厳罰だけでは解決しない…「ラクにお金を稼ぎたい」闇バイトに加担した少年に向き合う"家裁調査官"の本音
2025年4月16日(水)9時15分 プレジデント社
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kitocrafts
■少年たちの罪悪感が“うまく”消されている
——昨今、報道が加熱している闇バイトですが、なぜここまで蔓延しているのでしょうか。
誘い文句自体に「闇バイト」ではなく、「ホワイト案件」などという言葉が入ってきたように、誘い文句がどんどん巧妙になっているのもさることながら、厄介なのは犯罪組織が少年たちの罪悪感や警戒心をうまく消しているところです。
闇バイトに加担した少年が、指示役に丸め込まれた一例に、こんなやりとりがありました。
「年寄りはズルして貯め込んだお金の使い道に困っている。死んだら国に取られる金を回してもらうだけ」
「捕まっているのは素人だけ。うちはプロ集団ですから絶対安全、捕まることは100%ありません」
上記のように一度、犯行を躊躇した少年に対して、いかにも真っ当に見える理屈や「安心、安全」を説くケースが報告されています。
もちろん、実際に逮捕された少年の弁解は言い訳がましく、警戒心のなさや見通しの甘さを露呈させますが、犯罪組織が罪の意識を拭っていることも事実です。少年の立場からしても、ほんの少し怪しさや警戒心を感じたとしても、指示役の言い分に納得してしまうのです。
■「安全性バイアス」が働いてしまう
また「受け子」「出し子」といった分業化を進めることで、被害者とも接触せず、罪悪感なく犯罪の一端を担ってしまう。あるいは、「闇バイト」の危険性についての報道を見ていても、「自分たちはそんなヘマはしない」と思っていたと話す少年もいます。
これは心理学でいうところの「安全性バイアス」と言われる心理(自分にとって都合の悪い情報には目をつぶり、都合の良い情報だけを取り入れようとする認知の特性)です。
そして気づいた時には、住所などの個人情報を握られ、警察に逮捕されるまで抜け出せなくなったり、指示されるがままに詐欺どころか侵入盗、強盗致傷といった凶悪犯罪に至るといった事例が増加していると感じます。
写真=iStock.com/kitocrafts
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kitocrafts
——そもそも最初から、危険な匂いのする案件に応募しなければ問題ないのでは。
そう判断できるに越したことはないですが、昨今は以前に比べて犯罪の垣根が低くなっていると感じます。例えば、SNSやビジネス向けのサイトを見ると、「稼げる副業」「コスパの良い投資」のような謳い文句を掲げた情報を多々目にしますよね。
■犯罪組織につけ込まれやすい構図に
今の若い世代は、幼少期から安直で即効性のある情報に触れることで、楽して効率的に稼ぐのが賢いという価値観が当然のことのように身についている。そうして自然と、安い給料の職場に就職したり、現場仕事のきついバイトで汗水たらして堅実にやりくりするよりも、もっと賢いやり方でスマートに立ち回りたいという思考回路になる。
言い換えれば、少年の心理の中にも、犯罪組織につけ込まれやすい構図が出来ていると言えます。
中には、闇バイトの報道で警戒心が高まっていることを見越して、あえて報酬を低く設定する募集案件もあるかもしれません。昨年秋から、大手求人サイトやバイトアプリでも、闇バイトに対する警告の文言が掲載されるようになりました。仮に、安全に思えるプラットフォームで日給1万円と募集されていれば、まさか闇バイトだとは思わないでしょう。犯罪組織と取り締まりはいたちごっこだなと感じます。
写真=iStock.com/MangoStar_Studio
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/MangoStar_Studio
——闇バイトが蔓延する背景には、幾重にも要因が重なっているのですね。
加えて、犯罪の入り口も拡がっています。SNSが普及する以前であれば、例えばシンナーを入手するのも、まずは不良グループの先輩から売人のいる場所を教えてもらわなければ買えなかった。それが今では、全く普通の生活を送っている学生でも、SNSで大麻や売人を意味する隠語を検索すれば、誰でも違法薬物にアクセスできる。心理的にも物理的にも犯罪の垣根は低くなっているなと感じます。
■罪の自覚を持たせ、更生のために模索する
——若者の犯罪意識が低下するなか、事件を起こした加害者と向き合うのは難しいようにも感じます。
事案によってケースバイケースですが、薬物絡みの事案でよく聞く言い分は、「海外では合法だから」「体に悪影響はないから」という一種の開き直りです。少年との面接の際、我々が大麻には依存性があることを指摘すると、少年は「でも調査官の人は使ったことないから分からないでしょ」と反論してきます。
