「ひきこもり」にならなかったから人間は世界を席巻した…まだ教科書に載っていない人類の起源を解説する
2025年4月6日(日)7時15分 プレジデント社
※本稿は、YouTubeチャンネル「プレジデント公式チャンネル」で公開中の動画【まだ教科書にない人類のルーツ】の内容を書き起こし、再編集したものです。
■「ホモ・サピエンスだけが生き残った」ではない
(前編より続く)
【星野】前編は「日本人の起源」が大きく変わりつつある話を中心にお伺いしましたが、実は「人類史」全体もこの10年ほどで大きく書き換わる可能性があるとか。篠田先生の著書にもそのあたりが詳しく書かれていますね。
【篠田】最近のゲノム研究の進展がすさまじくて、私たちの祖先がどこから来たかだけでなく、ホモ・サピエンス以外に存在した人類たちとの関係まで分かり始めています。たとえばネアンデルタール人、さらにはデニソワ人と呼ばれる謎の人類のDNAが、私たち現代人のなかに一部取り込まれていることが分かってきたんです。
クリーブランド自然史博物館所蔵のネアンデルタール人と現代人の頭蓋骨の比較(写真=hairymuseummatt/CC-BY-SA-2.0/Wikimedia Commons)
【星野】従来は「ホモ・サピエンスだけが生き延び、他の人類は滅んだ」とざっくり言われてきましたが、それどころか混血していた可能性があるわけですね。
【篠田】しかも「子供ができただけでなく、その子孫が現代にまでつながっている」という事実は、ここ10年ほどで明確になりました。これはノーベル賞にも輝いた古代ゲノム研究が切り拓いた新しい世界なんです。
【星野】そもそもネアンデルタール人は、4万年ほど前にヨーロッパ付近で姿を消したとされる人類ですよね?
■謎の人類「デニソワ人」の正体
【篠田】ネアンデルタール人は20万年以上もヨーロッパや西アジアに暮らしていたのですが、私たちホモ・サピエンスがアフリカを出て世界に拡散する過程で徐々に衰退し、最終的に4万年前ごろ滅んでしまったと考えられています。
ところが2010年前後、スバンテ・ペーボさん(2022年ノーベル生理学・医学賞受賞)が中心となってネアンデルタール人の全ゲノム解析を進めたところ、現生人類(ホモ・サピエンス)のゲノムに1~4%ほど、ネアンデルタール由来の配列が含まれている例があるのが判明しました。
【星野】それは当時、衝撃だったでしょうね。
【篠田】まさに世界的なニュースでした。以前は「ホモ・サピエンスが他の人類を滅ぼしただけ」と考えられていたのに、実際には両者が交わり、子孫が続いていたわけです。さらにそのネアンデルタール由来の遺伝子が、新型コロナウイルス感染症の重症化に関連していた、なんて研究報告もあって、思わぬ形で現代医学にも影響を及ぼしています。
【星野】ネアンデルタール人だけでなく、デニソワ人という不思議な人類も出てきました。これはどういう存在でしょうか。
【篠田】2008年にロシアのデニソワ洞窟で指の骨の断片が見つかり、それを解析するとネアンデルタールでもホモ・サピエンスでもない未知の人類のDNAだった。いわゆる「デニソワ人」と呼ばれるグループです。
■ゲノムが教える「人類大移動」の足跡
【篠田】その後の研究で分かったのは、デニソワ人もまたホモ・サピエンスやネアンデルタール人と同様に、ある段階で交雑しており、現代人にもデニソワ系のDNAが数%ほど伝わっている地域があること。特にオセアニア(パプアニューギニアなど)や東南アジアの一部でその比率が高いと言われています。
【星野】それまで教科書には載っていなかった人類が、突然DNA解析で浮かび上がったわけですね。
【篠田】そうなんです。しかもデニソワ人がどんな姿をしていたかは、指の骨や歯の化石しか見つかっていないので、まだほとんど不明。でもゲノムはかなり読めているという、非常に逆転した状況が面白いんです。
デニソワ洞窟の入り口 ロシア・シベリア(写真=Xenochka/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons)
【星野】人類がアフリカを出たのは約6万年前というのが、いま定説になっているそうですね。その後、世界各地に拡散していった経路も、DNAでどんどん解明されているとか。
【篠田】アフリカを出た時期は、ゲノム解析や化石証拠を突き合わせて「6万年前ほど」と考えられています。そこからヨーロッパ、アジア、さらに南太平洋へと展開し、最終的にアメリカ大陸へ到達するまでに何万年もかかった。
私たちが学生のころに習っていた人類移動マップは、いま大きく塗り替えられています。
