日本は安くて便利だが、本当なら中国の大学がよかった…月14万円の仕送りを受ける中国人留学生のホンネ
2024年4月24日(水)17時15分 プレジデント社
写真=iStock.com/smolaw11
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/smolaw11
■日本を選んだ理由は「特にない」
かつて中国人留学生というと苦学生のイメージがあったが、それも完全に過去のものとなった。GDP世界第2位の超大国から来た今の中国人留学生たちは、どのような人々なのか。
2023年4月に浙江省から来日し、東京・池袋エリアの日本語学校に通う劉徳欣さん(19歳、仮名)に話を聞いた。これから日本の大学への進学を目指しているという。
筆者撮影
東京・池袋エリアの日本語学校に通う劉徳欣さん(19歳、仮名) - 筆者撮影
「これから6月に日本留学試験(EJU)、7月に日本語能力試験(JLPT)を受けて来年4月に入学する予定です」
日本留学試験は2002年に始まった外国人留学生向けの試験で、日本の大学や専修学校に入学する際に必要な基礎学力の評価を行うもの。日本語能力試験はN5~N1まで5段階で日本語力を測り、最上位のN1は900時間ほどの学習時間が必要とされる。
留学先に日本を選んだきっかけは何だったのか。
「もともと両親から海外に出てみてはどうかと勧められていました。海外に出られるならどこでも良かったのですが、日本のマンガやアニメに馴染みがあったのと、距離的な近さから日本留学を選びました。あと姉が日本の大学に留学した経験があるので、その影響も大きいです」
10年ほど前であれば、『NARUTO』や『鋼の錬金術師』といった具体的なマンガ作品に強い影響を受けて日本への留学を目指す中国人も目立っていた。だが、現在は強い思い入れがあって日本に来たというより、欧米に比べてコスパが良く地理的にも近い「お手頃な留学先」として日本が選ばれているようだ。積極的な動機がなくなってきているのかもしれない。
■中国の大学受験人口は日本の20倍
「高校の外国語の授業は、英語ではなく日本語を選択しました。日本での大学進学は中国国内で大学受験をするより、ハードルがかなり低い。高考(ガオカオ)のプレッシャーに比べれば、名門大学にも入学しやすいんです」(劉さん)
中国の大学受験制度「高考」の正式名称は「普通高等学校招生全国統一考試」で、日本語訳を当てるなら「大学の新入生募集に係る全国統一試験」といったところ。少々ややこしいが、中国語の「高等学校」は日本の「大学」を意味する。つまり、日本における「大学入学共通テスト」に相当するが、興味深いのは、中国では原則として高考(共通テスト)のみの一発勝負で進学先が決定してしまう点だ。中国の大学は欧米と同様に9月入学のため、試験は毎年6月7日~8日に行われる。
中国の受験人口は極めて多く、日本の約60万人に対して約1300万人。総人口は10倍だが、受験人口は20倍もある。競争は非常に厳しく、北京大学や清華大学といった超名門校の合格を目指すより、日本の大学に留学生として入ったほうが「コスパが良い」ということらしい。
「志望は東京大学です。難関かもしれないですが、挑戦してみます。お金に関することを勉強したいので、経営学を学ぶつもりです。中国は『内巻(ネイチュアン)』がひどいので」
「内巻」は2020年頃から使われるようになった中国の流行語で、不毛な内部間の競争やそれに伴う社会的ストレスを指す。
■毎月の仕送り額は日本人大学生の2倍
劉さんの自宅は高田馬場駅から徒歩圏内という。
「今は家賃6万5000円のワンルームを借りて、毎月7000元(約14万円)ほど仕送りを受け取っています」
24年3月に全国大学生活協同組合連合会が発表した「第59回学生生活実態調査」によると、実家を離れて生活する下宿生が毎月受け取っている仕送り額は7万120円。アルバイト収入は3万6110円、奨学金は1万9660円を受け取っている。ざっくり言えば、仕送り7万円、バイト3万円、奨学金2万円という合計およそ12万~13万円の収入のなかで日本の大学生はやり繰りしている。
仕送りを10万円以上受け取っている下宿生は、1995年~2000年は6割を超えていたが、近年は25%前後にとどまっている。
円安の影響も大きいとはいえ、劉さんは平均的な日本人大学生に比べて経済的にかなり恵まれている。
