トランプの「同盟国いじめ」が止まらない…「防衛費を払え」と迫られた"日本と英国"がこれから直面する難題

2025年3月7日(金)6時15分 プレジデント社

2025年2月27日、ワシントンD.C.のホワイトハウスに到着したキーア・スターマー英首相を出迎えるドナルド・トランプ米大統領。 - 写真=Alex Wong/Getty ImagesAFP/時事通信フォト

■防衛費の積み増しを探るスターマー政権


米国のトランプ政権による圧迫を受けて、北大西洋条約機構(NATO)に加盟している欧州の各国で、防衛体制を強化する動きが模索されている。例えば英国では、キア・スターマー首相が2月25日、防衛費を2027年までに名目GDP(国内総生産)の2.5%まで引き上げ、29年5月以降の次期総選挙後は3%にするという目標を発表した。


写真=Alex Wong/Getty ImagesAFP/時事通信フォト
2025年2月27日、ワシントンD.C.のホワイトハウスに到着したキーア・スターマー英首相を出迎えるドナルド・トランプ米大統領。 - 写真=Alex Wong/Getty ImagesAFP/時事通信フォト

世銀によると、英国の防衛費は2023年時点では2.3%だったから、これを29年までに0.7%ポイント引き上げるわけだ(図表1)。一方スターマー首相は、増額する防衛費の財源を確保するため、いわゆるODA(政府開発援助)の水準を現状の名目GNI(国民総所得)の0.5%から0.3%にまで引き下げ、防衛費に充てると発表した。


出所=経済協力開発機構(OECD)、世界銀行

GNIとGDPは異なる概念だが、英国のODAは名目GDPとの対比でも0.5%程度である。これを0.3%に引き下げ、浮いた0.2%分の資金を防衛費に充てるということになる。この方針は与党・労働党内でも議論を呼んでおり、反対の立場だったアンネリーズ・ダッズ閣外相(開発担当兼女性・平等担当)は、首相への抗議のため辞任した。


ODA予算は154億ポンドから92億ポンドへと、実に5分の2も圧縮される。そのため、中東やアフリカ、ウクライナなどにおける英国の人道支援活動の継続が困難になる。これでは国際社会での英国の立場が低下し、米国際開発局(USAID)の予算の削減に邁(まい)進するトランプ政権と同じ穴の狢(むじな)であると、ダッズ元閣外相は指摘する。


英国は2020年1月をもって欧州連合(EU)から離脱した。もはやEUが定めた財政運営ルールを守る必要はないから、この点においては、防衛費の増額の手段として国債を増発することが容易な環境にある。にもかかわらず、スターマー政権は歳出の見直しを通じて、防衛費の財源を確保しようとしている。それはいったいなぜだろうか。


2025年2月27日、キア・スターマー首相がホワイトハウスでアメリカ合衆国大統領ドナルド・トランプと二国間会談(写真=Simon Dawson/Number 10 Downing Street/OGL v3.0/Wikimedia Commons

■左派政策とのバランスに苦慮


その理由は、スターマー政権が多くの左派政策を企図していることにある。スターマー首相は中道左派の労働党の出身であるため、基本的に「大きな政府」路線を歩もうとしている。昨年10月に発表された予算案でも、インフラの再開発、鉄道サービスの国有化、脱炭素を前提とした公営エネルギー会社の設立などの左派政策が盛り込まれた。


他の欧州諸国と同様に、英国もまたインフラの老朽化に苛まれているため、インフラの更新は現実的に優先されるべき課題である。一方、化石燃料に恵まれた英国が脱炭素を前提に公営エネルギー会社を設立し、その下で再エネの一段の普及を目指そうとする姿勢には疑問が残る。いずれにせよ、目指す政策はどれも多額の支出を伴うものだ。


つまり、そもそも労働党政権の下で、歳出に対する増加圧力は強まっていたわけだ。対して労働党政権は、財源の確保の手段として、増税を重視していた。前任の中道右派・保守党政権の下で財政が悪化し、公的債務残高が膨張し続けたためだ。こうした環境下で徒(いたずら)に国債の発行を増やせば、金利が急騰し通貨が暴落することになる。