特に北米から南米の拡散スピードや、オセアニア方面への海洋進出がどれくらい早かったかなどは、古代DNAが集まるほどにアップデートされているんですよ。
■北京原人はわれわれの祖先ではない
【星野】私が子供の頃は「北京原人やジャワ原人が、私たちの直接の祖先に連なる」と習った記憶がありますが、いまは違うんですね。
【篠田】それらの「原人」と呼ばれたグループは、ホモ・サピエンス以前に大陸各地へ広がった人類の流れであり、私たちの直接祖先ではないと分かっています。私たちは30万年前くらいにアフリカで誕生し、6万年前に出アフリカを果たしたホモ・サピエンスですから、北京原人やジャワ原人とは系統が異なる。
こうした「私たちの直接祖先じゃない人類」は実は世界各地にいて、それぞれネアンデルタールやデニソワのように、私たちと交雑した集団もあれば、完全に滅んでしまった集団もありそうです。
【星野】人類学にとどまらず、歴史学・考古学・言語学なども、このゲノムの新知見によって影響を受けるかもしれませんね。
【篠田】たとえば考古学で「この石器文化がどこから伝わったか」議論するとき、遺物の形だけでは分からないことがゲノム分析で補強されるかもしれません。言語学でも、人の移動や混血が言語の変化にどう影響したかをより立体的に捉えられそうです。
つまり「ネアンデルタールとホモ・サピエンスが全く交わらなかった」という前提で成り立っていた仮説は、もう根本から崩れました。他の分野も「教科書に書かれた人類史像」を部分的に見直す必要が出てきたと思います。
「Mr. N」Homo sapiens neanderthalensis(写真=ネアンデルタール博物館、ドイツ・メットマン/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons)
■ホモ・サピエンスだけが繁栄した理由
【星野】2022年にノーベル生理学・医学賞を受賞したスバンテ・ペーボ氏は、まさにこの古代人のゲノム解析を切り開いた中心人物なんですね。
【篠田】そうです。古代の遺骨は非常に劣化が激しく、DNAを取り出すのは難しい。その常識を破ったのがペーボ氏らの研究チームでした。
彼らが次世代シーケンサーなど革新的な手法を導入したことで、2010年にネアンデルタール人の全ゲノム解読が成し遂げられた。そのときに「私たちのDNAにネアンデルタールの痕跡が残っていた」ことが明らかになったわけです。
現代医学に直結するようなワクチン開発とは別の、いわば純粋な基礎研究的アプローチでノーベル賞を取られたのは珍しい例だと思います。でも、それだけ社会的インパクトが大きかったということですね。
【星野】ネアンデルタール人やデニソワ人も生き残っていれば、地球上に複数の人類が共存していたかもしれません。ホモ・サピエンスだけが広く繁栄した理由はなんでしょうか。
【篠田】単純に「知能が高かったから」とは言えません。ネアンデルタール人も複雑な道具を使い、狩猟を行い、火を扱っていたようです。ただ一つ確実なのは、私たちホモ・サピエンスは集団規模を拡大し、ネットワークを形成して生き延びるのが得意だった可能性があります。
プレジデント公式チャンネルより
篠田謙一館長(右)と星野編集長 - プレジデント公式チャンネルより
■他の人類との大きな違い
【篠田】ネアンデルタール人の化石を詳しく見ると、近親同士で結婚を繰り返し、多様性が損なわれた挙句、環境変化などの要因で衰退していったらしい。一方ホモ・サピエンスは、広範囲で情報や資源をやり取りする仕組みを作り出し、増殖していった。その違いが生存競争で決定的な差になったという見方が有力ですね。
【星野】集団が大きくなると、ある種の共通ルールや宗教、言語といったものが必要になる。そこにホモ・サピエンスの真骨頂がありそうですね。
【篠田】そうですね。「ダンバー数」という概念がありますが、人間が個別にしっかり認識できるのは150人くらいが限界だと言われます。そこを超える集団をまとめるには、共有の物語や宗教、あるいは言語体系などが不可欠。狩猟採集の時代ですら、仲間同士でネットワークを作って交流したからこそ、世界中へ拡散できたのではないかという仮説があります。
要するに、「顔がわかる仲間を超えた規模で協力できる」のがホモ・サピエンスの強みだった。ネアンデルタールやデニソワ人には、その仕組みが十分備わっていなかった可能性があります。
【星野】ホモ・サピエンスが地球上のあらゆる地域に進出できたのは、ある意味で「探究心や冒険心が強いから」という部分もあるのでしょうか?
