「家の人はわかってくれてないんじゃない?」寄り添うように見せて子どもの弱みにつけ込む性加害者の悪質手口

2025年2月18日(火)9時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Hakase_

性加害を目的に、加害者が言葉巧みに子どもの信頼を得て手なずけようとする「性的グルーミング」は、どのように行われるのか。犯罪心理学者で、性暴力被害者のケアや心理分析などに携わってきた櫻井鼓さんは「加害者は、子どもとの関係性ができてくると、その子の心の弱みにつけこんで、その子を家族や友人などから切り離して自分に依存させようとする」という——。(第2回/全3回)

※本稿は、櫻井鼓『「だれにも言っちゃだめだよ」に従ってしまう子どもたち』(WAVE出版)の一部を再編集したものです。


写真=iStock.com/Hakase_
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■「君は特別だからだよ」


加害者:おみやげをあげる


子ども:ありがとうございます!


加害者:みんなにも配ったけど、これは君だけに買ったものなんだ


子ども:え、どうしてですか?


加害者:君は特別だからだよ


■加害者は「おどし」と「贈り物」を使う


海外のオンライン・グルーミングの研究では、相手とのやりとりを続けたり、少しずつ性的行為に導いていったりするために、加害者は2種類のインセンティブ(誘因(ゆういん))を用いることが示されています。それは、おどしと贈り物だと言います。


櫻井鼓『「だれにも言っちゃだめだよ」に従ってしまう子どもたち』(WAVE出版)より

おどしについては、たとえば、やりとりに使っているパソコンをハッキングしたり、入手した対象の性的画像公開をにおわせたりなどで、おどしをかけるというものです。


子どもの場合、自分専用のパソコンを持っていることは少なく、家族のパソコンを使うことが多いですよね。ですから、加害者にハッキングされるとパソコンがだめになって親に叱(しか)られてしまうことなどを懸念(けねん)して、言うことを聞いてしまう、ということです。


おどしは恐怖感や切迫感をあおりますから、相手の言うことに従ってしまいやすいのです。


櫻井鼓『「だれにも言っちゃだめだよ」に従ってしまう子どもたち』(WAVE出版)より

贈り物については、対象の興味に応じたプレゼントをあげる、というように、第一義的には対象に利益を与えるため、ということがあるでしょう。贈り物をされると、それに見合ったお返しをする必要が出てきますから、やはり従いやすくなると言えます。


ただ、それだけでなく、新しいスマホを購入(こうにゅう)してあげる、というように、対象との連絡を続けていくために贈り物をする場合もある、と言われています。


■特別扱いして自分に依存させる


こういった物質的な贈り物だけではありません。


このシーンでは、物質的なプレゼントもあげてはいますが、実は、自分にとって大切な人として対象を特別扱いする、というところに主眼があります。


特別扱いですから、ほかの人と比較している、というところがポイントです。だれしも、あなたは特別なんだと言われたらうれしくなりますよね。加害者は、対象を気持ちよくさせて、うまいこと自分に依存(いぞん)させるのです。


この場合、プレゼントはえんぴつ1本でもいいのであって、金額の高い安いは関係ありません。あなたにだけ、というメッセージを伝えるところに重点があるのです。


自分にとって大切な人だから、とストレートなメッセージを言うこともあるので、言われたほうは愛情を向けてもらえているのだ、と感じてしまうのです。


■競争心をあおることも


子どもでも大人でも、集団で被害にあってしまうということが、たいへん残念ながらあります。そういうときに認められる心理ですが、被害にあう人同士の間に競争心が生まれる、ということがあります。


たとえば、カルト団体のマインド・コントロールにおいては、情愛は団体のトップに向けることのみが許されている、ということが指摘されていますが、それと似たような現象が起きるのです。被害者たちが、加害者の関心や愛情を勝ちとろうとするような行動をしてしまうのです。


集団であるなら、被害者同士が協力をしたらいいのでは、と考えるかもしれませんが、私の経験では、被害者が複数人いる場合に、お互いが協力するということは多くありません。被害を受けているという認識がまだはっきりしていない段階では、それが顕著(けんちょ)です。


