入籍したとたん態度が一変…「私を『おまえ』と呼ばないで」という妻を鼻で笑って発した夫の信じられない一言
2025年2月23日(日)18時15分 プレジデント社
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Andrii Zorii
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■無自覚の「男尊女卑」意識がDVを深刻化させる
世界経済フォーラムが2024年6月に発表した日本のジェンダーギャップ指数は146カ国中118位であり、特に経済、政治分野の男女格差が大きいという結果が出ている。これは、女性の管理職や政治家が少ないなどの現状を数値化したものだが、その背景には、根強く残る「家事、子育て、介護は女性の仕事」「主導的な役割は男性にある」などという固定的な性別役割分担意識があるため、状況を改善して順位を上げるのはたやすいことではない。
モラハラ的な思考をする人間は男女ともにいる。しかし日本では、男尊女卑の価値観が、無意識かつ無自覚に、目には見えにくい形で今なお残り続けていることもDV問題をより深刻化させている。
■“暴君”ぶりを発揮する相手を選ぶ
私の父は、お酒を一定量飲むと突然怒りのスイッチが入り、般若のような顔で怒鳴り散らす“DV夫”だった。だから、離婚して母という攻撃相手がいなくなった後も、きっとどこかでかんしゃくを起こすに違いないと思っていた。しかし、不思議なことにその後、暴君ぶりはすっかり影を潜め、父は驚くほど穏やかに暮らした。つまり、性格的に怒りを我慢できないわけではなかったのだ。
ところが、20年の時を経て、ちょっとしたきっかけから、かつての暴君ぶりの片鱗を見せ始めるようになる。高齢になり兄に引き取られたものの、そのせいで半年後には兄嫁と決裂、兄宅を出たのだった。
「嫁は休日になると寝坊して、俺が起きているのに朝食をつくろうとせん!」
年老いた父の起床時間はとんでもなく早い。兄一家と同居するまではひとり暮らしをしていたのだから、嫁が起きてこないのなら自分がつくって食べればいいだけなのに、どうやら、主婦というものは夫や義父に仕えるのが当然と考えているようなのだ。
■妻、息子の妻、次は女性看護師
その後、病に倒れて入院すると、今度は看護師に対して暴言を放つ“モンスターペイシェント”になった。
そこでやっと、合点が行った。父が横暴になったりわがままを言ったりする相手は、「妻」「嫁」「女性看護師」などのカテゴリーに限定されるということだ。つまり、「自分の世話をすべき女性」である。幸いと言っていいのか、「娘」はその範疇には入らなかったようだ。
また、病院で多発する院内暴力問題について取材をすると、看護師を悩ます入院患者は父に限らず、中高年の男性が多いことがわかった。暴言を吐いたり、暴力を振るったり、そこまでいかなくても、「おいっ!」と看護師を呼んで、召使い扱いする患者もいる。
ある入院経験者からは、「看護師に対しては横暴なのに、医師には一転、へりくだった態度を示す男性患者が隣のベッドにいた」という話も聞いた。
■加害者は“昭和の親父”ばかりではない
私の夫は新婚当時、上司と飲んでいるときにこんな助言を受けたそうだ。
「奥さんのことは尊敬しなくてはな」
尊敬という言葉は大げさなのかもしれないが、要は人格を尊重するとか、今風に言えばリスペクトするという意味なのだろう。その上司の考え方は、私が子どもの頃、まだ30代だった母を、「おい、ババア!」と呼んで罵倒していた父とは、根本的に違っていた。
私自身は、世代が若くなるにつれて対等な関係にある夫婦が増えているという感触があったので、てっきりDV加害者は圧倒的に、“昭和の親父”的な年配者が多いと思っていた。
ところが、DV被害者を取材してみると、20代で結婚した30代くらいの女性たちが多く、彼女たちの夫は同年代にもかかわらず、家庭では支配的になり、妻をぞんざいに扱っていた。
D子さん(30代)は子どもを産んで専業主婦になった。しかし、生活費を入れるように夫に懇願しても、舌打ちをされる。やっとお金を渡してくれるときでも、子どもを抱いて座っているD子さんの頭の上からお札を数枚、パラパラと落として拾わせようとしたという。
SNSの書き込みを見てみると、女性蔑視発言をする男性のあまりの多さに私は大変驚いた。
「女というだけで甘やかされている今の日本社会は異常」
「生意気な女には怒鳴ったほうがいい。しつけが大事」
「男が論理的に正論を言うと、バカな女はモラハラだと訴える」
「自分のわがままを聞いてくれない相手をモラハラ夫と言っているのではないか」
「愚かでわからんちんの妻を1回くらい殴ることはあるんじゃないか」……
等々、女性をこきおろしていたのだ。匿名の場という気安さから、「女をつけあがらせるべきではない」という本音をさらけ出しているようだ。
写真=iStock.com/PeopleImages
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■妻をリスペクトするか、見下すか
一方、結婚まもない頃、夫が私に言った言葉に驚いたことがある。
