ここを変えれば毎日暮らす家が別世界になる…一級建築士がホテルで見つけた"フォーカル・ポイント"の効果

2024年5月17日(金)15時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/tofumax

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毎日暮らす家は、どうすれば幸せを感じられる空間になるか。一級建築士の水越美枝子さんは「私はバンコクに住んでいた頃に、何時間も過ごしたホテルのロビーやダイニングの居心地のよい空間になぐさめられた。そこに一歩足を踏み入れたとたん、『別世界』に来たような気分になるのは、空間のなかで視線が集中する『フォーカル・ポイント』が演出されているからだ。インテリアとは、たんなる『飾り』ではなく、日常生活を豊かにするものである」という――。

※本稿は、水越美枝子『40代からの住まいリセット術』(三笠書房)の一部を再編集したものです。


写真=iStock.com/tofumax
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■世界に名だたる五つ星ホテルが立ち並ぶバンコクでやったこと


私がバンコクに住みはじめたころの日本の建築界は、まだまだ欧米志向でした。


アジアからのニュースソースも少なく、タイではひと握りのホテル建築が、話題に上るだけでしたので、私にとってバンコクは、「魅力あふれる」とは言いがたい土地でした。


「アメリカかヨーロッパならともかく、タイでは仕事に役立つ情報もチャンスもないだろう。設計のキャリアは、終わったも同然だ」


はじめての海外生活のストレスと、仕事を辞めたことへの焦り。日本に帰国しようかと悩む私に、夫が言いました。


「長い人生の休養期間だと思って、ここでしかできないことを、やってみたら?」


この言葉にはっとした私は、娘が幼稚園に行っているあいだに、時間を見つけては、あちこちのホテルを訪(おとず)れることにしました。


バンコクは、世界に名だたる五つ星ホテルがとても多い観光都市なのです。チャオプラヤ川のほとりに建つ、オリエンタルホテル、ラジャダムリ通りのハイアットエラワンや、リージェントホテル、大使館が多いサトーンには、できたばかりのスコタイホテルがありました。


■日常を“極上”にする「フォーカル・ポイント」


慣れない生活のなかで、積極的にやりたいことも見つからず、いろいろなことが無意味に思えたそのころの私をなぐさめてくれたのは、何時間も過ごした、ホテルのロビーやダイニングの居心地のよい空間でした。


しばらくは、その美しい場所で、ただ心地よさを堪能していただけでしたが、ふと「こんな空間を設計するのにはどうしたらいいのだろう」という疑問が頭をもたげました。


そんな疑問を持ちながら、注意して観察していると、謎が少しずつとけるように、その空間の美しさと心地よさの理由がわかってきました。


そこには、デザイナーが計算し尽くした「視覚のマジック」が随所に仕掛けられていたのです。それは、「フォーカル・ポイント」を的確に押さえる手法でした。


フォーカル・ポイントとは、英語で「焦点」を意味します。この言葉はインテリア用語でもあり、「空間のなかで視線が集中する場所」という意味で使われます。


写真=iStock.com/Edwin Tan
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Edwin Tan

■ホテルに来ると「別世界」に来たような気分になる理由


ホテルのロビーに一歩足を踏み入れたとたん、「別世界」に来たような気分になるのは、空間のなかで視線が集中する「フォーカル・ポイント」が、あふれるほど贅沢に生(い)けられた花、美しいアンティークの壺、東洋的なオブジェ、ときにはクリスマスツリーといった季節感のあるもので演出されているからです。


真っ先に目に入るフォーカル・ポイントの印象は、そのホテル全体の印象になり、訪れる人の心に強く焼きつけられます。


「ホテルは非日常を楽しむ場所ではあるけれど、日常の住まいのなかにも、フォーカル・ポイントを取り入れられないだろうか? 毎日暮らす家こそ、そこにいるだけでしあわせを感じられる場であるべきではないか?」


そんなことを考えるようになった私は、レストランや会社、病院など、訪れるすべての場所の、フォーカル・ポイントを意識して見るようになりました。


■水と共生する知恵から生まれた「タイ・スタイル」


また、ホテルや、公共の建物を訪ねるうちに、街中で見かける、独特なたたずまいのタイ・スタイルの住居にも目が留(と)まるようになりました。


典型的なタイの住宅は、1階が柱だけの高床式(たかゆかしき)住居です。突然のスコールに対応できるように急勾配の三角屋根がのっています。居住スペースの2階は、上部の吹き抜けから熱風が抜ける工夫もされています。


