会社はボロボロだけど、クルマは一流…「ホンダに見捨てられた日産」に台湾・ホンハイ社が熱視線を送るワケ

2025年4月10日(木)7時15分 プレジデント社

オンラインで記者会見する日産自動車の内田誠社長(左)と後任のイバン・エスピノーサ氏=2025年3月11日午後 - 写真提供=共同通信社

iPhoneを手がける台湾の電機大手・ホンハイ精密工業(フォックスコン)が、日産自動車との連携に前向きな姿勢を示している。ホンダとの合併交渉が白紙となる中、海外メディアはホンハイの動きに関心を寄せている——。
写真提供=共同通信社
オンラインで記者会見する日産自動車の内田誠社長(左)と後任のイバン・エスピノーサ氏=2025年3月11日午後 - 写真提供=共同通信社

■2カ月以内に「日本の自動車メーカー2社」と提携との報道


日本の自動車企業とのパートナーシップを模索しているホンハイが、具体的な企業として日産を選ぶ可能性がありそうだ。


現在のところ提携先として確実視されている企業に、少なくとも日本の三菱自動車がある。共同通信が3月20日に報じたところによると、三菱自動車はEV製造コスト削減のため、ホンハイに生産を委託する計画だ。


関係者の話では、早ければ数週間以内にもホンハイとの計画を発表する見込みだという。三菱は東南アジア市場での強みを生かし、ホンハイ製造の車両を自社EVブランドで販売したい計画だ。


この動きに先立ち、米著名自動車メディアのモーター1が3月17日、予兆となる報道を行っていた。ホンハイのリウ・ヤング(劉揚偉)会長は、2カ月以内に「まだ明示されていない日本の自動車メーカー2社」との間で、EVの設計・製造サービスに関する契約を締結する計画を持っているという。うち1社が三菱を指していたとみられる。


残る1社は報じられていないが、過去の経緯を踏まえると日産との解釈が成り立ちそうだ。劉会長は2月、日産・ホンダの合併交渉が破談する直前に、日産との協力に関心があると表明していた。台北タイムズ紙は2月、ホンハイが日産やホンダにも協力を打診していると報じていた。


ホンダとの関係が白紙になったいま、ホンハイが再び熱い視線を日産に送っている可能性は十分に考えられる。後述するように日産の元経営陣が現在ホンハイのEV開発を指揮しており、人脈上もコネクションが深い。


■合併破談と格下げで苦境に立つ日産


提携はあくまで技術的ノウハウの向上を意図したもので、買収や経営への関与の意向はないという。ホンハイはルノーが持つ日産株36%のうち15%の取得を検討中だというが、発行済み全株式の過半数には遠く及ばない水準だ。


日産はホンダによる子会社化の提案を蹴って批判を浴びた後、新たな提携先を探っている状態だ。仮にホンハイによる提携の話が進めば、経営上の独立性を保ちたい日産の方針と強く合致する。


リウ会長は「業務上の必要があれば(株式取得を)検討するが、株式取得は目的ではなく、協力関係の構築が目標だ」と述べている。資本参加が狙いではなく、EV技術の獲得を重視していると強調した。


こうした事情もあり、米フォーチュン誌や米市場情報サイトのベンジンガは、経営不振に陥っている日産がホンハイにとって格好の提携相手になると分析している。


ただし、日産にとって、当面は財務体質の強化が喫緊の課題だ。ウォール・ストリート・ジャーナル紙によれば、ムーディーズは先月、日産の格付けを投資適格最低水準のBaa3から投機的水準とされるBa1へと引き下げた。


同紙はまた、日産が今年3月期に赤字転落する見込みであることも伝えている。日産は昨年11月、従業員9000人の削減と生産能力を2割縮小する大規模な再建計画を打ち出している。


写真=iStock.com/agafapaperiapunta
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■海外誌もうなる技術


EV事業に本腰を入れるホンハイにとって、日産は注目に値するパートナーとなり得る。2010年12月には初代リーフを発売し、テスラ・モデルSより1年以上早くEV市場に参入した実績を持つ。フォーチュン誌は、日産がEV開発・製造における長年の経験と知見を持つ企業であると評価している。


こうした日産のEV技術は、ホンハイが自動車産業に本格参入する上で貴重なノウハウとなる。ホンハイはAppleのiPhone製造を請け負う電子機器メーカーとして大きく成長したが、EV産業は同社にとって未知の分野だ。成功のため、既存の自動車メーカーの技術と経験が欠かせない。


