種牡馬の墓場」と称していた悔しい記憶とともに甦ります。
あれから40年。綾小路きみまろやボブ・ディランではありませんが、時代は大きく変わりました。今や、世界の競走馬を格付けしている国際機関が発表した「2023 ワールド・ベスト・レースホース・ランキング」で、ダントツの第1位に輝いている馬は日本の馬、という時代になったのです(日本馬としては2014年のジャスタウェイに次ぐ2頭目の誕生です)。
その名は、イクイノックス(equinox=分岐点、分点。天の赤道と黄道の交点。つまり、春分・秋分といった意味合いです)。
すでに昨年、同馬は引退していますが、10戦して8勝、2着2回という好成績を残しています。しかし、三冠馬ではありませんでした。2022年3歳時のクラシック三冠レースの皐月賞とダービーで、2着に甘んじています。
まさにこの2戦が分岐点になったが如く、その後の成績が凄すぎる。特に翌年、4歳時に出走したドバイシーマクラシック(ドバイへの海外遠征)、宝塚記念、天皇賞(秋)、ジャパンカップの4レースはこの年の「2023 ワールド・レース・ランキング」(レースの世界的格付けです)でベストテンに入っているG1の中のG1レースといえるものでした。
ご参考までに、G1レースランキングの第1位がジャパンカップ、2位がドバイシーマクラシック、5位が宝塚記念、6位が天皇賞(秋)となっています。
つまり、レース格付けでは、あの名高いジャック・ル・マロワ賞(仏)やブリーダーズカップ(米)よりレースとして高く評価されたレースに出走して4戦全勝しているのです。
歴代最強馬に勝った2頭の戦歴と今後
結局、イクイノックスはこの年限りで引退してしまいましたから、同馬が生涯で先着を許したのは皐月賞とダービー2着のときの優勝馬、ジオグリフとドウデュースの2頭のみです。
皐月賞では5番人気のジオグリフが1馬身差で勝利し、ダービーでは3番人気だったドウデュースがイクイノックスに首の差だけ先着しています。
当時、イクイノックスは皐月賞3番人気、ダービー2番人気と、まだ確たる評価が定まっていませんでしたが、皐月賞・ダービーとも大外枠からの僅差負けということで、その実力が認められ、以降の6戦はすべて1番人気で勝利しています。
後年、ジオグリフとドウデュースの2頭はそれぞれ皐月賞馬、ダービー馬という勲章以上に、「歴代最強馬を負かせた馬」ということで名を残すことになるかもしれません。2頭の戦歴を紹介しましょう。
●ジオグリフ
5歳馬、現役。2024年8月12日現在、16戦3勝。16戦のうち、香港、サウジアラビア、ドバイへの海外遠征で大きなレースを3戦し、6着(香港カップ)、4着(サウジカップ)、11着(ドバイ・ワールドカップ)という成績でした。馬名のジオグリフ(Geoglyph)は母馬の馬名「ナスカ」からイメージされた「地上絵」を意味しています。
皐月賞以後、2年以上勝利から遠ざかったまま8月18日の札幌記念に出走。3番人気でしたが、本命のプログノーシスがコケて2着入線(優勝はノースブリッジ)。当日の『日刊スポーツ』では「イクイノックス、ドウデュースの最強世代で皐月賞を制した馬」として、ジオグリフを本命に推している記者もいました。
残念ながら、勝つところまではいきませんでしたが、まだまだ忘れられた存在ではないことを証明、次走が楽しみになりました。
●ドウデュース
5歳馬、現役。同じく現在まで、14戦6勝。ジオグリフ同様、海外遠征を経験、パリやドバイで大きなレースに出走、4着(ニエル賞)、19着(凱旋門賞)、5着(ドバイターフ)という結果で、残念ながらこちらも勝利から見放されています。馬名の「デュース」はテニスやバレーボールでセット終盤、同点になった際に使用される「デュース=deuce」から採用され、「同点(do deuce)にして勝て」といった思いから、馬主さんの「並んで差し切れ」という願望が含まれていたのかも。
ドウデュースの戦歴を振り返ってみると、全14戦6勝のうち、G1勝利3勝はすべて3〜4コーナーまで後方に待機し、直線半ばで先頭集団に並んでゴール前で見事に差し切るというレースを披露してくれています。
現在、同馬の「ワールド・ベスト・レースホース・ランキング」は第10位となっています。
5歳になったジオグリフとドウデュースですが、すでにジオグリフは今年になって4戦を消化、残念ながらいまだに勝ちきれず、前述のように最後に勝利したのはイクイノックスに先着した2年前の皐月賞でした。
一方、ドウデュースは昨年の有馬記念に見事勝利し、余勢を駆って今春ドバイに遠征しましたが、5着(ドバイターフ)、その後帰国して6月の宝塚記念に出走し6着、どちらも結果を残せず、1番人気に応えていません。
この秋、ドウデュースには天皇賞、ジャパンカップ、有馬記念の3レースに出走して引退、というレールが敷かれています。
ドウデュースの父馬ハーツクライは2005年の有馬記念で当時無敵と言われていた一歳年下のディープインパクトに先着、国内レースでディープに唯一汚点を与えた曲者でもありました。
ドウデュースが格上だったイクイノックスに土をつけたのも父の血が騒いだからかもしれませんね。
世界一の馬に苦杯をなめさせた2頭が主役に返り咲くのか脇役に徹してしまうのか、このあと引退への道をどう歩んでいくのか──自らの人生と重ねつつ、馬券を買わずともひそかに応援してみる。これもまた競馬の楽しみの一つなのです。
(編集協力:春燈社 小西眞由美)
筆者:堀井 六郎