「私はヤっちゃう方だった」「もう別次元の快楽」“14歳の少女”は、覚醒剤に狂う母の後を追って自身も薬物の沼に溺れていった…「ヤクザの子」が振り返る怒涛の半生
2025年5月25日(日)18時0分 文春オンライン
〈 「あー、またキマってるんだ」中学時代から“薬物中毒”だった母は、警察にマークされた末に独特の「覚醒剤の販売法」を編み出し…“ヤクザの子”が振り返る衝撃人生 〉から続く
国家から「反社会的組織」と定義されている暴力団。その構成員や準構成員の家族、とりわけ子どもはどのような人生を過ごし、大人になっていくのか。『 ヤクザの子 』(石井 光太著、新潮社)から一部抜粋し、小学生時代に母が覚醒剤の密売で逮捕された一恵のケースをお届けする。なお、登場する証言者やその関係者は、身に危険が及ぶことを考慮して全て仮名にしている。(全3回の2回目/ 1回目を読む / 2回目を読む )

◆◆◆
美奈子は執行猶予を受けていたことから、実刑が下された。母親が刑務所に収監されたことで、一恵は妹とともに離婚した父親の実家に預けられた。児童養護施設に行かせるよりはいいという判断だったようだ。
実家には祖父母が暮らしていたが、父親の紀夫は相変わらず遊び歩いてばかりで帰ってこなかった。そのぶん、祖母には、自分が親代わりとなって厳しく育てなければならないという思いが強かったらしい。それまでまったくしつけがされていなかった一恵の生活態度を嘆き、食事作法から言葉の使い方、それに勉強までを厳しく教え込もうとした。
一恵にとって、それは煙たいだけだった。母親といた時は好き勝手できたのに、実家に来た途端に口を酸っぱくして叱られ、同じことを何度も指導される。一恵は祖母と顔を合わせるのが嫌になり、放課後は公園やコンビニの前でたむろする年上のグループとつるむようになった。
そんな子供たちの中には、中学生の不良も混ざっていた。彼らにしてみれば、小学生の一恵は妹のような存在だったにちがいない。夜になると、近所の歓楽街に連れ出すこともあった。初めて歓楽街のネオンを見た途端、一恵は心を奪われた。まるでおとぎの国に迷い込んだかのような気持ちで夢見心地になった。
──この世に、こんなきれいな街があるなんて。ここで生きていきたい!
夜の街に魅了されたのだ。この日から毎日、一恵は年上の先輩にねだり、歓楽街へ連れて行ってもらった。
小学生から夜遊び 仲間たちとネオン街へ飛び出した
一恵はこう語る。
「みんな小学生から中学生だったから、遊ぶったってかわいいもんだったよ。夜中の誰もいない公園や神社で鬼ごっこをして走り回って、ヘトヘトになったら先輩が持ってる煙草を回し吸いするの。
それで誰からともなく『街に行こうぜ』ってなってネオン街をブラつくんだ。夜の街には、私たち以外にも似たような子供がいて、だんだんと友達も増えていった。
夜遊びについては、おばあちゃんによく怒られたよ。でも、私は知ったことじゃねえって態度だったね。迷惑をかけてるって気持ちはまったくなかった。だって、おばあちゃんは本音じゃ私たちを引き取りたくなかったんだもん。
お母さんが捕まったし、お父さんがだらしないから、仕方なく面倒をみることになったんだって愚痴ってた。私としては、だったらあれこれ言わねえで、好きにさせろって感じだった」
この頃の一恵は、まだ自分がレールの外に足を踏み出していることを自覚してはいなかった。
母親の美奈子が刑務所を出所したのは、一恵が12歳の時だった。
「マジでやばいくらい怖い人だった」男と同居することに
彼女は父親の実家から一恵と次女を引き取り、逮捕前から付き合っていた男のマンションに転がり込んだ。
男は谷口守という名前で、美奈子より16歳年上の50歳だった。暴力団構成員だったかどうかは不明だが、頭の回転の速さと法律の知識を武器に、裏社会の人間から寄せられる相談を解決して手数料をもらう仕事をしていた。
