「加害者はみんなヒョロッとした青年」男性患者同士にキスをさせたり、逆さにしたベッドで患者を監禁したり…神戸の病院で起きていた“虐待事件”を引き起こした男の“意外な正体”

2025年5月23日(金)7時0分 文春オンライン

〈 「服従させることに躍起になっていましたね」日本の障害福祉の現場で起きている“非人道的な対応”のリアル 〉から続く


 精神・知的障害者の脱施設化がはじまり、地域移行の政策が進むなかで、グループホーム事業運営に参入する民間事業者が登場した。そのなかには営利を目的とするばかりで障害者を理解していない団体もある。


 ここではノンフィクション作家の織田淳太郎氏による『 知的障害者施設 潜入記 』(光文社新書)の一部を抜粋。密室で起きている虐待の実情を紹介する。(全4回の3回目/ 続きを読む )


◆◆◆


脱施設化(脱入院化)


 日本において、精神・知的障害者に対する脱施設化(脱入院化)と地域移行の政策が、本格的にスタートしたのは、障害者自立支援法が施行された2006年からである。


 これは1980年代になって国際的に叫ばれるようになった「ノーマライゼーション」や「インクルーシブな社会の実現」の理念が、ようやく日本でも受け入れられるようになったことを意味する。


 入所施設や精神科病院はその流れに反する「非人道的な存在」として、多くの障害者団体や研究者から否定されてきたが、国がようやく重い腰を上げたことで、2012年現在、累計の地域移行者数は、政府の見込みを上回る2万5000人近くに達した。


 前記したように、この流れの勢いが、グループホームの入居者数が入所施設の入所者数を12万人台後半で凌駕するという2019年の逆転現象に繋がった。その後、グループホーム入居者は増加の一途を辿り、2023年には17万人を超えたと言われている。



©AFLO


営利目的の法人の参入


「その流れに入り込んできた一つが、営利を目的とする法人でした」


 東京都手をつなぐ育成会の前事務局長の齊藤一紀さんは言う。


「グループホームの運営に関しては、国がそれなりの予算の裏付けを示すようになりました。そこから、福祉事業は企業的に成り立つと計算できた人たちが、グループホームをやり始めたり、グループホームをセットにした福祉事業にどんどん乗り出したりしてきたのです。


 都の育成会にも『グループホームをやりたいけど、どうしたらいいか』という問い合わせがけっこうありましたし、空き物件をグループホームとして有効活用させるための仲介業者まで登場したほどでした。


 たしかにグループホームはニーズがあるし、家賃の取りっぱぐれもない。それほど元手がかかるわけでもなく、手軽に始められる事業だったんですね。問題の一つはそういう事業に、障害者を理解していない人たちが参入してきたことです。


 グループホームの世話人は特に研修や資格がなくても務まりますし、まったく福祉を知らない人が世話人になるケースも多くあります。そのため、グループホームによっては、軽度の障害者しか受け入れないところがある一方で、密室での虐待が行なわれることも珍しくなくなってきた。


 つまり、グループホーム事業の参入者は多いものの、質的な部分に対応し切れていないことに、東京都なども頭を抱えているのです。数年前には都の委託を受ける形で、都の育成会が世話人の質を上げるための講習会を開いたことがありました」


グループホームの虐待の実態


 いかに密室が虐待の温床になりやすいか。


 厚労省が調査、発表する障害者虐待対応状況調査のなかに〈障害者福祉施設従事者等による障害者虐待〉の項目がある。


 それによると、2021年度は全国の市区町村が事実確認調査を行なった事例2718件のうち、虐待の事実が認められた事例は748件。都道府県はこのうち699件を虐待として認めた。それを施設・事業所の20種別で見ると、共同生活援助(グループホーム)がトップとなる162件で、全体の23.2パーセントを占めていることがわかった。


