『予想どおりに不合理』 ダン・アリエリー 私たちは「規則通り不合理」に考える

2023年8月3日(木)14時0分 KADOKAWA


著者のアリエリーは、行動経済学の第一人者であり実験魔だ。
人間が不合理に行動する現象を見つけると、すぐに実験してその規則を見つける。従来の経済学は「人は完璧に合理的に考える」が大前提。しかし人は意外と合理的に考えない。しかもパターンがある。行動経済学は不合理な人間の行動を解き明かすものだ。
本書は行動経済学の全体像を、身近な例で分かりやすく紹介してくれる。


相対性の真実……ついつい比較しがちな人間
3年前、投資会社に入社した社員。入社当時は「3年後は年俸10万ドルほしい」と言っていたが、今の年俸は3倍の30万ドル。でも不満だという。
「同じように働いている同僚が、31万ドルもらっているんです!」
このように、人は他人と比較し不幸を感じることもある。
1992年、米国政府は企業幹部の報酬高騰を抑えようと考え、企業に報酬公開を義務づけた。しかし経営者は他企業の報酬を比べるようになり、逆に報酬は高騰した。
人は比較対象があると、それを基準にモノゴトを評価するのだ
あなたが自分と似たタイプでややイケメン(またはキレイ)な同性に合コンに誘われたら、ダシに使われているのかもしれない。合コン相手が2人を比較し、友人に好印象を感じるからだ。身近なモノと比較せずに視野を広げて考えれば、より正しい判断ができる。
米国のあるベンチャー創業者は、ポルシェのボクスターからプリウスに乗り換えた。より高級車に乗りたくなり、最後はフェラーリになることを知っているからだ。


需要と供給の間違い……アンカリングで行動が左右される
米国人は、必ず社会保障番号というマイナンバーのような9桁の番号を持っている。
アリエリーは学生を集め、ワインの説明をし、社会保障番号の下2桁の数字(79など)を書かせた後、そのワインをいくらで買うかを尋ねた。
学生たちは「社会保障番号が価格に影響するわけない」と一笑に付していたが見事に影響された。下2桁80〜99の学生は、下2桁00〜19の3倍高い金額を支払うと回答した。
これが「アンカリング」だ。船の錨を「アンカー」という。「アンカリング」とは「錨を降ろす」という意味だ。まるで錨を付けたように最初に見せられた数字に心がつなぎ止められる。価格戦略の基本となる考え方だ。
人は一貫性ある行動をするので、最初のアンカーが後々の判断に影響を与える。
従来の経済学では「売り手の『売りたい』価格と、買い手の『払ってもいい』価格の一致点で市場価格が決まる」と考えるが、「払ってもいい」価格は簡単に操作されるのだ。


社会規範vs市場規範……金銭的なつながりで失われる人間関係
イスラエルの託児所は、子供を迎えに来る親が遅れるので困っていた。そこで遅刻する親に罰金を科したら、逆に遅刻が増えたという。当初「遅刻は迷惑をかける」と罪悪感を感じていた親は、罰金を払うことで罪悪感が消滅したのだ。そこで数週間後に罰金を廃止すると、なんと遅刻はさらに増えてしまった。
私たちは人間関係で動く「社会規範」の世界と、金銭的なつながりで動く「市場規範」の2つの世界に住んでいる。社会規範の世界に市場規範を持ち込むと、人間関係は失われ二度と戻らない。託児所の場合、社会規範から市場規範に切り替わり、元に戻すことで社会規範に加え罰金も消えたため、遅刻が増えたのだ。


興奮状態で自分がどうなるか、人は分からない
アリエリーは醒めた状態と性的興奮状態で判断がどう変わるか、男子学生で実験した。
品行方正な学生なのにも関わらず、性的興奮状態にある時は醒めた状態の時とまったく違って「リスクが高い性行為をしたい」と考える比率が格段に増えた(ちなみにこの研究実験の承認を大学院から得るのは、反対が多くて大変だったらしい)。
ハロウィンの渋谷は、興奮した若者で朝まで大騒ぎだ。中には器物損壊の罪で逮捕される者もいる。しかしそんな彼らの多くは、普段はおとなしい人間だ。
人は別の感情の状態にある自分を想像できない。「これをしてはダメ」と禁止するだけでなく「興奮した人間は別の行動をする」という前提で仕組みを考えることが必要なのだ。


高価な所有意識……自分の持ち物はいいモノだ!
アリエリーは、大人気のバスケットボール全米決勝戦チケットが当選した学生からチケットを買い取り、外れた学生に売る実験をした。要はダフ屋になったのだ。
チケットが外れた学生100人の平均は、「170ドル払う意思がある」。
チケットが当たった学生の平均は、「2400ドルなら売ってもいい」。
なんと14倍もの差だ。人は自分の所有物を過大評価する。自分が持つモノに惚れ込み、さらに所有しているモノを失うのはとても嫌なのだ。これを「保有効果」という。
「お試し期間」や「30日返金保証」はこの応用例だ。人は所有すると所有し続けたくなる。Book48『影響力の武器』で車のセールスマンが1日試乗を勧めたのもこれだ。
アリエリーは一旦距離を取り、自分が非所有者であるように考えることを勧めている。


「おいしい」と思うから、おいしく感じる
コカ・コーラとペプシのどちらがおいしいか? 脳の活動が分かる測定器を使い、実験した神経科学者がいる。商品名を伏せて飲ませても大きな違いはなかったが、どちらを飲んでいるか分かるようにすると、コーラのほうが脳の活動が活発になった。
コーラの真っ赤な色や文字などのブランドの連想が、おいしく感じさせたのだ
料理も「おいしい」と思って食べるとおいしいが、「マズイ」と思って食べるとマズく感じる。料理学校では料理を芸術的に盛りつけることが料理方法と同様に重視される。
ワインも立派なグラスで飲むとおいしく感じるが、目隠しテストでは、グラスの形で味覚の違いは分からないという。肯定的な予測は、物事をより楽しませてくれるのだ。


同じ薬でも、高価格のほうが効く
アリエリーは価格でプラシーボ効果がどう変わるかを確かめるため、ビタミンCを「痛み止めの新薬だ」と伝えて、100人に実験してみた。
「1錠2ドル50セントの高価な薬だ」と伝えるとほぼ全員が「効いている」と答えたが、「1錠10セントの安価な薬だ」と伝えると「効いている」という人は半減した。
高い薬のほうが、より高いプラシーボ効果が出るということだ。
プラシーボ効果は顧客が感じる価値を高める。しかし真実の誇張は誇大広告であり、ウソになる。実はこの境界はあいまいだ。マーケティング担当者にはジレンマでもある。


私たちの行動は実に不合理だが、デタラメではなく規則性があり予想できる。行動経済学の力を借りて誤りから抜け出す仕組みを考えることが必要だ。またこうした人の行動はビジネスでも大きな影響を与える。行動経済学の理解は経営戦略でも重要なのだ。
カーネマンの『ファスト&スロー』(早川書房)という名著も様々な行動経済学理論を紹介している。本書で行動経済学に興味を持ったらぜひカーネマンの本にも挑戦してほしい。


【POINT】
人は合理的でない。だから行動経済学を学べばビジネスで役に立つ


【出版情報】
『予想どおりに不合理』早川書房刊行 著:ダン・アリエリー 刊行日:2013/8/23


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