「オートファジー」が植物の接木に関与
2025年4月18日(金)14時17分 PR TIMES
吉本光希 明治大学農学部生命科学科 教授、野田口理孝 京都大学大学院理学研究科 教授 兼 名古屋大学生物機能開発利用研究センター 特任教授、黒谷賢一 同准教授(研究当時:名古屋大学同センター 特任准教授)、篠崎大樹 東京大学大学院農学研究科 助教(研究当時:明治大学研究知財戦略機構 博士研究員)、岡田健太郎 名古屋大学同センター 特任助教、田畑 亮 明治大学農学部農芸化学科 准教授(研究当時:名古屋大学 生命農学研究科 特任講師)、豊岡 公徳 理化学研究所環境資源科学研究センター 上級技師らの研究グループは、植物に接木を実施したときに生じる傷の修復過程にオートファジーが関与していることを発見しました。
接木は二つ以上の植物個体を人為的操作によってつなぎあわせて育成する、有史以前より利用されてきた農業技術です。その成立には個体間の自他認識、傷口からの病原体等の侵入抑制、組織の脱分化、カルス形成、細胞間の癒合、通道組織の再構成など、多数の生理応答が関わっていると考えられますが、まだまだ不明な点が多く残されています。今回、傷口の修復過程において、特に切断面の上側の細胞群がオートファジーによる自食作用で分解を受けることが新たなカルスの形成を促し、接木の成立に寄与することを示しました。これにより接木や、植物の傷修復時に起こる生理現象の一端が解明され、植物の傷害応答についての理解や、接木の農業利用のさらなる応用につながることが期待されます。
本研究成果は、2025年4月12日に国際学術誌「Nature Communications」にオンライン掲載されました。
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研究の背景
オートファジーは真核生物に見られる細胞の分解機構の一つであり、そのメカニズムの解明によって大隅良典博士が2016年、ノーベル生理学・医学賞を受賞されています。オートファジーでは細胞内の小器官(オルガネラ)やタンパク質などの成分を細胞内の分解コンパートメントに輸送して分解されます。これによって分解された物質は新たな細胞成分の構成に再利用されると考えられています(図1)。しかし、植物におけるオートファジーの働きについては、まだ未解明な点も多く残されています。
一方、植物の接木は二つ以上の植物をつなぎ合わせることで、良食味、高収量性、耐病性、さらには耐暑性、耐寒性などそれぞれが持つ形質を併せ持った個体として生育させる技術で、農業に不可欠な技術として世界中で利用されています。農業技法として二千年以上の歴史を持ちますが、植物の組み合わせによって接木は成立しないことが未解決の課題であり、接木の成立するメカニズムの科学的な解明が望まれてきました。接木は傷を修復する植物本来の機能を利用した技術であることから、一般に近縁であるほど成立しやすく、遠縁になるほど成立しにくくなることが知られています。
本グループが着目するN. benthamiana(ベンサミアナタバコ)は、ナス科タバコ属の植物で、植物科学において最も広く用いられている実験モデル植物の一つです。これまでの本グループの研究によって、ベンサミアナタバコは他の植物よりも極めて高い接木親和性を持っており、二千年以上の歴史で実現が不可能であると考えられていた異なる科に属する植物間の接木(異科接木)が可能である植物であることが2020年に報告されました。これまでの研究によると、どのような植物も近縁な植物との接木の際には傷の修復機構を一時的に働かせますが(草本性の植物の場合は3日から1週間程度)、ベンサミアナタバコを科の異なる遠縁な植物と異科接木した場合、その修復機構は強く長期的に働くことが示唆されました(〜数週間)。そのため、ベンサミアナタバコの異科接木を解析することで、接木の成立するメカニズムの理解が進むことが期待されました。
研究の手法と成果
今回、ベンサミアナタバコとシロイヌナズナの異科接木において、接木境界部分の透過型電子顕微鏡観察を行ったところ、オートファジーの特徴的な膜構造であるオートファゴソーム1)と考えられる構造物が見つかりました。オートファゴソームの形成に関わるATG8遺伝子2)に蛍光タンパク質であるGFPを結合した分子をマーカーとして観察したところ、オートファゴソームは接木境界付近の、特に栄養枯渇が生じる穂木(接木の上の部分)の細胞に顕著に見られました。同様の観察を、近縁な植物種間の接木においても行った結果、オートファジーの活性化は通常の接木(同科接木)においても働くことが分かりました。