海外で現在の日産モデルは、どのように報じられているか。トヨタの存在感には大きく引けを取るものの、自動運転(運転支援)技術や、独自ハイブリッド技術のe-POWERを中心に、個々のテクノロジーに対する評価は悪くない。


米著名技術サイトのテックレーダーは、自動運転技術をレビュー。現在各モデルに装備されている運転支援技術のプロパイロットではなく、日産の次世代型自動運転システム「evolvAD」を公道試乗テストした。テスト車両はリーフEVをベースに、6つのLiDARセンサー、レーダー、13台のカメラ、トランクには大型PCを搭載している。


テスト走行の結果、舗装の整った一般的な道や高速道路だけでなく、イギリスの曲がりくねった田舎道を時速60マイル(約100km/h)で難なく駆け抜けたという。同誌記者は出発前の心境を振り返り、「イギリスの荒れた道路での最新自動運転システムのテストとあって、私は心の準備がまったくできていませんでした」と打ち明ける。


だが、実際に走り始めると、「視界の悪い、路面は穴だらけの、生垣に囲まれた、小型車2台が通るのがやっとのB道路(幹線道路ではないイギリスの生活道路)を、スムーズに時速60マイルまで加速し、まるで地元の人のようにルートを進みました」という。


■「どこでも走れる」技術に開発者は自信


記事でテックレーダーの記者は「最初は少し怖かったですが、車が完全にコントロールできていると分かるとすぐに落ち着きました。安全に交差点を通過し、車線表示が見えない場合でも車線を維持し、全体的に腕の良いドライバーのような動きでした」と語る。


場所によっては、他の車両を運転する人間のドライバーさえ戸惑うような狭い道幅の箇所もあったが、「ほとんどの人間よりもスムーズに」進んでいったとのことだ。


出典=日産自動車ニュースルーム(2023年9月27日付、CC BY-NC-ND)

日産の研究・先端エンジニアリングチームを統括するロバート・ベイトマン氏はテックレーダーの取材に対し、「英国の田舎道で自動運転車が走れるなら、どこでも走れる」と自信を示している。


開発にあたり、新型サスペンションとブレーキ・バイ・ワイヤ・システム(ブレーキペダルの操作状態を、油圧でなく電子信号で伝達するシステム。油圧遅延がなく、従来よりも素早い反応が可能などのメリットがある)、そして「これまで以上に精密なシャーシ制御が不可欠だった」との苦労があった。


日産は過去8年間をかけて自動運転の研究開発に力を注いできた。テックレーダーは、その成果として日産が、イギリス、日本、アメリカなど各地で、数千マイル(数千〜1万キロほど)の自動走行を無事故で走破したとして肯定的に取りあげている。


こうした実績を背に、同社はイギリス政府から資金提供を受け、都市部だけでなく地方でも使える自動運転技術の開発を進めている。テックレーダーは、日産が路面状況を常に分析し、タイヤのグリップ状態に応じて速度を調整する高性能なシャーシ制御システムをすでに完成させたと評価している。


日本国内でも横浜で、2027年までにイージー・ライドと呼ばれる完全自動運転の移動サービスを開始する計画だ。実現すれば日本で初めての完全無人運転サービスとなる。


■充電インフラの心配いらず、e-POWERの強み


自動運転のみならず、技術協力に興味を示すホンハイにとって、日産のEV技術「e-POWER」も大きな魅力だ。


オーストラリアの自動車メディアであるドライブ.com.auは、日産が「革新的な」e-POWERシステムを有していると評価する。EVならではのスムーズな走行感覚と、力強い加速感を実現しながらも、EVのように充電設備を探す必要がない利点を持つ。


同メディアは、e-POWERは「他に類を見ないハイブリッドシステム」だと評価している。日産の製品企画責任者クリオナ・ライオンズ氏は「一般的なハイブリッドカーでは、ガソリンエンジンと電気モーターの両方が車輪を動かします。これに対し日産のe-POWERは全く違う考え方です」と説明する。


e-POWERの場合、車輪を直接動かすのは、電気モーターだけだ。これによりEV並みの滑らかな走行フィールを実現する。ガソリンエンジンは発電機としてバッテリーへの充電役に徹しており、直接車輪を駆動することはない。


ライオンズ氏はe-POWERの乗り心地について「運転というより、滑空するような感覚」と表現し、一貫してスムーズに走行できる長所を強調する。エンジンから車輪へ直接力が伝わらない仕組みにより、従来の内燃機関のようにエンジンの回転数上昇を待つタイムラグがない。アクセルを踏み込めば、瞬時に電気モーターが力強く反応する。