「男は女より腕力がある。だから、俺はあんたには絶対手を上げない。フェアではないから」
それから何十年も経っているが、その言葉を反故にされたことは一度もない。
私が子ども時代に過ごした家庭では権力格差があり、「フェア」という価値観は存在していなかった。
妻をリスペクトするか、見下すか。それは年齢にはほとんど関係がなく、その人の気質、価値観によるもののようだ。
■日本では対等な夫婦関係が根づいていない
日本ではまだ課題はあるものの、社会的には男女平等の実現に向かって進んでいると言っていいだろう。教育の機会はほぼ平等に与えられている。労働環境も完全に男女平等とは言えないまでも、法律によってある程度守られている。結婚退職が通例だった昭和の時代に比べると、女性が活躍できる場は広がってきたとは思う。
しかし、家庭に関して言えば、なかなかアップデートが進んでいかない。
性別役割分担意識はまだ根強く、出産を機に女性であることの不利益を感じる妻は少なくない。
現在でも、子育てのためにキャリアを捨てる女性は多く、専業主婦になったことで夫との間に力関係が生じてしまうことがある。仕事を続けていても、子育ては基本的に妻の役割だと思っている夫は多く、仕事も子育ても家事も妻に負担が重くのしかかる。一度家庭に入った女性が離婚した場合には、再就職したいと思っても正社員になりにくいというリスクもある。
しかも、男性の中には、男女平等を目指す社会に順応しながらも、家に帰ると、「自分が主人で妻は従うのが当然」という思考回路に変わる人もいるのだ。
■入籍したとたんに態度が一変
「入籍までは、お互い『さんづけ』呼びだったんです。お互い、尊重し合えると思っていました」と、前述のD子さんは語る。
ところが、入籍した途端、「おまえ」と言われた。D子さんは違和感を覚えて、「いままでの呼び方がいい」と伝えたところ、「おまえ、それじゃ、上下関係おかしいだろう」と鼻で笑われたという。
日本ではまだ、「夫婦は対等」という考え方が定着しておらず、DV家庭とまでは行かなくても上下関係にある夫婦は少なくない。
「夫婦で行く旅行はつまらない」という女性たちにその理由を聞いてみると、「旅行先も旅行中の過ごし方も何でも夫が一方的に決めて、それに従うしかないから。友だちと行くほうがずっと楽しい」そうだ。
■DVの理由は「しつけ」「おまえのため」
DV被害者たちに話を聞くと、「しつけ」とか「おまえのため」というフレーズは加害者の決まり文句であるらしい。何時間も執拗に続く説教も、夫に言わせれば「しつけ」であり、「おまえのため」ということなのだろう。
「へん! おれの女房じゃ。煮て喰おうと焼いて喰おうと勝手じゃ」
これは、ノンフィクション作家の森崎和江著『まっくら 女坑夫からの聞き書き』(理論社/1961年)の一節だ。まだまだ男尊女卑がまかり通っていた時代に書かれた本ではあるが、実はいまでも、このような価値観を持っている男性はそれなりにいるようだ。
■DVを“学習”してしまう子どもたち
加害者にはDV家庭出身者が多いというのは、専門家や支援者の間ではよく知られていることである。
インタビューに答える、DV被害者支援団体「Saya-Saya」共同代表理事の松本和子さん(撮影=林美保子)
「『うるさい!』『黙れ!』というような暴言、暴力は早い“解決法”(自分の望みを実現する方法)なんですね。DV家庭では子どもがそれを学習してしまっているのです」と、第1回にも登場したDV被害者支援団体「Saya-Saya」共同代表理事の松本和子さんは語る。つまり、自分の望みを実現させるための一番良い手段は、力でねじふせることだと覚え込んでしまうのだ。
同団体では、被害者支援の一環として、被害者の子どもが人形劇や遊びを通じて、「暴力を選ばない別な解決法があること」「対等なコミュニケーション」などを学ぶ心理教育プログラムを実施している。DV家庭で刷り込まれた思い込みや偏った価値観を変え、葛藤解決のためのスキルを身につける試みなのだという。
対等なパートナー関係のモデルもなく、上下関係のある環境のもとで育った子どもは、旧態依然とした夫婦の価値観を無意識の中で踏襲していく。
私が取材した面前DV被害者(夫婦間暴力を見聞きして育つ子ども)の女性は、「結婚したら、自分もまた殴られるものだと思っていた」と言っていた。つまり、DV家庭しか経験していないから、そうではない家族のかたちがわからないのだ。こうして、世代間連鎖が起きてしまう。
写真=iStock.com/solidcolours
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/solidcolours
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林 美保子(はやし・みほこ)
ジャーナリスト
北海道出身。青山学院大学卒。DV・高齢者などの社会問題に取り組む。2013年より日刊ゲンダイ「語り部の経営者たち」を随時執筆。著書に『ルポ 難民化する老人たち』(イースト新書)、『DV後遺症に苦しむ母と子どもたち』(さくら舎)などがある。
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(ジャーナリスト 林 美保子)