「無断バイト」で退職金1000万円が不支給に…勤続15年の公務員医師に下された免職処分の重すぎる代償

2025年5月22日(木)8時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/onsuda

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条例で禁止されているアルバイトを行っていた静岡県の公務員医師が懲戒免職となり、同時に退職金もゼロになった。ジャーナリストの小林一哉さんは「今回の静岡県の処分は『重すぎる』との声も上がっている。このような処分が続けば、地域医療を担う人材が育たなくなる」という――。
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■「懲戒免職=退職金ゼロ」ではない


静岡県は5月12日、兼業の許可を受けずに県外の医療機関でアルバイトしていたとして、心臓血管外科医で健康福祉部理事だった男性Aさん(62)について、退職手当を全額不支給とする処分を決めた。


3日前の9日に、静岡県は地方公務員法18条違反(無許可兼業)でAさんの懲戒免職処分を記者会見で公表したが、15年間県の医師職で勤務したAさんの退職金をゼロとしたことは一切、報道発表しなかった。


懲戒免職処分となった者が退職金ゼロなのは当たり前だと思う方も多いだろう。だがそうではない。


懲戒免職処分と退職金不支給処分は連動しているが、退職金を全額不支給とするかどうかはまったくの別個の判断となる。


県職員退職手当条例は、懲戒免職処分を受けて退職した者に、退職金の全額あるいは一部を支給しない処分をすることが「できる」と規定している。


「できる」という規定であれば、退職金全額支給という判断もありえた。


■1000円をくすねたバス運転手の最高裁判決


人事院によると、退職手当は①勤続報償、②生活保障、③賃金の後払いの3つの要素を有していて、基本的には職員が長期間継続勤務して退職した場合の勤続報償の要素が最も強いとしている。


最近、運賃1000円を着服し懲戒免職となった京都市バスの運転手について、29年分の退職金1211万円の全額不支給は妥当であると判断した最高裁判決が話題となった。


バス運転手は「退職金ゼロは処分が重すぎる」として裁判を起こしている。つまり免職でも退職金の支給度合いについては解釈の余地があるということだ。


■無許可兼業だけでクビになった初めてのケース


Aさんは、静岡県立総合病院などで勤務したあと、2010年に静岡県庁に入り、健康福祉部理事として医師確保事業など静岡県の医師不足対策に奔走する傍ら、公休や有休を利用した勤務時間外の自由時間にアルバイトを行っていた。


筆者撮影
無許可兼業で全国初となる懲戒免職、退職金不支給の処分を行った静岡県庁 - 筆者撮影

アルバイトは県外で行っており、同僚らに何ら迷惑を掛けることはなかった。ふだんの仕事の評価は非常に高く、昨年4月に部長級の理事に昇進していた。


つまり、無許可兼業によって本業への支障は見られず、15年間仕事はちゃんとこなしていたことになる。


制約の多い公務員とはいえ、労働時間以外の時間をどのように利用するかは基本的には労働者の自由であり、政府も社会貢献を伴う兼業を推奨している。


医師が地域偏在して不足する中、医師の仕事の社会貢献度は非常に高いとされる。


一般的に公務員の病院医師が許可を得る前提で医療機関のアルバイトをするのは珍しいことではない。一方、県関係者によると、Aさんが兼業の許可を申請した場合、病院医師らと違い、兼業が認められなかった可能性が高かったという。


公務員の懲戒処分は免職、停職、減給、戒告の4段階がある。静岡県の基準では、無許可兼業は「減給」または「戒告」としている。


今回の場合、Aさんが部長級という幹部管理職であり、過去に一度、同様の違反行為で文書訓告(懲戒処分ではなく、注意に相当)を受けていたことから反省の色が見えないなどとして「停職」ではなく、一挙に最も重い「免職」とした。


つまり、知事裁量で「懲戒免職」処分に引き上げたのである。


この結果、Aさんは無許可兼業だけで懲戒免職処分を受け、それに伴い、退職金の全額不支給処分となった全国で初めてのケースと見られる。


■約1000万円の退職金がパーに


退職金については支払われないが、5月1日から9日までの未払い賃金はAさんの労働債権であり、県は日割り計算で支給するとしている。退職金も原則的には労働債権の1つである。


さまざまなことを勘案すれば、静岡県は15年間の勤務に対する報酬でもある退職金について、全額支給とまではいかなくとも、少なくとも一部支給を行う見方もあった。


それなのに、静岡県は退職金をゼロとする処分を決定して、Aさんのこれまで15年間の功績をすべて抹消してしまった。


県は個人情報のためAさんの退職金額は教えられないとしているが、1000万円弱とみられる。


■新聞報道で社会的制裁は受けた


静岡県によると、Aさんは2019年10月から2024年12月までの間、少なくとも25の県外の医療法人で310日間勤務し、約2740万円の報酬を得ていたとされる。


昨年8月に「医療法人のホームページに外来診療の担当者としてAさんの名前が掲載されている」と県職員から人事課監察室に通報があった。


Aさんは兼業について否定したが、県が各医療法人に問い合わせたところ、Aさんがアルバイトしていた事実を確認した。


県人事課の調査によると、Aさんが公務による県外出張などと偽ってアルバイトをしていた事実は確認されず、公休や有休の自由時間を利用していたという。


Aさんは2021年3月、県内の医療機関で無許可の兼業をしていた事実が発覚し、県から文書訓告でアルバイトを辞めるように注意されている。今回、県はAさんの事情聴取を3回行ったが、Aさんは一貫して県外でのアルバイトを否定したという。