ただ当然、それで怯んで引き下がっていては家裁調査官は務まりません。いかに少年に罪の自覚を持たせ、更生させていくためにどう対話するか模索する日々です。
——実際に、どうすれば少年が更生していくのか気になるところですが、大前提として家裁調査官の役割について教えてください。
家裁調査官とは、主に家庭裁判所に勤務する国家公務員です。離婚や親権、面会交流など夫婦や親子といった家族に関わる紛争を扱う「家事事件」と、20歳未満の少年が起こした犯罪に対する処遇を決める「少年事件」を担当しています。
少年事件であれば、少年が「なぜ非行を犯したか」「どうすれば二度と非行に至らないか」を少年と一緒に考えるのが私たちの役割です。
■少年と向き合いながら“犯行動機”を探る
——具体的に、どのように少年と向き合っているのでしょうか。
我々は罪を犯した少年を、法律だけで一方的に裁くことはしません。正確に言えば裁けないと表現してもいいかもしれません。
なぜなら少年は、「犯行動機」を自分自身では理路整然と説明できないことが多いからです。「悪気はなかった」「なんとなく流れでそうなってしまった」などと、罪の意識が明確でないため、まずは非行に至った経緯を一緒に振り返ることから始めます。
一人の少年との面接時間は、観護措置をとられている(身柄を拘束されている)ケースであれば、3〜4回の面接で計6〜10時間程度でしょうか。非行場面での少年自身の動きや感じていたことから始まって、各々の成熟度や発達特性、ものの考え方の特徴、生育環境や友人関係の影響など、様々な要因を考えに入れつつ、少年の内面をひもといていきます。
ネグレクトや身体的な虐待といった被害的な経験を経ていると疑われる場合は、生育環境の影響についても仮説を立てながら調査を続けていきます。そして調査で見えてきた非行の背景を、少年自身が理解できるように噛み砕いて共有し、更生について一緒に考える。ここまでが我々の役割です。
写真=iStock.com/Graphicscoco
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Graphicscoco
■スムーズに口を開いてはくれない
——具体的には、どのように非行の背景を分析していくのでしょうか。
例えば、闇バイトに応募した動機について、「ラクしてお金を稼ぎたかった」と答える少年がいるとします。そうした欲望は、私を含めて年齢や境遇に関係なく誰もが思うことなので、決して責めることはしません。
ただ、現実的に、楽に金を稼ぎたいと思った人が、皆闇バイトに手を染めるわけではないですよね。また、薬物や性非行などの動機として「ストレスがあったから」と言う少年もいますが、じゃあストレスを抱えた人が薬物や盗撮に手を出すかというとそうではない。
つまり、出発点は皆が持っているような普遍的な気持ちだったとしても、それが発展して非行に至るのはなぜなのか。その分岐点と道筋を、少年との対話の中で探っていきます。
非行に至った時にどんな気持ちだったか。これからどうなると想像していたか。なぜ自分は犯罪に踏み切ったのか。どこで道を踏み外したのか——。同じ問いかけを繰り返しても、少年によって回答は千差万別なのです。
——なかなか心を開いてくれない難しい少年もいるのではないでしょうか。
おっしゃる通り、スムーズに口を開いてくれる少年ばかりではありません。ふてくされてケンカ腰で調査に現れる少年や、何を聞いても「普通」「知らん」としか答えてくれないような少年もいます。
ただ、「今このことをあなた自身が本気で考えないと、また同じことの繰り返しになる。それでもいいのか」と問い続けます。大事な質問ほど、これまで否認してきた自身の弱さや甘さと向き合う瞬間であるので、少年本人にとってはつらい作業だろうと思います。
■質問を繰り返して、内面に迫る
また、少年との対話の中で、言葉による問いかけだけでこれまでのことを話し始めてくれる少年ばかりではありません。
我々が用いる補助ツールの一つが、心理学でいう認知行動療法的なプログラムです。大麻を使用していた少年を例に取ると、「大麻を使って都合が良かったこと/悪かったこと」「大麻をやめると都合が良いこと/悪いこと」と、4項目に分かれた1枚の紙を渡し、それぞれの枠に回答を記入してもらいます。
回答済みのシートには大麻を使って都合が良かった欄には「音楽が綺麗に聞こえる」「リラックスできる」「嫌なことを忘れられる」と書いてある。一方で、悪い欄には「つかまる」とだけ書かれてある。
書かれた回答をもとに、少年にとっての損得や、非行のトリガーになったのは何かということを少年と共有していきます。ほかにも様々なツールがありますが、質問を繰り返すうちに、皮が一枚ずつ剝がれていくように、彼の内面を垣間見ることができる瞬間があります。
