NHK「あんぱん」は名作になると確信した…「おむすび」には描かれなかった「ヒットする朝ドラ」にある決定的要素

2025年4月15日(火)7時15分 プレジデント社

2022年11月29日、大阪の京セラドーム大阪で開催された「2022 MAMA AWARDS」のレッドカーペットイベントに出席した今田美桜。 - 写真提供=OSEN/共同通信イメージズ

今田美桜さん主演のNHK「あんぱん」が話題だ。コラムニスト矢部万紀子さんは「『あんぱん』には“朝ドラ愛”や“良い作品にしよう”という思いが強く感じられる。前作の『おむすび』で忘れていた感覚を思い出した」という——。

■伏線は“丁寧なドラマ作り”の証


「カムカムエヴリバディ」の再放送を楽しみに見ている。4月9日の98話、ヒロインの夫・錠一郎(オダギリジョー)と叔母・雪衣(多岐川裕美)が朝ドラ談義をしていた。第一作から全部見ているという雪衣がこう言っていた。「好きなんじゃ。1日15分だけのこの時間が。たった15分、半年で、あれだけ喜びも悲しみもあるんじゃから、何十年も生きとりゃあ、いろいろあって当たりめえじゃが」。


心で拍手を送ったのは、「おむすび」を我慢して見ていたから。「喜びも悲しみも」あるから、雪衣は己の人生と重ねている。なのに「おむすび」は、ヒロイン結(橋本環奈)のあさーい喜びしかなかった。己と重ねようがない。


錠一郎がテレビをつけると、始まった朝ドラは「ぴあの」(1994年度前期放送)だった。大いに端折るが、挫折した音楽家の錠一郎が、このあと「ピアノ」で復帰する。「ぴあの」の画面をはさんで、錠一郎が動きだす。


「カムカムエヴリバディ」は「伏線回収」が話題となった。「ぴあの」もその一つだろう。が、伏線は回収のためにあるというより、丁寧なドラマ作りの証だと理解している。「あれがここにつながったのね」となる。良い朝ドラには、あることだ。


■「朝ドラ愛」が感じられる


「おむすび」では忘れていたこの感覚、「あんぱん」で思い出した。隅々まで心配りされていることが感じ取れた。「ああ、あれがここにつながったのね」はもちろん、昭和初期の話に今どきの感性が反映されている。


朝ドラを好きで、良い作品にしようとしている。言うならば「朝ドラ愛」が感じられ、「おむすび」で傷ついた心が癒やされるようだ。脚本の中園ミホさんは、「花子とアン」(2014年度前期放送)以来、2度目の朝ドラだ。こちらもウェルメイドな作品だったが、学んだことも多かったと想像する。大ヒット作「ドクターX」の決め台詞にならうなら、中園さん、失敗していない。


写真提供=OSEN/共同通信イメージズ
2022年11月29日、大阪の京セラドーム大阪で開催された「2022 MAMA AWARDS」のレッドカーペットイベントに出席した今田美桜。 - 写真提供=OSEN/共同通信イメージズ

ヒロインのぶ(今田美桜)と、後に夫となる嵩(北村匠海)の子役時代が終わったところだが、雪衣語録の「喜びも悲しみも」のうち、悲しみ多めの展開だ。が、悲しみを悲しみのままにせず、手が差し伸べられる。子どものいない60代の私ゆえ、「アンパンマン」についての知識はごく乏しい。それでもこれは、嵩のモデルであるやなせたかしさんが「アンパンマン」を通じて描いた世界観なのだとわかる。


■「帽子」がドラマを動かしていった


「ああ、あれがここに」は子役時代の2週間なら、帽子だ。


初回、のぶ(永瀬ゆずな)の父・結太郎(加瀬亮)が出張から帰る。駅の改札口で待っていたのぶに、結太郎は「元気にしとったか?」と言って帽子をかぶせる。そして4話。再び出張に行く結太郎が、同じ改札口でのぶに帽子をかぶせる。嵩(木村優来)の伯父・寛(竹野内豊)が医者で、結太郎が診察を受ける場面も描かれていた。だから旅先で必要な帽子を娘に渡す結太郎に、心が波立つ。案の定、結太郎が出張から帰る船上で死んだことがのぶと家族に告げられる場面が待っていた。


その後も帽子がドラマを動かしていく。作話の技術としてはきっと当たり前なことなのだろうが、「おむすび」にはなかったことだ。うまいなーと思ってしまう。


悲しみをそのままにしない、と先述した。のぶの悲しみに寄り添ったのは、まずは嵩だ。嵩は絵が上手な少年で、父を亡くし、母に捨てられる寂しい少年だ。父を亡くして泣けなかったのぶがやっと泣いたのは、嵩のスケッチブックに描かれた絵を見た時だ。結太郎がのぶに帽子をかぶせている。


のぶの悲しみを救うもう1人が、屋村(阿部サダヲ)だ。アンパンマン界に疎い私でも、その容姿からジャムおじさんだとわかる屋村。口が悪くて、正体不明だが、のぶの家にあんぱんを持ってやってくる。そのあんぱんを家族全員が食べる。「ほんまにおいしい、ここがホカホカします」と胸を押さえたのは、のぶの母・羽多子(江口のりこ)で、「ばたこさん」なのだそうだ。アンパンマンファンにはこんな「キャラ探し」も楽しいに違いない。


