「イエス」でも「ノー」でもない…「今日中にやって」重たいタスクを振られたエジプト人の切り返しが最強だった

2025年3月14日(金)17時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/LeoPatrizi

無理なお願いをされたとき、何と返すのが正解か。日本在住のエジプト人、八十恵さんは「かなりの仕事量を振られたとき、日本だと『なんとかします』と答える人が多いのではないでしょうか。エジプト人は違います。『やります』でも『やりません』でもない、無敵ワードが存在するのです」という——。

※本稿は、八十恵『エジプト人の「いい加減」でがんばりすぎない生き方』(KADOKAWA)の一部を抜粋・再編集したものです。


■髪や肌を露出してはいけないのか


皆さんはエジプトと聞くとどんなイメージをおもちでしょうか?


もしかすると皆さんがイメージするエジプトと現代のエジプトのあいだには、ずいぶんギャップがあるのかもしれません。


たとえば2024年に開催されたパリオリンピックでは、エジプト代表の女子ビーチバレーの選手が全身をすっぽり覆うウェアでプレーしたことがニュースになりました。今でもエジプトの女性って肌の露出が許されないの?と思われた人もいたのではないでしょうか。それが多くの人がイメージするエジプトなのかもしれませんが、現実はそうではありません。


写真=iStock.com/LeoPatrizi
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/LeoPatrizi

現在エジプトでヒジャブ(ヘッドスカーフ)を着ける女性はかなり少なくなっていて、町の中で見られるファッションも欧米と変わらないものになっているというのが本当のところです。


昔とくらべてエジプトはずいぶん変わってきました。


その一方で、昔から変わらないユニークな国民性や慣習もあります。


たとえばマイペースな人が多いのもエジプト人の特徴といえるかもしれません。


単なるマイペースというのとは少し違うのですが……。


「約束した時間があれば、それより早くは行かないようにする」
「出社してもすぐには仕事を始めず、まずゆっくり朝ごはんを食べることも多い」
「終業時間になればすぐに帰宅して、残業はしない」


こうしたあり方はある意味、エジプトスタイルです。


■「予定」よりも「仕上がりのクオリティ」


エジプト人は時間にルーズだとも見られがちだけど、ルーズというのとはちょっと違います。


たとえば建物などをつくろうとしたとき、完成時期の目標は立てていても、それが絶対だとは考えません。エジプトでは新しいビルを建てようとしたときに遺跡が出てきて中断することがあります。そうした問題は常に起こり得るものだと理解していることも関係していると思います。


何があっても予定どおりに完成させようとはしないで仕上がりを優先させる。トラブルなどで予定日に間に合わなくなることは許容する文化があるのです。


国家的なプロジェクトとしてつくられた「大エジプト博物館」にしても、オープンは最初の予定にくらべてずいぶん遅れています。2013年のオープン予定でしたが11年も遅れ、2024年になってもプレオープン状態で、グランドオープンはまだです。


コロナの感染拡大の影響もありましたが、理由はそれだけではありません。


たとえば、ホログラムでツタンカーメンが持っていたものを再現して紹介する際も、「この部分は何色にすべきか」といったことで研究者同士が意見を交わし合うようになると、そのたび作業を中断させます。


間違った歴史を伝えられないという意識が強いので、細かい部分まですべて検証に検証が重ねられます。自分たちの文化についてはすごく細かくて、アバウトにすることはあり得ない。そのために予定に間に合わなくなることは仕方がないと考えます。


■ピラミッド完成がファラオの死に間に合わない


古代のピラミッドにしても、ものすごく時間がかかる建造物であり、いつ完成するかは予想しにくかったはずです。


ファラオの墓なのに、ファラオがいつ亡くなるかはわからない。


そのため、ファラオが即位すれば、それと同時にピラミッドをつくりはじめていたのではないかと考えられています。


それでも、どこかを妥協して完成させるようなことがなかったのでファラオの死に間に合わなかったケースもあったと見られています。


写真=iStock.com/Lichtwolke
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Lichtwolke

有名なクフ王のピラミッドにしても、ピラミッドの完成とクフ王が亡くなったのはほとんど同時になったと言われています。ピラミッドの完成がもう少し遅れていたら、クフ王のミイラは別の場所で完成を待つことになっていた可能性もあったのです。


そうしたこととも関係があるのか、ピラミッドがさかんにつくられていたのは古王国時代までのことです。最も偉大なファラオといわれる新王国時代のラムセス二世は多くの神殿やオベリスク(四角柱のモニュメント)を建てていますが、この時代になると豪勢なピラミッドは多くはつくられなくなっていました。


ラムセス二世やツタンカーメンの墓地は、ルクソールの岩窟墓群である「王家の谷」にあったのです。


■集合時間より早く行くのは「マナー違反」


時間の話に戻ると、「エジプト人は約束の時間を守らない」という言い方をされることがあります。


ルーズということではなく、習慣の違いです。


日本で8時集合というと、だいたい10〜15分前くらいには到着していて、8時には予定していたことを始める感じになることが多いと思います。7時半に来ている人がいてもおかしくはないのでしょう。エジプトではそういうことはしません。


8時集合であれば、8時から8時半のあいだくらいに到着するイメージです。


8時より早く行くのはむしろNG!