むしろ被害者たちは、加害者の関心をほかの被害者よりも自分に向かせたい、独占(どくせん)したい、と競争的になり、自ら加害者と連絡をとったり、迎合(げいごう)したりしてしまうのです。


こうした被害に、SNSが一役買ってしまっている面があります。2人だけでつながることのできるSNSは閉ざされた世界であり、ほかの人たちがどんなやりとりをしているのかを見ることはできません。


ですから、加害者が、自分の身近にいるほかの人とも同じようなやりとりをしていたとしても、まずそれに気づくことはありません。愛情を示すような言葉を伝えられると、自分は特別なのではないか、という気持ちが生まれてしまうのです。そこに何かのきっかけで競争心が生まれていれば、そのことをほかの人に確認しようなどとは思いません。


性的行為それ自体は悪ではありません。物を盗(ぬす)んでこい、と命令されたら抵抗感を持つことができたとしても、性的行為は犯罪を行うほどにはハードルが高くないと言えるかもしれません。たとえばキスをする、ということが、その集団において愛情表現の1つであるとか、ゲームの一環(いっかん)であるなどと言われると、抵抗感はうすれやすくなるのです。


■手なずけに気づくヒント


おどしにしても贈り物にしても、加害者が引き出したいのは、対象からのレスポンス(反応)です。加害者は、レスポンスを引き出し、それを糸口にして、次の関係性に持ちこみたいともくろんでいるのです。ですから、それに気づくということが大切になります。


ただし、気づくのがなかなか難しい場合もあるでしょう。子どもが習い事をしているなどの場合、その連絡事項(じこう)にSNSが利用されているのであれば、保護者もふくめたグループでやりとりができるプラットフォームを使うようにするといいのではないでしょうか。複数人が確認できるという状態をつくることが被害を防ぎます。


写真=iStock.com/metamorworks
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/metamorworks

■「家の人はわかってくれてないんじゃない?」


子ども:私はB高校に行きたいのに、親はC高校にしろって怒るんだ


加害者:自分なりの理由があるのにね


子ども:でも、親なりに将来を考えてくれてるのかもしれない


加害者:どうかな。家の人はわかってくれてないんじゃない?


■加害者は子どもを周囲から切り離そうとする


「性暴力」といってもさまざまな種類があります。


櫻井鼓『「だれにも言っちゃだめだよ」に従ってしまう子どもたち』(WAVE出版)より

電車内でのちかんなど、明らかに性暴力とわかるものもありますし、路上で物を引ったくられるという被害のすきに性的部位を触(さわ)られるというような、別の犯罪のかげに隠れている性被害もあります。


櫻井鼓『「だれにも言っちゃだめだよ」に従ってしまう子どもたち』(WAVE出版)より

性暴力と聞くと、いやなことですが、加害者が暴行を加えるとか、脅迫したりする、といったことが想像しやすいかもしれません。たしかにこれまでは、そうした暴行や脅迫による性暴力に焦点(しょうてん)が当たることが多かったと思います。でも、性的グルーミングはそうではありません。もちろん、その経過の中でおどしなどを用いるということはありますが、むしろ、対象との間に愛情や信頼に基づく関係性を築いていく、というところにその核心(かくしん)があります。


こうした関係性の構築は、性的グルーミングのプロセスの中でも最初のほうに行われます。そして、おおよそ対象との関係性ができてくると、対象を周囲から切り離していく手口が認められるのです。ここで言う「周囲から」というのは、よりくわしく説明すると、周囲との「関係性から」、と「物理的な状況から」、という2つの意味をふくんでいます。


■「相手の言うことがすべて」になる


周囲から切り離されると、第三者による情報が入ってきにくくなります。困っていたり、自分に自信がなかったりするような精神状態のとき、第三者の冷静な意見が助けになることがありますよね。でも、閉ざされた世界の中では、その世界にいる相手の言うことがすべてになってしまいます。


その結果、相手への依存が高まります。特に、信頼関係が築かれてしまった後では、言っていることがどこかおかしいとか、うそなのではないかと感じても、客観的な情報が入ってこないので、信じている人の言うことなのだから正しいはず、と考えてしまうのです。