タイの中央平原は、海抜わずか2メートルほど。運河が掘られるまえは、雨期になると大量に降る雨で川が増水し、水があふれ、高床式住居の2階から舟で出入りするという、川のなかの生活になったといいます。


背の高い杭(くい)の上で暮らすような住まいは、水と共生する知恵として生まれたことがわかりました。


また、高床は通風がよく、湿気を防ぎます。土間である床下も、機織(はたお)りをするなど工芸品づくりの作業場、家畜の飼育など多機能に使われたようです。


住宅とは本来、このように気候や風土に合わせたものであるはずです。


タイ・ハウスは私に、住宅の大事な基本を思い出させてくれました。


■タイ・ハウスとジム・トンプソンが教えてくれた「用の美」


次第に、気力も充実してきて、タイ建築への興味が膨らむなかで、私はジムトンプソン・ハウス(博物館)と出会いました。


そこにはそれまで学んできたインテリアの世界とはまったく異なる、西洋から見た上質なアジアの美しさとインテリアの新しい概念がありました。


ジム・トンプソンはアメリカ人の建築家で、衰退していたタイ・シルク産業を復興させたことで世界的に有名な人物です。


ジムトンプソン・ハウスは、伝統的なタイ様式建築の屋敷を数棟移築して合体させたもので、実際に彼が住んでいたものです。現在は、彼が蒐集(しゅうしゅう)した古美術品も含めて、彼が生活したそのままの状態で博物館になっています。


タイは、東南アジアのほぼ中心という地理的条件から、同地の工芸美術や建築は、中国、インド、カンボジアなど、周辺諸国の影響がバランスよくブレンドされています。そうして生まれたタイ・スタイルに、ジム・トンプソンは心をとらえられたのでした。


伝統的なタイ・スタイルの家(出典=『40代からの住まいリセット術』)

トンプソンは、自分で設計したその家に、彼を魅了したタイや周辺諸国の美術品をインテリアとして効果的に配し、テーブルやソファ、食器、チェスト、花入れ、シルク・ファブリックなど「用の美」を備えたさまざまな骨董や工芸品を日常使いにして楽しみました。


それは本人をしあわせにしただけでなく、招かれた人たちの目も楽しませ、いま、訪れる私たちをも歓迎してくれています。


■機能性だけでなく美しさも同様に求める成熟した文化


インテリアとは、たんなる「飾り」ではなく、日常生活を豊かにするもの。その考え方こそが日常を“極上に”する極意なのだということに思いいたりました。


私がぼんやりとホテルを見て感じていたことを実践して暮らしていたのが、ジム・トンプソンだったのです。


その後、何度か、バンコク市内の優れた住宅を見る機会にも恵まれましたが、どの家も、タイの気候風土にマッチしたデザインやフォルムの家具や工芸品をうまく取り入れ、フォーカル・ポイントを効果的に使って演出していました。


訪れる人を魅了するインテリアは、どれも、その家に住む人たちの個性が表れており、住んでいる人たち自身もそれを楽しんでいることが伝わってくるものでした。


こうして私は「住まい」に、機能性だけでなく美しさも同様に求めるという、成熟した文化があることを実感したのです。



水越美枝子『40代からの住まいリセット術』(三笠書房)

友人宅を訪れると、つい、フォーカル・ポイントを見る癖がついていました。


すると、せっかくの丹精込められたフラワーアレンジメントは目が行かない場所に飾ってあり、ともすると大事な場所に「見せたくないもの」が置いてある、という残念な家がとても多いことに気がつきました。


「インテリアを整えて趣味よく演出することと、ものをしかるべきところに収納することを、セットで考えてみたらどうなるのだろう?」


この模索もやがて、私の設計の基礎になりました。


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水越 美枝子(みずこし・みえこ)
一級建築士
日本女子大学非常勤講師、NHK文化センター講師。日本女子大学住居学科卒業後、清水建設(株)に入社。商業施設、マンション等の設計に携わる。1991年からバンコクに渡り、住宅設計のかたわら「住まいのインテリア講座」を開催、ジムトンプソン・ハウスのボランティアガイドも務める。帰国後、1998年一級建築士事務所アトリエ・サラを共同主宰。主に住宅設計(新築・リフォーム)の分野で建築デザインからインテリアコーディネート、収納計画まで、人生を豊かに自分らしく生きる「人が主役の住まい」づくりを提案。著書に『がまんしない家』(NHK出版)、『増補改訂版 いつまでも美しく暮らす住まいのルール』『一生、片づく家になる!』(以上、エクスナレッジ)、『理想の暮らしをかなえる50代からのリフォーム』(大和書房)など多数。
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(一級建築士 水越 美枝子)

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