だから「殺人犯=SMAP」という神回が生まれた…「古畑任三郎」とそれまでの刑事ドラマとの決定的な違い

2024年5月24日(金)10時15分 プレジデント社

『古畑任三郎(第1シリーズ)』©フジテレビジョン/共同テレビジョン

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刑事ドラマ「古畑任三郎」シリーズ(1994~2006年、フジテレビ系)は、いまでも根強く愛されている。社会学者の太田省一さんは「人気の要因は、豪華なキャスティングにある。それは『古畑』が冒頭から犯人を明かす倒叙スタイルだから実現できたことだった」という――。(第4回)

※本稿は、太田省一『刑事ドラマ名作講義』(星海社新書)の一部を再編集したものです。


古畑任三郎(第1シリーズ)』©フジテレビジョン/共同テレビジョン

■なぜ古畑任三郎には「上司」が出てこないのか


ドラマで事件を解決する2大ヒーローはどのような職業かと問われれば、きっと多くのひとが「探偵と刑事」と答えるに違いない。


では、探偵と刑事はどこが違うのか? やはり真っ先に思い浮かぶのは、ドラマの探偵が基本的に個人事業主であるのに対し、刑事は警察に雇用されている公務員ということだ。


だから刑事には所属部署の上司がいて、職業柄その命令は絶対である。もし従わなければ警察組織からなんらかのペナルティを受け、時と場合によっては解雇にもなりかねない。


ところが、このドラマには古畑任三郎の上司は出てこない(実はまったく出てこないわけではないのだが、それは刑事ドラマとしては特殊であり、そのことが大きな意味を持つような出方である)。


私たち視聴者が目にするのは古畑の現場への登場(他のパターンもあるが、刑事につきものの自動車ではなく自転車に乗ってののんびりとした登場はおなじみだろう)、聞き込みなどの捜査、そして最後の謎解きの場面しかない。


その間、今泉慎太郎(西村雅彦[現・西村まさ彦])や西園寺守(石井正則)などの直属の部下、さらに古畑を尊敬する(が名前をいつまでも覚えてもらえない)巡査・向島音吉(小林隆)などは登場するが、上司とのやり取りは描かれない。日本の刑事ドラマ史においてはかなり異色の存在である。


■第1期の視聴率はそれほど高くはなかった


したがって、古畑任三郎はれっきとした刑事ではあるが、そのありかたにおいてはほとんど探偵に等しい。犯人との絶妙の駆け引き術(時にはちょっとした罠を仕掛ける)、そして抜群の推理力に特化した刑事である。


そこに田村正和の演技と存在感が相まって、“名探偵刑事”として燦然と輝く存在になった。アクション派でも人情派でもない、こうしたタイプの刑事の成功は、刑事ドラマ史においても珍しい。


そうした新しさもあったのか、第1シリーズの視聴率はそれほど高くはなかったものの、徐々に評判を高め、第2シリーズでは平均視聴率が20%を超えるようになった。


冴えない部下でいつもヘマをしては古畑におでこを「ペチン」と叩かれる今泉慎太郎も人気キャラとなり、スピンオフ番組『巡査今泉慎太郎』が制作されたほどだった。


■古畑の原点ともいえるコメディドラマ


この成功の最大の功労者は、いうまでもなく脚本の三谷幸喜である。1961年生まれの三谷幸喜は、学生時代に劇団「東京サンシャインボーイズ」の主宰者、劇作家として頭角を現し、注目された。それと同時に放送作家としてテレビやラジオの番組制作にかかわるようになり、やがてドラマの脚本を手掛けるようになる。


2022年のNHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』の脚本への称賛も相次ぎ、いまや大御所となった三谷が注目を集めるきっかけになったのは、1988年に始まった深夜ドラマ『やっぱり猫が好き』(フジテレビ系)である。同居する三姉妹の可笑しくも平和な日常を描いたシチュエーションコメディ。


シチュエーションコメディとは、物語の舞台があちこち変わることなく、ある部屋なら部屋のなかだけで物語が進行するようなコメディを指すが、そうした限られた登場人物のあいだのみでの会話劇を得意とするところは、『古畑任三郎』にも生かされている。


1993年には、初の連続ドラマでしかもゴールデンタイム放送の『振り返れば奴がいる』(フジテレビ系)がヒットした。織田裕二が医師役でダークヒーローを演じて話題に。ただ三谷自身はコメディを目指したもののスタッフの意向でシリアスなトーンのものに変えられてしまい、本意ではなかったと回顧する(三谷幸喜『オンリー・ミー』、119頁)。


■初めてヒットした「倒叙スタイル」


だがこの実績によって、三谷は自分の好きな題材を好きなように書ける足がかりを得た。その記念すべき第一歩となったのが、この『古畑任三郎』である。


物語の形式という面での最大の特徴は、あの『刑事コロンボ』と同様の倒叙ミステリーという点だ。


写真=iStock.com/Moussa81
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Moussa81

