「愛のある野次」に私は救われた…楽天・三木谷氏の「ブーイングやめよう」に元日本代表が思うこと
2024年4月15日(月)17時15分 プレジデント社
写真=iStock.com/adamkaz
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/adamkaz
■楽天・三木谷CEOの「ブーイングやめよう」提案
楽天グループのCEOで、J1ヴィッセル神戸会長の三木谷浩史氏がX(旧ツイッター)で、スポーツ観戦における観客のブーイングについて投稿し、話題になった。
みんなどう思ってるか。知らないけど、Vissel Kobeではブーインやめない(ママ)。相手も必死、うちも必死。その中で相手に対するリスペクトも、大切だと思う。そんな甘い夢を僕は見ています。
つねにあいてにたいするリスペクトを忘れず、味方を鼓舞する。神戸はそういう事ができる可能性があるクラブだと思っています。国際的に様々なものを受け入れ、日本を代表するクラブになり、日本の新しい象徴となりましょう。ブーイングはカッコ悪い。
楽天グループがオフィシャルパートナーを務めるヴィッセル神戸のサポーターに、対戦相手に向けたブーイングをやめるよう提案した。
観客席が明確に分かれておらず、たとえ贔屓チームが違っても肩を並べて静かに応援するのがマナーであるラグビー経験者からすれば、この提案には概ね賛同する。敵対する相手を含む選手へのリスペクトを欠いた応援をすべきでないというのは、まったくその通りだ。
乱暴な言葉を投げかけて相手を蔑んでまで贔屓チームに肩入れするのは明らかに行き過ぎで、それよりも選手たちを鼓舞するような応援に力を入れようというのは、きわめて真っ当である。
とくにサポーターを12番目の選手として認めてきたサッカー界からのこうした呼びかけを、私たちは真摯に受け止めなければならない。世界的にみても、サッカーでは暴徒化したサポーター同士が衝突する事件が後を絶たない。この現実を踏まえると、三木谷氏の呼びかけを奇貨として適切な応援の仕方を考え直す必要がある。
■ライブ観戦ならではの臨場感こそ醍醐味
応援といえば、先日家族でスタジアムに足を運んでラグビーの試合を観戦した。対戦カードはコベルコ神戸スティーラーズ対トヨタヴェルブリッツ、会場は東大阪市花園ラグビー場だ。プレーオフトーナメント進出への生き残りをかけた両チームの戦いは、スタジアムに詰めかけた1万4387人の熱気に包まれて大いに盛り上がった。
久しぶりのライブ観戦に心躍る私と、お目当ての姫野和樹選手が見られてよろこぶ妻のあいだにちょこんと座る5歳の娘は、観戦しながら何度も「たのしい!」と口にしていた。ラグビーが好きなわけでもなく、ルールも覚束ない娘が2時間弱の観戦にどこまで耐えられるのか。試合前は途中で飽きて帰りたいと言い出すに違いないと思っていただけに、意外だった。
会場を盛り上げるアナウンスや歓声のうねりにシンクロし、周囲に合わせて手を叩きながら楽しそうに振る舞う娘は、ラグビーがわからないままに応援そのものを楽しんでいた。
試合はというと、今シーズン新しく加入したニュージーランド代表のアーディ・サベア選手の活躍もあって、私の古巣である神戸が57対22で快勝。卓越した彼のプレーを目の当たりにできたことと古巣の勝利に私は気を良くし、またスタジアム内の一体感をともなったエネルギッシュな空間がとても心地よかった。
チャンス到来に心を躍らせ、ピンチは凌げと願いを込め、両者譲らぬ一進一退の攻防には固唾をのむ。肩を寄せ合いながら喜怒哀楽を同期させる集団には、独特の一体感が生まれる。この一体感につられて気分が高揚するライブ観戦の醍醐味を、無邪気にはしゃぐ娘にあらためて気づかされたのだった。
■感情を解き放つ観客はスポーツには不可欠
三木谷氏の提案に話を戻そう。
対戦相手へのブーイングを控えるのはやぶさかではない。ただ、このブーイングをカッコ悪い行いとして遠ざけるのは、やや過剰だと思う。というのも、ブーイングもまた応援の一形態だからである。言葉汚く罵るブーイングは論外にしても、その場にそぐわないプレーにはっきり「NO」と意思表示するのは、スポーツ観戦の楽しみだ。