このような周囲からの切り離しがどれだけ重大か、ということをみなさんにも少し想像してほしいので、いじめを例に出したいと思います。


みなさんも小・中・高校、あるいは社会人生活もふくめて、これまでにいじめられた経験、いじめを目撃(もくげき)した経験、もしくはいじめた経験の、いずれかがあるという人がほとんどではないでしょうか。


いじめの基本は、いじめの対象者を集団から分断させることです。分断すれば、対象者には周りから情報が入ってきません。


それによって孤独や不安を感じるからこそ、対象者は分断されたことへのショック感情が高まります。


そんな状態のときに優しくしてくれる人には、気持ちが向きやすくなります。集団から分断するというのは、人をコントロールするのにとても効果的な方法なのです。


■関係性からの切り離し


ここでは、周囲の「関係性」からの切り離しについて、まずは取り上げます。


加害者は、対象の心の弱みをよく見ていて、その弱みにつけこんできます。特に、友人や交際相手、あるいは家族との関係がうまくいっていないといった人間関係の悩みの場合、それを利用して、うまくいっていない相手の悪口を言うことがあります。その人たちを悪者にして、自分に依存させようとするのです。


また、作り話などで対象を不安にさせる、ということもします。このシーンでもそうですよね。女の子は、親のことを否定しているわけではないのに、男性は親を悪者にすべく誘導しているのです。「○○のことは信じないほうがいい」とか、「○○と連絡をとる必要はない」などと言って、だんだんと周囲との関係性を切っていくように仕向けるのです。


でも、身近にいる人の気持ちや考えていることなんて、あなたにだってよくわからないことがあるのに、まったくの他人に本当のところがわかるでしょうか。むしろ、それに比べたらあなたのほうが知っているのではないでしょうか。


それに、人間関係なんて、たとえぶつかっても、すべてわかり合えなくてもいいと思うのです。したいことに反対されたからって、家族と連絡を絶つ必要なんてありませんよね。


あなたと家族の間で起きていることについてどう考えるかは、あなた自身の感覚を大切にしてほしいと思います。


写真=iStock.com/Михаил Руденко
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Михаил Руденко

■子どもの小さな変化に気付くために


このシーンのような例を読んで、「自分も同じようなことを言ってしまった」とか「うちも似たようなことがある」と、不安に感じられる親御(おやご)さんもいるでしょう。



櫻井鼓『「だれにも言っちゃだめだよ」に従ってしまう子どもたち』(WAVE出版)

でも、子どもはみんな、思春期になれば反抗(はんこう)的になるし、成長にともなって、すべてを把握(はあく)できなくなっていくものです。


でも、それだけで互いの絆が切れることはありません。それに、反抗したり、多少の秘密があったりすることは、人の成長過程で必要なことでもあります。


だからこそ、日ごろから子どもとの心の結びつきをつくっておくことがとても大切だと思います。心の結びつきがあるからこそ、子どもの小さな変化にも気づくことができると思うのです。年ごろの子どもであれば、こんなことを思っているのかな、あんなこと考えているのかな、などと思いめぐらせながら、少し距離(きょり)があったとしても、様子をよく見るようにしてあげてください。


■手なずけに気づくヒント


他者が想像で言ってくることがすべてではありません。そういったことに耳をかたむけることもあっていいですが、あなた自身が経験したこと、あなた自身が感じていることとよくよく照らし合わせて向き合うことが大切です。


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櫻井 鼓(さくらい・つつみ)
犯罪心理学者、横浜思春期問題研究所副所長
追手門学院大学心理学部教授。公認心理師、臨床心理士、博士(教育学)。警察庁長官官房給与厚生課犯罪被害者支援室、神奈川県警察本部警務課被害者支援室、同少年育成課少年相談・保護センター勤務を経て現職。内閣府、こども家庭庁、警察庁の有識者検討会委員を務める。専門は犯罪心理学、トラウマ研究。これまで性犯罪・殺人・交通死亡事件などの被害に遭った方やご家族の支援、性加害・窃盗・家庭内暴力などの非行少年の相談、犯罪被害者の心理鑑定、トラウマ研究に携わる。編著書に、『SNSと性被害 理解と効果的な支援のために』(誠信書房)、『性暴力被害者への支援 臨床実践の現場から』(誠信書房)がある。
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(犯罪心理学者、横浜思春期問題研究所副所長 櫻井 鼓)

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