増税路線を敷いたこともあって、スターマー政権の支持率の低迷が顕著である。すでに国民に対して痛みを強いている以上、これ以上の増税は回避したいところだろう。一方で、金融不安を呼び起こすリスクがあるため、政権は国債の増発にも慎重とならざるをえない。こうした環境の下で防衛費を積み増すなら、歳出を見直す以外に方法はない。


とはいえ看板政策を撤回するわけにもいかないため、当たり障りのないODAの削減を試みるというのが今回の決断の背景だろう。現実的には、歳出の見直しだけで防衛費の積み増し分を賄うことには限界があるため、増税なり起債なりが必要だが、それでも削れる歳出を削る姿勢を示すことで、国民の不満を和らげようとしているとみられる。


2025年2月27日、キア・スターマー首相がホワイトハウスでアメリカ合衆国大統領ドナルド・トランプと二国間会談(写真=Simon Dawson/Number 10 Downing Street/OGL v3.0/Wikimedia Commons

■英国民を待つインフレ課税の道


一般的に、左派政策を行えば最終需要が刺激されるため、インフレが加速する。一方で、左派政策の財源として国債を増発した場合、国民は高インフレというかたちで、国債の償還コストを負担することになる。これがいわゆる「インフレ税」だ。直感的に説明すれば、税率が一定なら、最終需要の増加で名目GDPが増えれば、税収は増えるわけだ。


そうなれば、公的債務残高の対GDP比率は低下し、財政状況は改善する。これは国民生活に強い痛みを負わせるため、原則的に忌避されるという点で、真っ当な経済政策ではない。しかしながら、スターマー政権が公約に掲げた左派政策を推進し、さらに防衛費の大幅な積み増しまで行うなら、英国民は多額のインフレ税を支払うことになる。


英国のインフレは、2024年終わりにボトムアウトし、2%の物価目標を上回って推移している(図表2)。スターマー政権が左派政策に突き進み、さらに防衛費の大幅な積み増しまで行うなら、英国のインフレはさらに加速する。高インフレに対して国民が強い不満を抱く中で、スターマー政権がこうした道を突き進めるかは、果たして謎である。


出所=英国立統計局(ONS)、イングランド銀行(BOE)

■日本にも及ぶトランプ政権の圧迫


トランプ政権は、まず相手に対して高い球を投げ、そして現実的な落としどころを探るという交渉術を用いる。そのため、防衛費の積み増しについても、トランプ政権の当初の要求よりは低い水準で妥結すると考えられる。一方で、球の高さ自体は、今回の任期が実質2年半ということもあり、前回の任期よりもはるかに高いという印象を受ける。


英国が抱えるジレンマは、ドイツなど他の欧州諸国にも共通している。高インフレが常態化すれば、国民生活が圧迫されると同時に、輸出品の価格競争力も低下するため、経済に対する下押し圧力が内需と外需の両面から強まることになる。かといって、トランプ政権との関係を悪化させないためにも、防衛費を積み増す姿勢は極めて重要となる。


これは日本も同様だ。トランプ政権は日本に対しても、防衛費の大幅な増額を要請している。規模はともかく、積み増すこと自体は避けがたい情勢となっている。歳出の見直しを図らず徒に防衛費を積み増すようなことになれば、日本の財政はさらに悪化するとともに、高インフレの長期化というかたちで、国民生活への圧迫が強まることになる。


石破茂首相とイギリス・スターマー首相(出典=首相官邸ホームページ)令和6年11月17日(現地時間)、リオデジャネイロ

無い袖を無理やり振ろうとすると、経済は必ず悲鳴を上げる。防衛費を積み増すという現実的な課題に直面したことで、財政運営そのものの見直し議論が進むことに期待したい。


(寄稿はあくまで個人的見解であり、所属組織とは無関係です)


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土田 陽介(つちだ・ようすけ)
三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 副主任研究員
1981年生まれ。2005年一橋大学経済学部、06年同大学院経済学研究科修了。浜銀総合研究所を経て、12年三菱UFJリサーチ&コンサルティング入社。現在、調査部にて欧州経済の分析を担当。
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(三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 副主任研究員 土田 陽介)

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