また、オートファジーに関わる遺伝子の機能を欠損させた変異体では接木の成功率や、接木後の生育速度が低下することが異科接木においても同科接木においても示されました。さらに、オートファジーの変異体では接木後のどのような現象が損なわれているのかを調べたところ、これらの変異体では接木の傷口に組織の修復のために形成される新規の細胞群であるカルスの量が減少してしまうことが明らかとなりました。このオートファジー変異体におけるカルス形成の不全は、特に栄養欠乏条件下で顕著でした。すなわち、正常な植物では、栄養欠乏条件下でカルス形成を促すには、オートファジーが働くことが重要であるということが示唆されます。興味深いことに、接木でも組織の切断により地上部と地下部の間の栄養供給の流れが断絶され、接木した組織の近傍は、組織が修復されるまでの間は、一時的に栄養欠乏状態となってしまいます。そのため、接木した組織の修復のために傷口で細胞を増殖させる植物にとって、オートファジーを活性化することが特に重要であることが分かりました。
以上のように、接木を行うと一時的に栄養欠乏状態となった傷口でオートファジーが誘導され、接木部位でのカルスの形成が促進されることで、二つの組織の結合が果たされることが明らかとなりました。
波及効果、今後の予定
植物の接木は農業的に重要な技術の一つですが、その成立には多くの要因が複雑に関わっていると考えられ、包括的な理解が求められています。これまでに本グループでは接木後の細胞間の癒合メカニズムやその後の通道組織の再構築について知見を深めてきました。今回、カルスの増殖過程におけるオートファジーの関与を示し、接木の分子メカニズムの理解がまた一歩進みました。これらのことから、今後、接木技術のさらなる効率化や、利用範囲の拡大によって、食の安定性、農業の持続可能性がより高まることが期待されます。
研究プロジェクトについて
本研究は、以下の支援を受けて行われました。
・科学技術振興機構(JPMJTR194G)
・科学研究費助成事業(18KT0040、19H05361、19H05713、20H03273、21H00368、21H05657、22H04926、22K06181、24H02142、25H01341)
・新エネルギー・産業技術総合開発機構(JPNP20004)
・公益財団法人キヤノン財団(R17-0070)
<用語解説>
- オートファゴソーム:オートファジーによって形成される小胞であり、分解される物質を二重の膜で取り囲んでいる。植物の場合、液胞膜に外膜が融合することで取り込まれ、液胞に含まれる分解機構によって内容物ごと分解される。
- ATG8遺伝子:オートファジーに関わる遺伝子として酵母では41種類のATG遺伝子が知られており、その多くが動物や植物にも保存されている。ATG8はオートファゴソームに結合して機能していると考えられる。
<研究者のコメント>
「オートファジーの植物における意義などは、まだ分かっていないことも多くあります。本研究は接木の成立するメカニズムを知りたいという動機で始まりましたが、その現象は単に農業技術にとどまらず、植物が外部から切断等の傷を受けた際にそれを克服するという生存戦略に本質的に関わっている生理現象の探求につながっていることがわかってきました。」(黒谷賢一)
<論文タイトルと著者>
タイトル:Autophagy is induced during plant grafting to promote wound healing
(オートファジーは接木によって誘導され、傷の修復を促進する)
著 者:Ken-ichi Kurotani*, Daiki Shinozaki*, Kentaro Okada*, Ryo Tabata*, Yaichi Kawakatsu*, Ryohei Sugita, Yuki Utsugi, Koji Okayasu, Moe Mori, Keitaro Tanoi, Yumi Goto, Mayuko Sato, Kiminori Toyooka, Kohki Yoshimoto†, Michitaka Notaguchi† *First authors, †Corresponding authors
掲 載 誌:Nature Communications DOI:10.1038/s41467-025-58519-6(https://www.nature.com/articles/s41467-025-58519-6)
<参考図表>
[画像3: https://prcdn.freetls.fastly.net/release_image/119558/204/119558-204-57a21383cc8954aa0302e69384f2901d-793x663.png?width=536&quality=85%2C75&format=jpeg&auto=webp&fit=bounds&bg-color=fff ]図1 植物のオートファジー経路の概略
図の中の番号はATG遺伝子の番号を表す。オートファゴソームは液胞に癒合して内容物ごと分解される。