観客が喜怒哀楽を放出できる場がスポーツであって、観客一人ひとりのそれらが交錯し、共鳴するからこそ会場全体を包む一体感が生まれる。5歳の子供でも感応できるあの祝祭的な雰囲気は、感情を自由に解き放つ観客がいるからこそ醸成される。
■不調な私を救った観客の野次
ネガティブな応援とされるブーイングや野次もまた、スポーツを楽しむ上でのエッセンスとなる。私がこう考えるのは、現役時代の経験が大きい。
大学時代のとある試合で、私はゴールキッカーを務めていた。その日はすこぶる調子が悪く、トライ後のコンバージョンがほとんど決まらなかった。チームがトライを重ねても、その後のキックは外し続けた。確か4回目のキックのときに、観客席から野次が飛んだ。
「お前はいつになったら決めてくれるんや」
怒りが滲む声色のそれが、ボールをセットしてまさにゴールを狙うときに耳に入り、内心カチンときた。
決めないといけないことくらい私だってわかっている。だけど、からだが思い通りに動いてくれない。キックを蹴るときの感覚が微妙に狂っていて、その修正がままならない。だが、その野次でスイッチが切り替わった。
負けず嫌いの性格に火がついて、「決めてやろうやないか」と熱り立った。ひとりの観客の怒りともどかしさが詰まったその野次が、あくまでも結果的にではあるが私の背中を押した。そこから調子を取り戻し、以後のキックを立て続けに決めることができたのだ。
写真=iStock.com/mikedabell
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■「いつ決めるんや」にはリスペクトがあった
よくよく思い起こせば、あのときの野次にはリスペクトがこめられていた。怒りが爆発しただけのストレス発散のために発せられたのであれば、あんな言葉遣いにはならない。「やめてしまえ」や「お前にはセンスがないんじゃ」といったもっと尖った物言いになったはずだ。
でもそうではなかった。「お前はいつになったら決めてくれるんや」には、いつかは決めてくれるという期待が込められている。そのイントネーションからはユーモアすらうかがえ、その証拠に野次を耳にした周囲の観客からはクスクスと笑いが起こっていた。
あの野次はあくまでも期待の裏返しとして発せられたものだった。
当時グラウンドに立つ私は気恥ずかしさが先立ち、野次に込められた期待とユーモアを汲み取る余裕がなかった。だが、いまとなればそれがわかる。期待が大きいがゆえに矢も盾もたまらずつい口をついたあの野次には、抑制の効いた柔らかな手触りがあって、そこには紛れもなくリスペクトがあった。
■あの時の野次は今も心の真ん中に
これには後日談がある。
大学を卒業後、三菱自動車工業京都を経て神戸製鋼コベルコスティーラーズ(当時)に入社した私は、試合が終わったあとだったかに、ひとりのファンから声をかけられた。「野次にもめげずキックを蹴り続けたあの試合を観てファンになりました」と。そう言われて思わず目を丸くし、たとえではなく文字通りに鳥肌が立った。
野次に腹を立て、思うようにキックできない自分に苛立ち、そして内心は不安でいっぱいだったあの日の私を、観客席のどこかから見てくれていたこと、そしてその姿を見てファンになってくれたことに、報われたような気持ちになった。
数年を経たのちに贈られたこのギフトは、その後の人生を左右するほどの価値観の変貌を私にもたらした。観客は、トライなどの派手な場面だけを見ているわけではない。コツコツやっていればどこかで必ず誰かが見てくれている。この紛れもない実感は、80分間すべてのプレーに気が抜けないことはもちろん、試合に至るまでのウォーミングアップや普段の生活での立ち居振る舞いにも気を配る必要性を思い起こさせた。
隅々にまで気を配れたかどうかはファンに訊いてみなければわからない。だが、少なくともこの心がけはそこから引退するまでずっと手放さなかった。いや、引退したいまになってもなお、心の真ん中にある。
■リスペクトのあるブーイングは観客に許された権利