通常ミステリーにおいては、「犯人探し」が最大の焦点となる。事件現場に残された証拠や捜査の過程で集まった新たな情報・証拠などをもとに真犯人を突き止める。読者や視聴者はそこに至るプロセスを主人公とともに体験することで、ハラハラ感やドキドキ感を得る。


ところが、倒叙スタイルにおいては、犯人は最初から明らかになっている。そのうえで、刑事や探偵が、その犯人のトリックやアリバイをどのように崩していくのかを読者や視聴者は楽しむ。犯人はわかっているので、通常のパターンとは違った感覚で、刑事や探偵とのやり取りがより緊張感をもったスリリングなものになる。


そして完璧と思われた犯人の計画のどこに隙があったのかが暴かれたとき、大きなカタルシスが生まれる。


推理小説においては古くからあった手法のようだが、刑事ドラマにおいてはあまり類例がない。最近では木村拓哉主演の『風間公親‐教場0‐』(フジテレビ系、2023年放送。脚本は『踊る大捜査線』の君塚良一)が倒叙スタイルだったが、少なくとも最初に倒叙スタイルで人気を博した日本の刑事ドラマは、この『古畑任三郎』ということになるはずだ。


■だから豪華ゲストが次々登場した


倒叙ミステリーの効用は、通常とは異なる味わいの謎解きだけではない。特にドラマとしてのポイントは、犯人役の比重が高くなることである。


通常の刑事ドラマでは、犯人は刑事の引き立て役になりがちだ。したがって、犯人役に(黒幕などは別として)大物俳優や旬の人気俳優をキャスティングすることは難しい。だが倒叙ミステリーならば、犯人は刑事と丁々発止でやり合う対等なポジションになる。


こうして、倒叙スタイルは、いかにも悪役というような俳優ではなく、主役級の俳優を犯人役として起用することを容易にした。実際、『古畑任三郎』シリーズの人気を支えた大きな要因のひとつは、毎回登場する犯人役の従来にないような豪華さだった。


第1シーズン第1話「死者からの伝言」、つまり記念すべき初回エピソードの犯人役となったのは中森明菜。人気漫画家で、自分を弄んだ編集者を殺すという役柄だった。いうまでもなく中森は一世を風靡したアイドル歌手。普通なら、1話のみの犯人役で出演することはまずない。


その後も意外かつ豪華な犯人役は続いた。第2シーズン第1話「しゃべりすぎた男」で弁舌鋭い弁護士を演じた明石家さんま。同第4話「赤か、青か」で爆弾を仕掛ける大学助手を演じた木村拓哉。このときは最後、田村正和が木村にビンタをする場面があり、いまでもなにかと話題に上る。この頃は「キムタクブーム」の最中であった。また第3シーズン第8話「完全すぎた殺人」では、車椅子の化学者役で福山雅治も登場している。


■「古畑任三郎VSSMAP」という神回


そのなかでも話題を呼んだという点では、やはりSMAPのグループでの出演が思い出される。第26回、その名も「古畑任三郎VS SMAP」。



太田省一『刑事ドラマ名作講義』(星海社新書)

ここでのSMAPは本人役での出演だった。草彅剛を恐喝してくる男への怒りを抱いた他のメンバーは、グループ5人全員で計画を練り協力してその男を殺す。そしてコンサートの開演を目前に、古畑とSMAPの息詰まる駆け引き、攻防が続く……。ラストでコンサートの幕が上がるシーンまで、目が離せない回である。


本人役というのがひとつミソである。当時国民的アイドルの名をほしいままにしていたSMAPだが、彼らが本人名義で殺人犯役として出演するなど、犯人役にスポットが当たる『古畑任三郎』以外ではあり得なかっただろう。


そして彼らを単純な悪者にしないよう工夫が凝らされた三谷幸喜の脚本も冴えていて、最後は一種不思議な感動をもたらす回にもなっている。視聴率も32.3%ときわめて高いものだった。


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太田 省一(おおた・しょういち)
社会学者
1960年生まれ。東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得満期退学。テレビと戦後日本、お笑い、アイドルなど、メディアと社会・文化の関係をテーマに執筆活動を展開。著書に『社会は笑う』『ニッポン男性アイドル史』(以上、青弓社ライブラリー)、『紅白歌合戦と日本人』(筑摩選書)、『SMAPと平成ニッポン』(光文社新書)、『芸人最強社会ニッポン』(朝日新書)、『攻めてるテレ東、愛されるテレ東』(東京大学出版会)、『すべてはタモリ、たけし、さんまから始まった』(ちくま新書)、『21世紀 テレ東番組 ベスト100』(星海社新書)などがある。
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(社会学者 太田 省一)

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