高速道路の合流から大きな交差点での右折時まで、シーンを問わず発揮される伸びやかな加速感。高速走行で燃費が伸びにくいなど短所も目立つ反面、こうした独特の走行フィールを愛するオーナーも多い。


ドライブ.com.auによれば、日産はこれまでに世界68の市場で150万台を超えるe-POWER搭載車を販売しており、この実績が技術の信頼性を証明しているという。オーストラリア市場では10年または30万キロメートルの保証を付けるなど、自社技術への確かな自信がうかがえる。


■スマホ市場の鈍化、新たな事業の柱を探すホンハイ


こうした独自の強みを持つ日産に対し、ホンハイは2月から公に興味を示してきた。


ホンダとの交渉が本格化した段階でトーンは控えめになったが、ホンダとの破談を経て直近、三菱に加えて詳細不明の1社との提携の報道が浮上。日産との技術提携の可能性が再燃した。


台北タイムズ紙は、スマホ市場の伸び悩みを受けたホンハイが、EV事業を将来の稼ぎ頭として重視していると指摘。長年培った電子機器生産の技術力を武器に、EV事業を急拡大したいねらいだと同紙はみる。


写真=iStock.com/Images_By_Kenny
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Images_By_Kenny

ホンハイの戦略はユニークだ。すなわち、自社完結型の自動車メーカーになるのではなく、自動車開発のプラットフォームを完成させ、それを各社に提供する立場を目指している。米EV情報サイトのインサイドEVは、「EV市場におけるAndroidシステム」の座を狙っていると例える。


このプラットフォームは、「MIH(モビリティ・イン・ハーモニー)」と呼ばれるEV用オープン・プラットフォームだ。別の例えをするならば、いわば「iPhone製造受託のEV版」といったビジネスモデルを目指している。


モーター1によるとホンハイは、今年末までに北米でEVモデルCの製造を始める計画だ。このモデルは2021年に初めて発表され、子会社のフォックストロンを通じて台湾など一部地域で販売されている。


■ホンハイのEV戦略を指揮する元日産幹部


こうして事業拡大をねらうホンハイにとって、日産は人脈の面でも潜在的なパートナー候補となり得る。ホンハイでEV戦略最高責任者を担うのは、元日産幹部の関潤氏だ。インサイドEVは、関氏が日産で30年以上にわたって実績を積み重ねてきたと振り返る。


関氏はカルロス・ゴーン氏の逮捕後、日産の経営陣に名を連ねたが、内田CEOが就任したのを機に会社を去ることになった。当時58歳だった関氏は、ロイター通信の取材に応じ、「会社のトップに立つ最後のチャンス」だと考えて京都の自動車部品メーカー・ニデックに移ったと語っている。その後、さらにホンハイへと転身した。


関氏は現在、ホンハイでEV戦略の指揮を執っている。同メディアは新CEOの発表前、関氏が日産の新CEOに迎えられる可能性についても言及していた。もしこれが実現すれば、ホンハイと日産の関係が一層深まるとの見方であった。両社の技術協力を進める上で、関氏が重要な役割を果たし得た可能性がうかがえる。


記事はオートモーティブ・ニュースの報道を引き、日産の取締役会が一時期、関氏を次期CEOに据え、財政再建やホンダとの合併交渉再開を任せる方向で検討していたと伝えている。最終的にはチーフ・プランニング・オフィサーのイバン・エスピノーサ氏が新CEOに選ばれる結果となった。


写真=iStock.com/LewisTsePuiLung
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■日台の技術協力は双方に利点がある


EVではソフトウェアによる差別化が重要であり、電子機器メーカーのホンハイにとっては比較的参入しやすい環境が整っている。従来の機械的なハードウェアが中心だった自動車産業は、ソフトウェアで差別化する時代となり、EVでもこの傾向は顕著だ。


しかし、フォーチュン誌が指摘するように、Appleが自社開発の自動車プロジェクト「プロジェクト・タイタン」が頓挫したなど、未経験企業によるEV開発にはなお困難が残る。シャオミがスポーティーEVセダンのSU7の開発を成功させたなど実例がある一方で、製品化に至らないプロジェクトも少なくない。


EV事業を堅実に育てたいホンハイにとって、日産を含めた日本企業の車両開発ノウハウはぜひとも手に入れたいところだ。リウ会長は「ホンハイは、これは合併ではなくパートナーシップだと考えている」との立場を明確化しており、子会社化を受け入れがたい日産には好機だろう。


EVといえばBYD社など中国勢の攻勢が強まっている。日台企業の連携は、両国の企業に活路を開く可能性を秘めている。


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青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。
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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)

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