■塗り替えられる日本人の起源
【篠田】そうだと思います。もちろん全員が冒険好きだったわけではないでしょうけど、人口が増えれば、物資やスペースを求めて新しい土地を目指す人々が一定数現れる。狩猟採集時代なら、獲物が減ってきたら他の地域へ移動することもありえますし。
ただ興味深いのは、私たちは「一度行きっぱなし」ではなく、途中で戻ってきたり、周囲と連絡を取り合ったりするネットワークを作る場合が多いこと。そこがただ孤立して移動するだけだった他の人類とは違う点かもしれません。
【星野】こうした大きな人類史像が分かると、日本人の成り立ちや日本列島への拡散過程もより深く説明できそうですね。
【篠田】日本人の起源を語るとき、「縄文と弥生」という枠組みだけを見ても十分に複雑ですが、さらに大きく見ればホモ・サピエンスがアジアに到達する前後の歴史とつながっています。
日本列島に最初に人類が来たのは4万年ほど前と言われますが、それ以前にアジア各地にはネアンデルタールやデニソワの仲間もいた可能性がある。
Homo neanderthalensis 1908年にラ・シャペル・オー・サン(フランス)で発見された頭蓋骨(写真=Luna04/120/CC-BY-SA-3.0-migrated/Wikimedia Commons)
ただ、そこと日本列島との間で遺伝的交流があったかどうかは、まだ断片的な研究しかありません。いずれ古代ゲノムがもっと解析されれば、「日本列島にもデニソワ系が入っていた」といった驚きが出るかもしれません。
■未知の人類がいた可能性
【星野】今回のお話、「まだ教科書にない人類のルーツ」という言葉が実にしっくりきますね。今後、学校教育の内容も大幅に変わるのでしょうか。
【篠田】いずれ変わるでしょうが、やはり教育課程の改訂には時間がかかります。今の教科書でも「人類はアフリカに起源をもつ」という記述は一般化してきました。でもネアンデルタールやデニソワとの混血の話、ホモ・サピエンス以外にもいろいろいた話などは、まだほとんど触れられていません。
ただゲノム研究の成果が積み重なり、確実になれば、いずれ「人類には多様な系譜があり、複数の人類が交雑していた」というストーリーが一般的に教えられるようになると思います。
写真=iStock.com/altmodern
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/altmodern
【星野】最後に、これからの人類学や分子人類学の方向性について、篠田先生がお考えのことをお聞かせください。
【篠田】やはり古代DNA解析が今後ますます盛んになると思います。ネアンデルタールやデニソワが読めるようになったのですから、他に発見される未知の人類だってあるかもしれませんし、現代人の遺伝的多様性や病気のリスクを探るうえでも古代ゲノムは大きなヒントを与えてくれます。
人類がなぜ生き延び、どうやって繁栄したのか──その根本をゲノムという視点から探ることは、医学や農学、歴史学など多くの領域に影響を与えるでしょう。私自身、国立科学博物館の館長として、より多くの標本と研究者が結集し、新しい人類史の姿を追求できる環境を整えていきたいと思っています。
【星野】本日は「まだ教科書に載っていない人類のルーツ」について、大変刺激的なお話をありがとうございました。ネアンデルタールやデニソワのDNAまで入り込んでいるとは、本当に驚きです。これからの研究の進展が楽しみですね。
【篠田】こちらこそ、ありがとうございました。ゲノム研究によって、私たちの起源がどれほど多層的か、ますます明らかになるはずです。ぜひ続報にもご注目いただければ幸いです。