たとえば、風俗店で働く女性から、給料の未払いについて相談を受けたとする。守はその店に押しかけて事実を問いただして責任を認めさせた上で、他の従業員からも未払いの相談を受けているとか、今後は自分にもみかじめ料を払えなどと口実を付けて多額の金を奪い取るのだ。店側も弱みを握られているので、警察沙汰にできない。
また、保険会社の悪徳社員と組み、多重債務者やホームレスといった人を脅して、意図的に事故を引き起こすこともあった。あらかじめ保険をかけておいて多額の金をだまし取り、悪徳社員と山分けするのだ。このようにあらゆる手口で金をむしり取るのだが、あまりに容赦なく相手を追いつめるため、自ら命を絶った人もいたという。
一恵は言う。
「守さんから私が何かされたことはなかったけど、マジでやばいくらい怖い人だった。ほんのちょっとしたことであっても、相手を限界まで追い込まなければ気が済まないの。
覚えているのは中学時代のこと。私、友達と一緒に遊んでて、学校の窓ガラスを割っちゃって、先生に親が呼び出されたの。そしたら、守さんが学校にやって来て、先生に対して『生徒がガラスを割ったのは、先生がきちんとコントロールできてないからだろ』とかなんとか言いがかりをつけて、先生たちに頭を下げさせた。これ、ビジネスだったら、指を5本落としておとしまえをつけろとか、何千万円支払えみたいなことを言っていたと思う。そういう人だった」
「もう別次元の快楽だった」中3で味わった覚醒剤の魔力
美奈子にしてみれば、守は心強いパートナーだっただろう。彼女は守のマンションで暮らしながら、悠々自適に覚醒剤を楽しむ日々を過ごしていた。一恵が大きくなっていたためか、覚醒剤を打つのを隠そうともしなくなっていた。
週末になると、美奈子は一恵を地元の友達との飲み会へ連れて行った。店にいたのは、大概住吉会の構成員か、覚醒剤関係の仲間だった。
一恵にとって覚醒剤も暴力団も日常だったので、恐怖感はなく、むしろ大人になったような気分で楽しかった。一恵が初めて覚醒剤の味を知ったのもこの頃だ。次のように述べる。
「お母さんがクスリをやっておかしくなっているのをずっと見てきたでしょ。こういう家の子供って、クスリを嫌いになるか、興味を持って好きになるかどっちかなんだ。私はやっちゃう方だった。お母さんがあんなに気持ち良さそうにしているなら、どんなにいいんだろうって考えてて、やる機会をうかがってたの。
中学3年のある日、地元の先輩と遊んでいたら、いきなり『一恵もやってみる?』って誘われた。私にしてみれば、待ってましたーって感じで、その場でアブリ(火であぶって煙を吸う)でやってみた。気持ち良いの何のって、もう別次元の快楽だったね。それからドハマりしちゃって、1カ月後にはポンプを打つようになった」
覚醒剤を打てれば、他はどうでもよかった
中学卒業後、一恵は周りに合わせて高校に進学したものの、勉強をする気は微塵もなかった。覚醒剤を打つことができれば、他のことはどうでもよくなっていた。
そんな頃、美奈子は守との関係がうまくいかなくなり、別れ話が出はじめていた。居住先は守のマンションなので、別れるとなれば子供たちとともに立ち去らなければならない。美奈子は別の男と恋仲になり、守のマンションから出て行く準備を進めていた。ある日、美奈子は、一恵と妹を呼んで言った。
「私は、このマンションを出て行くことにした。新しい彼氏のマンションに移ることにするけど、彼氏からあんたら子供には来てほしくないって言われた。だから、2人は、実家で暮らしてくれない?」
新しい恋人は、美奈子より20歳以上年上で60代後半の住吉会構成員、菅原文明だった。一恵は「なんでこんなジイさんと」と思ったが、覚醒剤つながりだと考えれば納得がいった。覚醒剤がいつでも手に入り、用途が同じならば、相手は誰だって構わないのだ。
〈 「得た金は全部クスリに消えた」「14歳のときから、だいたいキマっていた」売春詐欺や車上荒らしを繰り返しては、覚醒剤に溺れていた“ヤクザの子”がたどり着いた「意外な天職」 〉へ続く
(石井 光太/Webオリジナル(外部転載))
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