■全出演者が自分の相撲を取っている


このシーンで5話が終わり、「あさイチ」が始まった。プレミアムトークのゲストが阿部サダヲさん。視聴者からの質問に、「(のぶの祖父役の)吉田鋼太郎さんとのやりとりは、アドリブですか?」があった。答えは、「アドリブっていうか、お相撲さんでいうなら『自分の相撲を取り切っただけです』みたいな」だった。


「優勝力士みたいなこと言って」と博多華丸さんが言っていたが、「あんぱん」は全出演者が自分の相撲を取っていると思う。


北野武監督の映画では怖くて悪い人になる加瀬さんが、のぶに「夢は大きいばあ、ええがや。女子(おなご)も遠慮せんと大志を抱けや」と語る。力を込めずに励ます感じがたまらない。朝ドラには、励ましてほしい。できればかっこいい男子に。そういう女子のファン心、中園さんはわかっている。


のぶとの最後の別れとなった駅の場面では、自分の夢はなんなのだろうかと尋ねるのぶにこう答えた。「それはゆっくり見つけたらえい。見つかったら、思い切り突っ走ればええ。のぶは足がはやいき、いつでも間に合う」。足は遅いし、もう64歳だけど、私まで走りたくなる。明日の「あんぱん」も楽しみだな、と思う。


■登場人物の隅々まで“ドラマ”を感じる


昭和初期に今どきの感性、と先述した。結太郎の言葉でも明らかだが、ここで推したいのがのぶの祖母・くら(浅田美代子)だ。頑固で直情径行な石屋の大将である夫・釜次(吉田鋼太郎)を手玉に取っている。釜次が払い渋るパン代を横から払い、「安心しい、へそくりや」。釜次が「俺の目の黒いうちはここでパンを焼くなど許さん」と言うと、「目が白うなるのを待とっか」。ありがちな「夫を立てているように見せる」感じが一切なくて、そこがとても良い。


「アンパンマン」への道なのだろう、嵩には孤独の影が濃い。母・登美子(松嶋菜々子)は「用事を済ませてくる」と言って出ていき、帰ってこない。届いた葉書を頼りに登美子を訪ねると、「用事」とは「再婚」だった。嫁ぎ先は大きく立派な家。再婚相手が人力車で帰って来る。娘がいて、「お母さま」と登美子に声をかける。小さい嵩がいっそう小さく見える。が、ここで効いてくるのが、松嶋さんの美しさだ。派手な着物がよく似合い、下品にならない。嵩を追い返す非情さも、これが彼女の生きる道だと説得される。


演じるそれぞれが、自分の相撲をとっている。「あんぱん」の進む道が全員に見えているから、できることだろうと思う。「丁寧に朝ドラを作る」とは、演じる人への丁寧さでもある。たとえば釜次の弟子・豪(細田佳央太)がそうだ。彼が台詞を発する回数は少ないが、それは確かな意味を持つ。半年続く朝ドラは、群像劇の要素がないともたない。登場人物の隅々までドラマが必要で、「あんぱん」はきちんとそうなっている。


画像=プレスリリースより

■のぶと中園さん、どちらもただ者ではない


つい、書いてしまうが「おむすび」はそうではなかった。結とその家族以外は、「最初は怒っているけど、味方になる人」か「いつも同じところに集まって話している人」しかほぼいなかった。ヒロインと家族とその他大勢。愛が足りない、朝ドラへの愛が。


最後に変顔の話をする。初回からの2週間で、のぶは2度、変顔をした。最初は祖母・くらに「もっと女らしゅうしなさい」と言われた時。結太郎が「女子も大志を抱きや」と言っていた家庭だから、「女らしく」方向で諭されることはそれまでなかったし、くらの「女らしゅう」にもひねりが利かせてあった。「あんたは黙ってニコニコしてたら、可愛らしゅうがじゃき、あてに似て」とくらが言った。


それを聞いたのぶがしたのが、変顔だった。何も言わず、ただ変顔。くらの現実的提案を変顔でいなすのぶに、こちらもニヤリとなる。次に変顔をしたのは、それから7年、高等女学校4年生になった時だった。


幼い日にのぶと嵩が走っていた道で、通学途中ののぶが嵩を追い抜く。「失礼いたします」と女らしく追い抜いたように見せておいて、一転、「漫画読みながらのろのろ歩き寄ったら、遅刻するでボケ」と言う。「君」と抗議しようとする嵩に、振り向くのぶ。くらに見せたのとそっくりな変顔だった。


令和の時代に昭和を描き、古臭く見せない。「女らしく」方向には、同じ形の変顔で。のぶと中園さん、どちらもただ者ではない。


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矢部 万紀子(やべ・まきこ)
コラムニスト
1961年生まれ。83年、朝日新聞社に入社。宇都宮支局、学芸部を経て、週刊誌「アエラ」の創刊メンバーに。その後、経済部、「週刊朝日」などで記者をし、「週刊朝日」副編集長、「アエラ」編集長代理、書籍編集部長などをつとめる。「週刊朝日」時代に担当したコラムが松本人志著『遺書』『松本』となり、ミリオンセラーになる。2011年4月、いきいき株式会社(現「株式会社ハルメク」)に入社、同年6月から2017年7月まで、50代からの女性のための月刊生活情報誌「いきいき」(現「ハルメク」)編集長。著書に『笑顔の雅子さま 生きづらさを超えて』『美智子さまという奇跡』『朝ドラには働く女子の本音が詰まってる』がある。
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(コラムニスト 矢部 万紀子)

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