----------
篠田 謙一(しのだ・けんいち)
国立科学博物館館長
1955年生まれ。京都大学理学部卒業。79年産業医科大学解剖学講座助手。86年佐賀医科大学解剖学講座助手。94年講師。96年助教授。2003年国立科学博物館人類第一研究室室長。09年同人類史研究グループ長。21年より現職。医学博士。専門は分子人類学。著書に『人類の起源』『日本人になった祖先たち』等。
----------
(国立科学博物館館長 篠田 謙一、プレジデントオンライン編集部 星野 貴彦)
関連記事(外部サイト)
注目されているトピックス
-
いつもは愛想のよい店員が、新人を「バカだ、アホだ」と罵倒 態度の違いに恐怖した女性客の話
画像はイメージいくら接客態度が良くても、裏で粗暴な振る舞いをしている店員のいる店には行きたくない。広島県に住む50代の女性は、ホームセンターで買い物中に、普段は…
4月5日(土)1時47分 キャリコネニュース
-
買うつもりだったのに......「そんな地味な服を選んじゃダメよ!」店員が派手な服を勧めてきて結局、何も買わなかった女性
画像はイメージ店員の無神経な一言で、急に買う気が失せてしまった。そんな投稿を寄せたのは愛媛県の60代女性。百貨店内のある店を訪れた際、即座に浴びた一言が衝撃的だ…
4月5日(土)22時58分 キャリコネニュース
-
年収が高い会社ランキング2024【従業員100人未満・トップ5】フジ・メディア・HDの順位に「こんなにもらってたのか…」とため息が出る
1位と2位の順位は変わらず光通信は唯一の2000万円台今回は、上場企業の有価証券報告書に記載された平均年収のデータを使って、「年収が高い会社ランキング2024【…
4月7日(月)6時0分 ダイヤモンドオンライン
-
どういうこと? 面接官に「いつまでうちの会社に寄生するつもりなの?」と煽られまくった女性
画像はイメージ採用面接の場で会社に伝えたいことが伝わっていなかったらショックだ。埼玉県の30代女性(教育・保育・公務員・農林水産・その他/年収450万円)は、「…
4月5日(土)22時33分 キャリコネニュース
-
武田薬品・アステラス・中外、大手製薬会社「採用大学」ランキング2024最新版!2社でトップを獲得した大学は?
就職率が過去最高レベルに達している就活市場。「売り手市場」の中、各企業はどの大学から採用をしているのか。業界別・企業別に2024年「採用大学」ランキングを作成し…
4月7日(月)6時0分 ダイヤモンドオンライン
-
「売れなくてもいいから売りたい!」社長の息子が暴走、「この人、会社を潰すな......」と予感が的中!
画像はイメージやる気のない上司に仲違いする上層部……部下からすれば不満は高まる一方だ。投稿を寄せた神奈川県の40代女性は、かつての上司への不満を打ち明けた。「い…
4月5日(土)22時41分 キャリコネニュース
-
どういうこと!? 「面接官が遅れている」 待ってる間、若手社員の愚痴を1時間も聞かされる 「ごめん今日の面接なしで」 後日、二次面接に進んでいたことが発覚
画像はイメージ以前、面接官が途中で離席し、1時間以上経っても戻ってこないと思ったら、退社していたという記事を掲載した。すると「似たような場面を経験したことを思い…
4月5日(土)22時49分 キャリコネニュース
-
「出勤初日にロッカーも用意されてなくて」2日で仕事を辞めた女性
画像はイメージわずか2日で仕事を辞めたという女性から投稿が寄せられた。投稿者の40代後半の女性(愛知県/パート・アルバイト/年収100万円未満)は、その職場につ…
12月4日(月)11時18分 キャリコネニュース