三木谷氏は、過激化する応援に歯止めをかけるべく先の提案に至ったのは想像に難くない。敵対する相手チームへの、思わず耳を塞ぎたくなるようなブーイングは確かに避けるべきだ。相手を貶めてまで贔屓チームの勝利を渇望するのは明らかに行き過ぎだからである。とはいえ、ブーイングそのものをやめるのはどうかと思うし、贔屓チームに対する野次もまた然りだ。
節度を保ったリスペクトとユーモアに溢れたブーイングや野次は、スポーツを楽しむ人たちに許されている権利である。先に述べた私の拙い経験からすれば、野次は選手を励まし、パフォーマンスそのものを高めうるし、また選手生活をも彩りうる。
問題は、その程度である。誹謗中傷や人権侵害とも取れる尖った言葉遣いではなく、熱烈に応援するがゆえについ口をつく、叱咤激励や発破をかける意味でのブーイングや野次は、スポーツからなくすべきではないと思うのだ。
■感情を抑えつけたスポーツ観戦は味気ない
一切のブーイングや野次をなくしたスポーツ観戦を想像すれば、なんとも味気ない。まるで腫れ物に触るようにソフトで、無理矢理に感情を抑えつけた生ぬるい応援では、選手と観客は喜怒哀楽を共有できないだろう。そうなれば「ハレ」としてのスポーツの価値が揺さぶられ、その存在意味が雲散霧消しかねない。
あれもだめ、これもだめと、禁止事項が増えれば増えるほど息苦しくなるのはいわずもがなである。物価高騰や政治不信、経済的困窮など、ただでさえ息苦しさが横溢するいまの社会で、趣味や息抜きとしてのスポーツ観戦までそうなるのは避けたい。スポーツが創り出す祝祭的空間は、生活世界での鬱屈を幾許か発散するためにある。
リスペクトにユーモアを携えたブーイングや野次は、「観る者」と「する者」との交流を促すスパイスとなる。むやみやたらに時間稼ぎをするようなスポーツパーソンシップに反するプレーや、大差がついたときにありがちな気の抜けたプレーには、容赦なくブーイングを浴びせたっていい。不甲斐ないプレーを一喝する意味での野次もまたそうだ。
言葉遣いに心を砕きつつ、自由にブーイングや野次を浴びせられる雰囲気作りを目指した先に、健全なスポーツの姿が出来する。
写真=iStock.com/Dmytro Aksonov
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■「子供に聞かせられるか」が一つの指標
とはいえ、どこまでが適切かどうかのボーダーラインとなるリスペクトは、きわめて主観的で曖昧である。一言でユーモアといっても、それを発揮するのはなかなか難しい。リスペクトを保ち、ユーモアを発揮するためには、その場にいる子供が顔をしかめたり、不快にならないような言動を目指せばいいのではないか。子供に聞かせてもよいかどうかをひとつの指標にすれば、言葉遣いはマイルドになるはずだからだ。
スタジアムを後にした道中で、娘は「また観に来たい!」と口にした。観戦後、数日経っても「またラグビーを観に行きたい」と言っている。5歳の子供をも魅了するスポーツの祝祭性を損なわないためにも、観戦に興じる大人たちは熱狂に流されることなく節度ある応援を心がけなければならないと私は思う。
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平尾 剛(ひらお・つよし)
神戸親和大教授
1975年、大阪府生まれ。専門はスポーツ教育学、身体論。元ラグビー日本代表。現在は、京都新聞、みんなのミシマガジンにてコラムを連載し、WOWOWで欧州6カ国対抗(シックス・ネーションズ)の解説者を務める。著書・監修に『合気道とラグビーを貫くもの』(朝日新書)、『ぼくらの身体修行論』(朝日文庫)、『近くて遠いこの身体』(ミシマ社)、『たのしいうんどう』(朝日新聞出版)、『脱・筋トレ思考』(ミシマ社)がある。
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(神戸親和大教授 平尾 剛)
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