 この傾向はほぼ一貫して変わることがない。翌2022年度の〈障害者福祉施設従事者等による障害者虐待〉では、全国の市区町村が行なった事実確認調査3685件のうち、虐待の事実が認められた事例が1022件。都道府県はこのうちの956件を虐待として認めたが、事業所18種別ではまたもや共同生活援助(グループホーム)が252件とトップをキープし、全体の26.4パーセントを占めた。


 被虐待者を障害種別で見ると、2021年、2022年のいずれの年度も、全体の7割以上が知的障害者で占められている。


 ただし、以上の数字はほんの氷山の一角にすぎない。その障害の特性もあり、知的障害者の大半は自己主張を苦手としている。多くが密室での虐待に抗議の声を上げることもできなければ、第三者に窮状を訴えることもできない。したがって、彼らにできることと言えば、ほとんどが「泣き寝入り」することである。


 なかでも、グループホームと作業所を併せ持つ事業所は、施設従事者が同じ組織に属しているという性格上、虐待が見過ごされたり、隠蔽されたりするケースが目立つという。


 前出の齊藤さんが指摘したように、やはりここでは施設従事者の質的な部分、つまり支援者の意識のあり方が問題になってくるのだろう。


「加害者はみんなヒョロッとした青年」


「たしかに」と、日本社会事業大学名誉教授の古屋龍太さんも言う。


「グループホームの運営が、障害福祉サービスとして儲かるということで、不動産関係など営利目的の人がどんどんこの分野に入り込んできました。たとえば地主にアパートを建てさせて、『障害のある方のお世話をしてもらう仕事です』などと、福祉に疎い人たちがまったく福祉の知識のない人たちに世話人をやらせるようになったわけですね。


 グループホームとは『住まい』に他なりません。しかし、福祉への理念も志もない人たちが、ときに想定外のことをやる。入居者がそれぞれの居室を自分の居場所として暮らしているにもかかわらず、行動に障害のある自閉症の人に『じゃ、朝までゆっくり寝てよ』などと言って、居室の外から鍵をかけてしまうわけです。実際、部屋の外から施錠できるグループホームが作られましたが、グループホームの居室に鍵をかけて閉じ込めるという発想すら一般的になかったので、それに対する規則もありませんでした。


 障害のことだけでなく、障害者に対する関わり方を知らない人たちが、こういう仕事に入っていくと、ある意味で逸脱は避けられないところもあるんです。優しく接するよう言われても、それができず、何とか服従させようとする。言葉で言っても通じない連中だから、痛い目に遭わせればわかるはずというわけですね。


 かといって、そういう人たちが異端かと言えばそうではない。みんなごく普通の庶民で、自分が悪いことをやっているという意識もないんです。


 神戸市の神出病院事件(2020年3月に発覚)では、男性患者同士にキスをさせたり、逆さにしたベッドで患者を監禁したりするなどの看護師による虐待がありましたが、多くの関係者が裁判所に行って驚いたのは、『加害者はいかつい男だと思っていたら、みんなヒョロッとした青年だった』ということです。


 どんな人でも初めての世界に入ったときは、先輩からいろいろ教え込まれる。なかでも知的障害者の施設になると、『利用者に甘く見られちゃいけない』というところから入りがちです。『こういうふうにやれば、言うことを聞くんだ』と教えられ続けた人は、どうしてもそのやり方しかできなくなってしまう。つまり、障害者を大人しくさせるのが、支援者の力量だと思い込む。そういった誤った“常識”が、いつのまにか当たり前になっていくんですね。そうした処遇の根底にあるのは、優生的な考え。つまり、彼らを“劣った存在”と見る観念なんだと、私自身は思っています」

〈 「患者のリアクションが面白くてやった」「先輩もやってるし、いいかと安易に思った」…障害者施設入所者を暴行した看護師たちの“信じられない言い訳” 〉へ続く


(織田 淳太郎/Webオリジナル(外部転載))

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