「日本に着いたばかりの頃は、語学学校の寮に住んでいました。5~6人が相部屋で暮らしていて、家賃は水道電熱費込みで5万5000円でしたが、個人の空間が欲しくて今の家に引っ越しました。家賃は6万5000円で、毎月の水道光熱費は1万円ぐらいです」
■「物価は日本のほうが安い」
普段のスケジュールについても聞いた。
「平日は毎日12時半~16時まで語学学校に通うほか、月曜と木曜は午前中も日本留学試験の塾に通っています。空いた時間は自分で復習したり、スマホゲームをしたりしています。語学学校の学費は年間80万円ほどですが、親に負担してもらっています」
両国の生活水準も、ほぼ同等だという。
「日本の生活は中国にいた頃と大きく変わらず、とても便利です。生活の違いはあまり感じません。物価について言えば、食料品はまだまだ中国のほうが安いけど、ドラッグストアに売っているような商品や車やバイクは日本のほうが安い。自分は買わないけど、ブランド品なども安いです」
筆者撮影
劉さんが使う日本語のテキスト。熱心なメモが書き込まれている - 筆者撮影
中国経済の景気の後退が報じられているが、卒業後はどうする予定なのか。
「将来については、あまり悲観していません。卒業後の就活が大変なのはいつの時代も同じだし、自分はまだ数年ある。将来どうするかは、卒業が近づいたらまた考えます。大学院に進むかもしれません」
実感としては、景気後退はまだ感じていないのかもしれない。周囲には同じような立場の者も多く、今は留学生活を楽しんでいる。アルバイトはしていないので、比較的余裕のある生活をしているようだ。
「週末には学校のクラスメイトと池袋や高田馬場の中華料理店で一緒に食事をしたり、江ノ島まで小旅行に出かけたりしています。江ノ島に行ったときは、スラムダンクの踏切にも行きました」
■ハングリー精神は薄く、政治には無関心
2月の春節には故郷に戻り、両親に顔を見せた。父親は建設関係の会社に勤務し、母親は野菜や果物の販売店の経営をしているという。
「春節中は、現地のネット通販で購入した『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』のフィギュアを作っていました。価格は日本円で6000~7000円ぐらい。ほかに遊びと言えばスマホゲームの『王者栄耀(おうじゃえいよう)(Honor of kings)』にハマっています」
筆者撮影
春節中は『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』のフィギュアを作っていた - 筆者撮影
王者栄耀は中国を代表する巨大IT企業テンセントが開発したバトルゲームで、仲間同士で5人のチームを組み、敵陣を攻略する。2015年にリリースされて以降、全世界で爆発的な人気を博し、米調査会社センサータワーによると、24年2月のモバイルゲーム売上高で、同作は約370億円を売り上げ世界トップとなった。
福島第一原発の処理水の海洋放出問題など、相変わらず日中関係は緊張状態が続いている。
「政治的な問題については、あまり関心がないし注目もしていません」
面倒なことには関わりたくないという意識もあるのだろう。ともあれ、日本での留学生活はなかなか快適で充実している様子。ハングリー精神は薄く、余暇時間が多めの学生生活を仲間とともに精一杯楽しみ、政治には無関心で将来を楽観視できている――。何やら一昔前のわが国の大学生のような人々が、日本にやってきているのだった。
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西谷 格(にしたに・ただす)
フリーライター
1981年、神奈川県生まれ。早稲田大学社会科学部卒。地方新聞の記者を経て、フリーランスとして活動。2009年に上海に移住、2015年まで現地から中国の現状をレポートした。主な著書に『この手紙、とどけ! 106歳の日本人教師が88歳の台湾人生徒と再会するまで』『中国人は雑巾と布巾の区別ができない』『上海裏の歩き方』、訳書に『台湾レトロ建築案内』など。
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(フリーライター 西谷 格)
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