「株安・ドル安・債券安のトランプvs.不動産バブルで崖っぷちの習近平」地獄の関税チキンレースを勝利する条件

2025年4月21日(月)9時15分 プレジデント社

トランプ米大統領(左)と中国の習近平国家主席=2019年6月、大阪 - 写真=ロイター/共同通信社

■米中貿易戦争、チキンレースの末路は


米中の関税率引き上げ競争で、貿易戦争は一段と熱を帯びてきた。米国が対中国の相互関税を発表すると、中国もすぐに報復の発表を行った。11日時点で、米国の対中追加関税は145%、中国は米国に対して125%の報復関税を実施した。これだけの高関税は、米中両国だけでなく、世界経済にとって重大なマイナスの影響を与えるはずだ。


写真=ロイター/共同通信社
トランプ米大統領(左)と中国の習近平国家主席=2019年6月、大阪 - 写真=ロイター/共同通信社

ただ、激化する貿易戦争とは裏腹に、米中両国とも大きな問題を抱えている。関税政策自体は、両国にとって問題の解決につながるとは考えにくいが、トランプ氏・習近平氏にとって意地でも負けられない我慢くらべの様相を呈している。


米国内でトランプ氏は、強引な関税政策で景気後退とインフレ再燃の懸念の問題を抱えている。また、朝令暮改の政策運営は国内でも批判の声が出始めており、国際的にも米国の信用が低下しつつある。金融市場では、米国株安・ドル安・米国債安という米国売りの兆候も出始めた。


一方、中国では、習政権下で不動産バブルが崩壊し景気の低迷が続いている。家計の節約志向は高止まりし、デフレ圧力も高まっている。そうした状況下で、高関税の影響で対米輸出が減少すると中小企業の倒産は増加するだろう。失業率は高まり、習政権に対する不満が蓄積することが考えられる。


■2人のプライドが溶かす世界経済


トランプ・習近平の両氏は、意地の張り合いの中で我慢くらべをしているように見える。両氏の本音は、今すぐにでも解決に向けた協議をはじめたいはずだ。ただ、トランプ氏も習氏も、支持者への手前、意地を張らざるを得ない。


今後、どちらが勝つかを判断することは難しいが、両者にとって選挙の有無は重要なポイントかもしれない。習近平氏には実質的に選挙はない。一方、トランプ氏は来年秋に中間選挙を控える。その意味では、トランプ氏のほうが不利との見方はある。ただ、今後の展開はまったくと言ってよいほど読めない。これからの状況次第では、両国だけではなく、世界経済に何が起きるか予測不能の状態だ。


政権の発足以降、トランプ氏は朝令暮改の政策運営が目立つ。当初、同氏はメキシコ、カナダに25%の関税を課すと明言した。ところが、その後、米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)適合品に限って4月2日まで猶予するとしていた措置を継続するとした。


相互関税に関しても同じようなことが起きている。4月2日、トランプ氏は、“相互関税(貿易相手国を対象とする10%の基礎部分と個々の国に設定した上乗せ部分からなる)”を発表した。5日、基礎部分は発動した。


■株安・ドル安・債券安、三重苦の米国


それをきっかけに、主に中国との貿易戦争激化の懸念は急上昇した。多くの投資家はリスクオフに動き、米国をはじめ世界的に株価の下落は鮮明化した。米国では、相互関税によって目先の収益見通しを提示できない企業も増えた。


為替市場では、景気減速や失速懸念の上昇から米ドルが売られた。3月末から4月11日までの間、ドル・インデックス(主要通貨に対する米ドルの水準や変化率を示す指標)は約4%下落した。


通常、投資家心理がリスク回避に傾くと、質への逃避が起きて無リスク資産である米国債の需要は増加する。ところが、今回、相互関税の発表直後こそ、米国債の価格は上昇(金利は低下)したものの、その後、米国債が売られ長期金利は上昇した。相互関税など一連の政策が、米国の物価の上昇と景気の減速、さらには失速のリスクを高めるとの見方は一段と増えた。


大手金融機関の経営者や米国の著名経済学者も、トランプ関税は米国経済の成長率低下とインフレ急進、さらには世界経済を貿易・経済戦争に晒(さら)すとの批判や不安を相次いで表明した。


■政策迷走、失われる米国の信用


その結果、再度、トランプ氏は政策の朝令暮改をせざるを得なかった。9日の発動から13時間後、同氏は、中国以外の国と地域に対する相互関税の上乗せ部分を90日間停止すると表明した。米国売りの兆候を懸念する一方、有権者の手前上、中国に対して振り上げたこぶしを下ろせない状況になったのだろう。こうした朝令暮改の政策運営で、トランプ氏は、米国にとって最も重要な信用力を失いつつある。中長期的に、その意味は決して小さくはないはずだ。


米国の対中追加関税の引き上げに対し、中国は“最後まで付き合う”と強硬姿勢を示した。ナショナリズムが高揚しつつある中国で、習氏は安易に米国との宥和姿勢を示すことはできないだろう。