8時集合であれば、「8時より早くは来ないでほしい」、「8時より早く行ったら失礼になる」という感覚があります。


プライベートの約束だけでなく、会社もそんな感じで出社します。


8時始業となっていても、8時過ぎに出社する。


その後、みんなが集まって朝ごはんを食べてから仕事を始める会社も少なくありません。8時始業のはずでも実際に仕事を始めるのは10時頃になることもあります。


■「5分〜10分遅れ」がベスト


お店のオープンも似た面があります。


開店時間を決めていても、その時間に開いてないことがあってもおかしくはありません。デパートに入っているお店なら、デパートの開店時間に合わせて開店はします。ただし、とりあえずお店は開けたけど、まだ準備をしているといったことはよくあります。倉庫から届いた荷物をこれから並べる状態のときも珍しくありません。客側としても、早く来すぎたからしょうがないか、という感覚です。


筆者撮影
エジプトの国民食、コシャリ。米とマカロニとスパゲッティなどのパスタ、レンズ豆とひよこ豆を混ぜ合わせて、トマトソースをかけたものです。 - 筆者撮影

わたしがもし待ち合わせ時間より早く着きそうになったら、待ち合わせ場所には行かず、近くの場所で別のことをしています。そして、待ち合わせ時間を過ぎてから、着いたばかりというフリをしてそこへ行きます。


時間より早くそこに行けば、相手が気にしてしまうかもしれないので、それを避けたい意味もあります。


8時待ち合わせなら、8時5分か10分くらいに行くのがエジプトのマナーとしてベストかもしれないですね。


定められた時間より早く行くと、運が悪くなるというイメージもあります。


■退社時間は遅らせない


退社時間はどうかといえば、それについては規定どおりです。


朝の8時から夕方6時までが勤務時間ということなら、終業時間に合わせて6時に会社を出ます。


定時を過ぎても会社に残っていることはまずありません。約束した時間だけ働けば義務を果たすことになるという感覚が強く、そのあとは家族と過ごす時間と考えます。


エジプト人は昔から、家族や親戚(しんせき)をすごく大切にします。


わたしも、幼かった頃からたくさんの親戚を紹介されてきました。叔母さんの旦那さんの叔母さんみたいな感じで、この人って誰だっけ?となることもありましたが、そういう人たちとそれっきりになることはほとんどありません。


遠い親戚との関係もずっと続いて、みんなと仲良くします。


「家」で括られる小さな単位の家族だけでなく“大きな括りでの家族”を大切にする。


エジプトではそれが当たり前になっています。


■会社の宴会は「勤務時間内」で


会社の人たちと一緒にお酒を飲みに行くようなことはまずありません。


そもそも外で大っぴらにお酒を飲むことはしないので、日本でいう飲み会のようなものはないわけです。


※筆者註:人口の9割がイスラム教徒です。イスラム教では飲酒が禁止されているため、エジプトでは日常的にお酒を飲む文化はありません。詳しくは拙著『エジプト人の「いい加減」でがんばりすぎない生き方』(KADOKAWA)の「レストランにお酒は基本的にない」をご参照ください。


あるとすれば、クリスマスパーティのようなものだけです。エジプト人の大半はイスラム教徒ですが、厳格な人以外、基本は多くの人がクリスマスを祝います。


その場合、仕事が終わってからやるのではなく、勤務時間の範囲内で行います。


会社が6時までだとすれば、4時まで仕事をして、4時から2時間、会社でパーティを行う感じです。


日本でも、先輩にお酒に誘われたときに「勤務時間外なので、付き合う義務はない」と考える若い人たちが増えているようですね。


エジプトでは最初からその部分の線引きがしっかりなされているわけです。


プライベートの時間には干渉せず、時間を奪おうとはしない、ということ。


ちなみに、規模の大きなクリスマスパーティを開催するなら社員の家族も招待します。わたしも子供の頃に、父の仕事の関係のパーティに母や妹と一緒に行ったことがあります。同じ会社で働いている人たちとは、家族ぐるみで仲良くするのがエジプトスタイルです。


筆者撮影
ニューカイロの街風景。 - 筆者撮影

■厳しい業務指示、何と答える?


「インシャラー(インシャーアッラー)」という言葉があります。


日本ではかなりの量の仕事をするようにとオーダーされたときには「わかりました。なんとかします」と答える人が多いような気がします。


エジプト人はというと、そういうときは「インシャラー」と返します。


「もし神が望むなら」という意味の言葉です。


シンプルに解釈すれば“神様が望めばできますが、神様が望まなければできない”ということになります。


外国の人たちはこの言葉をエジプト人(アラブ人)の怠惰さ、ルーズさを示すものだと考えがちなようだけど、ちょっと違います。


無理はしないというだけで“今日できるようだったらやります”というニュアンスが含まれています。


■「絶対に残業しない」わけではない


最初からやらないと言っているわけではなく、あきらめているわけでもない。


仕事の時間は決まっているので、その範囲内でやってみます、ということ。



八十恵『エジプト人の「いい加減」でがんばりすぎない生き方』(KADOKAWA)

それがエジプト人の基本スタンスであり、メンタリティです。


「これやって」と頼んだときに「インシャラー」と返されたとしても、それを怒るエジプト人はいません。こんな感じで、基本姿勢として残業はまずやらないようにしているわけですが、絶対に残業しないのかといえば、そうではありません。


その日のうちに必ずやっておかなければならないことがあって会社が困っていたりすれば、残って仕事をすることはあります。


無責任すぎるわけではないのです。


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八十 恵(やそ・めぐみ)
インフルエンサー、通訳
1989年生まれ、エジプト紅海沿岸のハルガダ市出身。2010年にカイロのヘルワン大学を卒業後、エジプト政府で建築家として働く。2011年のアラブの春がきっかけで職を失い、現地の日本語学校に入学。その後日本人男性と出会い、2016年に国際結婚。2021年にエジプト文化や日本での日常を発信するYouTubeチャンネル「THEエジプト人です!」を開設。著書に『エジプト人の「いい加減」でがんばりすぎない生き方』(KADOKAWA)がある。
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(インフルエンサー、通訳 八十 恵)

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