部長職の理事であり、反省の色が見られないとして、静岡県は5月9日午前、Aさんに懲戒免職処分の辞令を手渡し、即刻すべての職務を解いた。


静岡県はその日の午後に記者会見を開き、Aさんに対する懲戒免職処分を公表した。


翌日の静岡新聞は社会面トップで「県幹部 無許可兼業で懲戒免」「診療業務、多額の報酬」などの大きな見出しで、Aさんの実名報道をした。静岡新聞だけでなく、他の新聞各紙も実名で懲戒免職を伝えた。


今回、実名報道されたことでAさんは社会的制裁を受けたことになる。


■給料の「不正受給」でクビになった医師


全国的に医師職の地方公務員が無許可兼業のみで「懲戒免職」という厳しい処分を受けた例はない。


2018年、徳島県の医療政策課主任の男性医師(35)は病院や診療所に勤務していた3年5カ月間に勤務後や公休日に許可を得ないで324日間アルバイトを行い、約3800万円の報酬を得ていたことで懲戒免職の処分を受けている。


この男性医師の場合、へき地医療に携わるための週1回の研修(有給)を受けているように見せかけて42日間アルバイトを行い、その上研修時の給料96万円を不正受給していた。


このため、徳島県は地方公務員法の無許可兼職違反とともに、同法33条の「信用失墜行為の禁止」違反に基づいて懲戒免職処分とした。


研修と偽ってアルバイトを行い、給料を不正受給したという詐欺行為を働いたことによって、信用失墜行為の禁止違反が加わり、懲戒免職処分となった。


この医師は不正受給した96万円を返還したため県は刑事告訴を見送った。


静岡県は、Aさんの無許可兼業について警察に情報提供したと説明した。このため、筆者はAさんが他県への出張のついでにアルバイトをしていたのか、あるいは公表していない他の事情があるのではないか、と何度も尋ねた。人事課監察室によると、警察への通報は刑事事件を想定したものではなく、また無許可兼職以外の不正はないとしている。


とすれば、今回の場合、退職金の全額不支給がいかに重い処分かわかるだろう。


■退職金ゼロとなるほど悪質なのか


9日午前に懲戒免職の辞令を受けたAさんは「免職の理由は理解できる。迷惑をお掛けしたことは申し訳ない」などのコメントを託したとされる。


しかし、その際には退職金の不支給は決まっていなかった。これまでの慣例で、懲戒免職の処分を受けた職員は退職金も不支給となっているが、Aさんの場合、それほど悪質な違反行為とは言えない。もともと減給や戒告が相当の違反なのだ。


無許可の兼業禁止は、業務上のパワハラ、セクハラや入札談合、収賄、公金横領、利害関係者から金品等を受け取る公務員倫理違反などの法律違反ではなく、また勤務時間外での窃盗や殺人や詐欺、飲酒運転事故などの重大な犯罪行為ではないからだ。


■「裁量権の逸脱か否か」で割れた高裁、最高裁判決


退職金全額不支給については、司法判断も分かれている。


冒頭の京都市営バス運転手の1211万円の退職金については、大阪高裁は昨年2月、退職金の賃金後払い的な要素などを指摘した上で、在職中の勤続報償などを考慮すべきとして、一審の京都地裁判決を覆して、京都市の退職金全額不支給の処分は「裁量権の逸脱である」と判断した。


写真=iStock.com/TkKurikawa
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しかし、最高裁はことし4月、「公務の遂行中に職務上取り扱う公金を着服したのは重大な違法行為である」と指摘した上で、京都市の判断は「裁量権の範囲を逸脱しているとは言えない」と退職金全額の不支給を認めた。


Aさんの場合、公務とは無関係の自由時間での無許可兼業だけで懲戒免職となり、その上、退職金全額の不支給の処分は「知事の裁量権の逸脱だ」との疑問の声もしきりで、もし裁判となれば、非常に難しい判断を迫られるだろう。


Aさんは5月9日から3カ月以内に懲戒免職処分の不服審査を県人事委員会に申し立てることができる。退職金全額不支給処分についても、通知された日から3カ月以内に知事宛に不服審査を申し立てることができる。


■地域医療問題に影を落とさないか


静岡県の場合、約350万人の人口に対して医科大学は浜松医大1校しかなく、他県に比べて深刻な医師不足が長年の課題となっている。


深刻な医師不足を踏まえ、川勝平太前知事、現在の鈴木康友知事ともに1期目の知事選挙で医科大学の誘致を公約としていた。


ところが、いまの鈴木知事は就任後すぐに医大誘致に白旗を上げてしまい、本年度から県東部地域の医師確保事業を浜松医大などと連携して行う新規事業を立ち上げて、Aさんに託した。


Aさんは10年近く、医師確保の施策に携わり、浜松医大などの関係機関との折衝に当たってきた。キーマンがいなくなり、医師不足の課題はそのまま置き去りにされるかっこうとなった。


Aさんに対する懲戒免職、退職金全額不支給という厳しい処分で、何よりも心配されるのは、今後、静岡県職員を目指す優秀な医師人材がいなくなる恐れが高くなったことである。


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小林 一哉(こばやし・かずや)
ジャーナリスト
ウェブ静岡経済新聞、雑誌静岡人編集長。リニアなど主に静岡県の問題を追っている。著書に『食考 浜名湖の恵み』『静岡県で大往生しよう』『ふじの国の修行僧』(いずれも静岡新聞社)、『世界でいちばん良い医者で出会う「患者学」』(河出書房新社)、『家康、真骨頂 狸おやじのすすめ』(平凡社)、『知事失格 リニアを遅らせた川勝平太「命の水」の嘘』(飛鳥新社)などがある。
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(ジャーナリスト 小林 一哉)

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