一部では、習国家主席は、さらに自らの政治基盤を強化することを狙っているとの見方もある。学習塾やITプラットフォーマーへの締め付けを強め、思想教育を徹底したのはそうした意図あってのことかもしれない。習氏は綱紀粛正も徹底した。それは、ある意味で中国の民間企業の成長力を削いだ。


■バブル崩壊、中国も経済の大波に揺れる


習政権は急速に不動産向けの融資規制を実施し、不動産バブルを崩壊させた。その結果、所得・雇用環境は悪化傾向にある。2月、16〜24歳の失業率は16.9%に上昇した。夏場、大学卒業者が就職活動をし始めると、失業率はさらに上昇するとの懸念もある。


一方、中国のBYDなど電動車メーカーの競争力向上は顕著で、日米欧の自動車メーカーは中国で大規模なリストラを実施せざるを得なくなった。そうした中国経済の強みはあるものの、経済全体で見ると、景気の先行きには不透明要素が多い。チャイナリスクを抑えるために、中国以外の国や地域に製造拠点を移す多国籍企業も多い。


3月の全国人民代表大会(全人代)で、政府は大手国有銀行に公的資金を注入すると発表した。それは内需の回復に必要な要素の一つではあるが、過去の過剰なマンション開発の実行で不動産デベロッパーの業績悪化は深刻な状況が続いている。


不動産需要の減少で、地方政府の重要な財源の一つである土地利用権の譲渡益も減少し、医療や年金など社会保障への不安も高まっている。それでは、個人消費の本格的な盛り上がりは期待しにくい。一部では社会心理は不安定化し、無差別に市民をターゲットにした傷害事件が増えているとの指摘もある。


写真=iStock.com/Mirko Kuzmanovic
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Mirko Kuzmanovic

■習近平氏の退路、党内からの突き上げも


そうした状況下、習氏が米国に対する弱腰の姿勢をとれば、おそらく、かなりの批判を浴びることになるだろう。半導体やAI関連の先端分野での規制や制裁にひるんだり、譲歩したりするようなことがあれば、中国国内からの批判は急上昇するだろう。党内や軍部からの突き上げに直面する恐れもある。


結果的に、同氏は対米強硬姿勢をとらざるを得ない。本音では協議を始めたいところだが、意地を張ってでもハードラインを取るほか選択肢はないだろう。


現時点で、貿易戦争においてトランプ氏、習氏、どちらが優勢か予想するのは難しい。ただ、両氏にとって選挙の有無は重要なポイントのひとつになるだろう。


来年11月、米国では中間選挙が開催される。中長期的に見ると、トランプ氏の強引ともいえる政策運営で、米国は“信用”という最も重要な要素を失った可能性がある。今後、トランプ関税で物価上昇が鮮明になると、米国の米金利は上昇することが想定される。また、それは、企業や地銀の業績にマイナスの影響を与えることになる。労働市場が軟化することも考えられる。


■中間選挙を見据えた出口戦略はあるか


トランプ氏は中間選挙を乗り切るため、支持率の低下は避けなければならない。今月10日、同氏は、中国との取引(ディール)を実現させたいと述べた。その背景には、貿易戦争のさらなる激化、それによる自身への批判を抑える狙いがありそうだ。その発言から、同氏は中国サイドからの協議のアプローチを待つとの本音が透けて見えた気がする。


一方、習氏の任期は2027年までだ。同氏には事実上選挙のハードルはない。習氏はトランプ氏より有利との見方もある。また、中国がASEAN地域やインドをはじめとするグローバルサウスの新興・途上国との関係を強化し、経済面で対米依存の引き下げにつながる可能性は十分にある。


ただ、これから何が起きるかわからない。習政権では、かつての劉鶴氏のような有能な政策実務家の地位が低下している。経済政策は依然として後手に回り、デフレ圧力の払拭は容易ではない。景気低迷の長期化は、一般庶民の不満を増幅することになる。それはすでに表れ始めているとの指摘もある。


■抗議デモ増加、庶民の不満は頂点に


米人権団体のフリーダムハウスによると、2024年7〜9月、中国のデモ件数は前年同期比27%増の937件だった。雇用、不動産関連の抗議が7割を占めたという。それは習氏の権力基盤の不安定化につながる恐れがあるかもしれない。


今後、米国が、中国に追加の制裁や関税を発動すると、中国で中小企業を中心に企業業績の悪化が懸念される。それに伴い、社会不満はこれまで以上に増えるだろう。そうなると、習氏が中国国内の不満を抑えることが難しくなることが考えられる。


トランプ氏も習氏も、本音では、早期に貿易戦争の落としどころを見出したいだろう。ただ、現時点でそれがどうなるかは定かではない。むしろ、米中トップのチキンレースが鮮明化し、世界経済と金融市場の混乱が深まるリスクを念頭に置くべきだ。


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真壁 昭夫(まかべ・あきお)
多摩大学特別招聘教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授、法政大学院教授などを経て、2022年から現職。
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(多摩大学特別招聘教授 真壁 昭夫)

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