女子マラソン6位入賞の鈴木優花が語る、パリ五輪で強くなれた理由、優勝者との幸せな時間とたどり着くまでの苦悩

2024年10月17日(木)12時0分 JBpress

(スポーツライター:酒井 政人)


レース後の幸せな時間

 今夏に開催されたパリ五輪。大会のフィナーレを飾った女子マラソンで24歳の鈴木優花(第一生命)の笑顔が弾けた。激戦を終えて2カ月近く経っても、あの景色はキラキラと輝いている。

「パリ五輪はとても楽しかったですね。すごく激しいコースではあったんですけど、そこに挑戦するのもなかなかできませんし、思い切って本番を迎えられたことが『楽しかった』という表現になります」

 鈴木は五輪史上最も美しく最も過酷なコースを自己ベストの2時間24分02秒で走破。大健闘ともいえる6位入賞でフィニッシュした。そして金メダルに輝いたシファン・ハッサン(オランダ)と〝ふたりだけの時間〟を過ごしている。

 ゴール後、鈴木の方からハッサンに「Congratulation!」と声をかけると、ハッサンは笑顔で応じて、お互いの健闘をたたえたという。

「ハッサン選手は今年の東京マラソンに出場されていて、お話しさせていただく機会を作っていただいたんです。そのときもふたりで写真を撮ったんですけど、オリンピックのゴールで一緒に写真を撮れる機会はなかなかないと思ったので、思い切って声をかけました。『あなた何番だったの?』と聞かれて、『私は6番でした』と答えると、『よくやったわね』みたいな会話をしたんです。周りの声が凄くて、よく聞こえなかったんですけど、とっても幸せな時間でしたね」

 ハッサンとは「まだまだ天と地ほどの(実力)差がある」という鈴木だが、パリ五輪はメダルまで52秒差。後悔がまったくないわけではなかった。


メダル争いをわけたもの

 パリ五輪のコースは起伏に富んでおり、28.5㎞には最大勾配13.5%の急坂が待ち構えていた。昨年11月の試走では、「壁だなと思いました(笑)」というほどのものだ。本番でも文字通り〝壁〟となった。

「歩いた方が速いんじゃないかと思うぐらい進まなくて、ここは一番緊張感を発した場面だったかなと思います」

 最大の難所はどうにか乗り切ったものの、下りに入ると集団のペースが上がる。そこで鈴木は前の5人に引き離された。このときの〝ジャッジ〟がわずかな後悔として残っている。

「集団と離れるときに『焦るな』と自重した部分が一瞬あったんです。そこでつくか、つかないかで差は出たのかなと感じました。もしついていたら、前の人たちからリズムをもらってもう少しいけたかもしれません。悔やんでも仕方ないですけど、今振り返ると、その瞬間が(メダル獲得への)別れ目だったのかな……」

 鈴木は「経験不足で(勝負ポイントが)見分けられなかったんだなと思います」と話したが、そこで無理をすれば、終盤さらに苦しいレースになった可能性もある。正解はわからないが、鈴木のなかでモヤモヤした場面になったようだ。


パリ五輪で強くなれた理由

 花の都で快走を見せた鈴木だが、昨年10月のマラソングランドチャンピオンシップ(MGC)を制して、パリ五輪代表内定をゲットしてから順風満帆ではなかった。

「初めてのオリンピックに向かうなかで故障もあって、心身とも余裕のない状態が続いていたんです」

 4月13日の金栗記念10000mで2位に入るもタイムは33分21秒85と伸び悩んだ。さらに5月に左のシンスプリント(骨膜の炎症)を発症して、本格的なトレーニングが2〜3週間できなかったのだ。

「ここまで自分を責めたことはありません。何のためにオリンピックに出るのか、考えたこともありました。でも周りが期待してくださることを重荷にとらえるんじゃなくて、シンプルに喜びに変えていけばいいという発想になったんです」

 鈴木はこの窮地を〝究極のプラス思考〟で乗り切った。

「このタイミングでの故障は何か意味がある。それをいかに力に変えるのか。そう考えるようになって、いい意味で疲労が抜けたのかな。体をフレッシュな状態に戻せて、正しい動きで、イチからベースを作ることができました。走れない時期はバイクトレーニングや水泳で追い込み、補強もやりました。それが今回のタフなコースにはうまく生きたんじゃないかなと思います。パリ五輪はメンタル面で大きく成長できた。これから苦しい局面に入ったときの発想の仕方を自分なりに見つけられたんじゃないかなと思っています」


フォームを変えてナイキ厚底にシフト

 大東大時代に駅伝で大活躍した鈴木だが、高校時代と現在でフォームが違うという。

「大学時代にフォームをイチから変えました。以前は足を地面に叩きつけるような走りでしたが、足を接地した瞬間だけ出力を出すような走りを意識するようになったんです。そこから徐々にナイキの厚底にハマり始めて、今こうしてマラソンに生かすことができているのかなと思っています」

 力強さはそのままに効率的なフォームを身に着けた鈴木は駅伝のロング区間で快走を連発。マラソンでも結果を残した。そのパートナーとなったのがナイキのシューズだ。パリ五輪では前足部にエアが搭載されている『アルファフライ 3』で激走したが、普段はどんなシューズを使用しているのか。

「レースペースの練習は『アルファフライ 3』を履いて、レースに近い状態で走っています。ただ厚底に頼り過ぎてもいけないので、ペース走や距離走は『ペガサス ターボ ネクスト ネイチャー』を着用しています。ほどよいバネ感があり、足底で地面をしっかり捉える感覚を作ることができるんです。ジョグは長い時間走るので、クッション性のある『インフィニティラン』ですね。疲れているときでも安心して接地できますし、普段のジョグから地面の反発をもらえるように意識しながら走っています」


山下コーチと目指すもの

 2028年のロス五輪を大きなターゲットとして、山下佐知子エグゼクティブアドバイザー兼特任コーチと長期計画でマラソンに挑んできた鈴木。パリ五輪で「6位入賞」を果たしたが、鈴木に浮かれた様子はない。冷静に自分の実力を推し測っている。

「パリ五輪に向かうにあたって、自分の等身大は絶対に見失いたくないと思っていました。今後の一番大きな目標は4年後のロス五輪です。どんどん自分をアップデートして、いろんな大会にチャレンジしていきたい。その過程で日本記録(2時間18分59秒)も更新したいですね。そのためにトラックのスピードも必要になってきます。とにかく私らしく走るところを見せたいと思っています。自分で攻める走り、思い切っていくレース。マラソンランナーとして、表現者として披露していきたいです」

 来年の東京世界陸上、4年後のロス五輪に向けて、鈴木が〝世界にひとつだけの花〟を咲かせてくれるだろう。

筆者:酒井 政人

JBpress

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