・かつて父が家出して、母が少年の前で父の悪口を言うようになったのが鬱陶しかった。
・たまに帰ってくる父が偉そうに説教してくるのがウザかった。
・両親は俺のために離婚しないと約束するけど、実際は離婚に踏み切ろうとしており、嘘をつかれていることに腹が立った。
・父母ともに自分勝手で、自分はストレスを抱えているのが気に食わず、友人からの誘いで大麻を吸引したら気が晴れた。
・非行に気づかない親にイラつく一方で、ざまあみろという気持ちもあって吸引を続けていた。
■「別の選択肢」も考えていく
このようにひもといていくと、少年がうまく言語化できていないけれども、了解可能な側面が増えてきます。少年の面接と同時並行的に実施する保護者(家族)の調査で、家庭環境や少年の生い立ちを探ることも、少年を理解する上で大きな手掛かりとなります。
——そこから更生を促すためにはどうされていますか。
多くの少年は、罪を犯したことを「後悔」はしているんですよ。大麻で捕まった少年の話を続けると、少年が「もう捕まりたくない」と思うのは後悔であって、必ずしもそれは「大麻を断ちたい」と同義ではない。
後悔と反省は別物です。なぜ非行に至ったのかを少年自身が理解して、再犯しないための手立てを具体的に考えるのが「反省」の第一歩であり、そこからが更生の始まりです。
写真=iStock.com/fizkes
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/fizkes
更生の手段の一つとして、犯罪以外の「別の選択肢」を一緒に探っていくやり方があります。一例を挙げると、感情をコントロールしにくい性格により、暴力を起こしてしまう少年であれば、アンガーマネジメントの方法を教えてみる。同様に、家庭内でストレスを抱えてしまい、その発散手段として大麻に手を出した少年であれば、バイトや習い事など別の居場所を探してみる。
生い立ちや親からの影響など自身で変えられない側面もありますが、生活環境や交友関係、ものの考え方など、少年自身で変えられる部分もたくさんある。そうして少年との対話の中で、犯罪に頼らなくていい人生の可能性を探っていくのも我々の職務です。
■単純に“悪者”と決めつけられない
——一連の話を聞いていると、かなり根気と責任の求められる職務だと感じました。
とはいえ、調査では他の機関とも連携しています。少年鑑別所から日々の行動観察の結果や心理テストの結果を共有してもらったり、児童相談所の指導歴があれば指導状況を聞いたりもします。
高島聡子『家裁調査官、こころの森を歩く』(日本評論社)
また、調査で得られた情報を審判で裁判官からぶつけてみることで、調査とはまた違った言葉が少年や保護者から出てくるといったこともあります。
家庭裁判所の手続だけで少年の更生が叶うわけではありません。調査で何かがつかめたとしてもそれはほんのきっかけであり、そういった情報を保護観察所や少年院といった、これから少年たちに関わっていく処遇機関にバトンタッチしていくのも、我々の仕事の大事な部分です。
少年が非行に至ったからといって、単純に加害者が悪者であると決めつけられないと感じています。少年非行を巡る報道では、世間から「どんな理由であれ、非行に至った少年が悪い」「家裁の処分は甘い」という声を聞くこともありますが、私からすれば少年の変化の可能性を甘く見ているようにも受け取れます。
■少年の人生の重要局面に立ち会う仕事
少年が口先だけで「反省しました。もうしません」と言ったとしても、調査官は「そうか、もう大丈夫だね」と簡単に引き下がることはしないので、決して少年を甘やかしているつもりはありません。
何度家裁に係属しても、少年院に行っても、非行を繰り返してしまう少年も確かにいます。ただ、多くの少年は、周りの大人が本気で関われば、何らかの変化のきっかけをつかんで非行から離脱していきます。
家裁調査官の職務内容や、家庭裁判所の手続きはあまり表に出ることはありませんが、秘匿性の高い手続の中で少年の人生の重要な局面に立ち会っています。我々調査官にできるのは、目の前の一人一人の少年と向き合うことでしかありませんが、少しでも我々の仕事を知っていただくことで、少年事件への理解が深まればと思っています。
----------
高島 聡子(たかしま・さとこ)
京都家庭裁判所次席家庭裁判所調査官
1969年生まれ。大阪大学法学部法学科卒業。名古屋家裁、福岡家裁小倉支部、大阪家裁、東京家裁、神戸家裁伊丹支部、広島家裁、神戸家庭裁判所姫路支部などの勤務を経て2025年から現職。現在は少年事件を担当。訳書に『だいじょうぶ! 親の離婚』(共訳、日本評論社、2015年)がある。
----------
(京都家庭裁判所次席家庭裁判所調査官 高島 聡子 構成=佐藤 隼秀)