「やはり孫には甘かった。私が養子に入ることも…」安倍晋三元首相が語っていた、“昭和の妖怪”岸信介の祖父としての「素顔」

2025年5月1日(木)7時0分 文春オンライン

 戦前は満州国で辣腕を振るい、戦後は首相として日米安保条約改定に尽力した岸信介(1896〜1987)。孫である安倍晋三元首相がかつて語っていた、祖父としての素顔とは。



安倍晋三元首相〔2022年撮影〕 ©文藝春秋


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 祖父が首相のとき、私は2〜5歳でした。やはり孫には甘かったですね。私は男3人兄弟で、父・晋太郎の次男ですが、岸家に養子に入った弟の岸信夫(現防衛相)が生まれるまでは、場合によっては、私が養子に入ることもあったかもしれません。それで、しょっちゅう母の実家の岸家に連れて行かれました。


 祖父は家では家族と食事したり、話をするのが好きだった。泊まりに行くと、祖父は私を自分の布団に入れていろんな話をしてくれました。


「外交と安保政策は政治家でなければできない」


 政治家として成し遂げた一番の功績は、何といっても日米安保条約の改定です。吉田茂内閣がサンフランシスコ講和条約と同時に結んだ旧安保条約は、米国の日本に対する防衛義務もなく、両方が合意しなければ廃棄できない。もちろん日米地位協定もない。極めて不公平だと考えたのは、政治家として当然です。


 私の父は岸内閣の首相秘書官のとき、岸に「元経済官僚だから、首相として経済政策に挑戦したら」と言いました。次の池田勇人内閣で本格化する所得倍増政策も事実上、岸政権の下で始まっていましたが、岸は「経済政策は役人でもできるが、外交と安保政策は政治家でなければできない」と判断する。これがその後、日本が繁栄の道を進む上で大きな決断となりました。


 日米は保護国的な同盟関係ではなく、明確に同盟国になった。安保改定にあれだけ大きな反対運動が起きたのは、多くの国民が、ほとんど旧安保条約と新安保条約の比較ができていなかったから、と思います。


順番に密約を結んでいった


 安保改定での一番の苦労は、やっぱり自民党内の取りまとめですね。池田派や大野伴睦元副総裁の大野派、河野一郎元副総理の河野派などの動きがあり、その中で、祖父は党内で協力を取り付けるため、後継問題で順番に密約を結びます。


 後に私が社会人になり、祖父とその長男の伯父・岸信和と3人で夕食後、雑談したとき、伯父が「密約って、本当?」と尋ねたことがあります。祖父はうなずきました。「実現するつもりはあったの」と重ねて聞いたら、祖父は「難しいと思っていた」と言っていました。


 私はマックス・ウェーバーが説く「心情倫理」と「責任倫理」で、純粋に倫理観を追求する「心情倫理」、起きたことに責任を取る「責任倫理」が、政治家に求められるものと考えます。できもしない約束をするのは倫理上、正しくない。しかし約束をしなければ安保条約改定が実現しないかもしれない。であれば、そこで受ける批判に対する責任を取り、新安保条約を成立させることが国のためだ。それが正しいというメッセージを残す。そういう判断ではなかったか、と。2つの倫理の緊張関係の中でギリギリの判断をする。これが政治の厳しい現実だと思います。


 政治家には、乾坤一擲(けんこんいってき)の勝負を懸けるときがあります。その覚悟で臨んで成就させ、退任と引き替えにした。政治家として岸を評価する点は、そこが一番ですね。


 一方、失敗としては、安保国会の前に衆議院を解散しようとしたのに、当時の川島正次郎幹事長の反対でできなかったことです。総選挙で勝利を得て批准に臨めば、状況は違ったと思います。私の内閣では2014年と17年に2回、解散をしましたが、祖父のことが頭にありました。特に17年10月の総選挙のときは、「やるべきときはやるんだ」という強い思いでした。


憲法問題は佐藤内閣で足踏み


 憲法については、祖父は「現憲法は独立を回復するまでの憲法」という認識でした。吉田さんも含め、あの時代に憲法制定に関わった政治家は、だいたいそういう考えだったと思います。祖父は、憲法問題が弟の佐藤栄作首相のときに足踏みしたとの感を持っていましたね。


 それでも、祖父が今の日本を見たら、よくぞここまで来た、と思うでしょう。私の内閣で平和安全法制を作り、日本の自衛隊が米艦を防護する共同訓練まで行うようになりました。インド・太平洋で大きな役割を担い、米国からも頼りにされる状況になった。豪州艦や英国艦の防護もできるようになったのです。


 今の自民党の状況を見て、祖父は自民党がまだ続いていることに多少、驚きを抱くかもしれませんね。自民党の本来の役割と目指す方向をしっかりともう一度、見つめ直せ、と思うのではないかな。私もそのために先の総裁選では高市早苗氏を推したのですが。



 このコラムは、いまなお輝き続ける「時代の顔」に迫った『 昭和100年の100人 リーダー篇 』に掲載されています。

〈 「食事に出されたミカンを細工した」A級戦犯容疑者として収監され…岸信介が獄中でみせていた“意外な姿” 〉へ続く


(安倍 晋三/ノンフィクション出版)

文春オンライン

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