モノと情報の洪水、SNSに「正解」求める消費者たち…メディアと共に変化してきた消費スタイル
2025年4月30日(水)15時1分 読売新聞
家庭電化ブーム到来で店頭に並ぶ洗濯機やテレビ受像器など(1955年1月)
[戦後80年 昭和百年]経済<中>
日本経済は戦前から巨大なアメリカと向き合い、影響を受け続けてきた。米国の圧力に翻弄されるのは、トランプ政権が初めてではない。戦後はそれを何度も乗り越え、共栄の道を探ってきた。歴史を顧みつつ、日米貿易そして消費や雇用の現状と未来を問う。
「SNSでバズっていた美容パックを買った。良かったのでリピートします」「生まれて初めて雑誌を買った。細かい美容情報が載っていてわかりやすかった」
都内のオフィスビルの一室で、大学生男女10人が和気あいあいと語り合っている。話題は、最近買った化粧品などの情報だ。
ドラッグストア向けの化粧品などを展開する「コーセーコスメポート」は2年前から、若者のニーズ調査を始めた。大学生に毎月集まってもらい、化粧品をどんな店やサイトで買ったか、どのように使用しているか、などを紹介してもらう。
近年は消費者が化粧品を買う際、SNSの影響を大きく受けるようになった。若者に何が必要とされているのか、従来の調査だけではわからないと考え、始めた取り組みだ。
担当する宣伝部の土屋ゆきさんは、参加する大学生と普段からSNSで連絡を取り合い、趣味などを把握している。学生がオフィスを訪れた際には、バッグなど持ち物にも目を配る。「アンケートでは分からない、ちょっとした会話やしぐさなどから潜在ニーズを探せる」という。
調査会社クロス・マーケティング(東京)の堀好伸氏は、「消費者の興味関心が多様化するのに伴い、商品・サービスも細分化された。企業のニーズ調査も過去に比べると難しくなっている」と分析する。消費の主導権は、モノの作り手である企業から、買い手である消費者に移りつつある。
あふれる商品 選択の「頼り」
対面で深掘り
現代はモノがあふれる飽和の時代だ。新商品は国内だけでなく海外からもやってくる。たとえば通販サイト、アマゾン・ドット・コムで「マフラー」と検索すれば、6万点以上の商品がヒットする。
何を買うのが「正解」なのか、消費者が頼りにするのはマスメディアではなくSNSだ。様々な分野の商品に精通し、動画でおすすめ商品を紹介するインフルエンサーたちの影響力も大きい。
企業は、消費者の興味関心を捉えようと模索を続ける。コンビニ大手ローソンは2022年から、自社で開発中の新商品や、刷新する定番商品の試食会を始め、年間100回ほど開いている。商品別にターゲット層となる年代、性別の顧客約100人を集め、味や食感から、包装の扱いやすさまで細かく感想を求める。
友永伸宏・商品コンセプト部長は「言葉にできない消費者のニーズを、対面の試食会で深掘りすることで聞き出せる。商品に対するちょっとした悩みも開発に生かせる」と手応えを語る。
年齢より価値観
キリンビールは3月、クラフトビールブランド「スプリングバレー」をどんな人に売り込むのか、販売戦略を再構築した。これまでのように、年齢や性別といった区分でターゲットを絞り込むのをやめた。代わりに「生活をよりよくしたい」「趣味を持っている」といった共通の価値観や行動様式を持つ人を軸に、広い層に向けたテレビCMだけでなく、デジタル向け広告を増やした。
クラフトビール事業部の久保育子さんは「価値観にアプローチする手法の方が、よりお客様の記憶に残り、飲み続けてもらえる」と話す。
明治大の飯田泰之教授(経済政策)は「日本の消費を盛り上げるには、企業が大きな潜在ニーズを探す必要がある。かつてソニーが発売したウォークマンのように、消費者が想像もしなかった新しい需要を取り込む発想が必要だ」と指摘する。
衣食足り 伸び悩み30年
三種の神器
日本人の消費スタイルは、情報を発信するメディアと共に変わってきた。
終戦直後、ないない尽くしだった国民の衣食住を満たしたのは、闇市だった。政府の主食配給量は当時、大人1人が1日2合1
朝鮮戦争の特需を経て、日本は奇跡的な復興を遂げる。1956年の経済白書には「もはや戦後ではない」という言葉が登場し、物不足も急速に解消された。ほぼ全ての家庭に白黒テレビ、洗濯機、冷蔵庫の「三種の神器」や電話が普及し、生活は格段に豊かになっていった。
テレビの力 火付け役
CM
これまで人々は主に新聞や雑誌、ラジオから消費に関する情報を得てきたが、この頃からテレビが加わった。映像と音声を同時に伝えるテレビの力は大きく、企業がCMを打てば、消費者は目新しさにつられて商品を買った。俳優の植木等が「なんである、アイデアル」と言うだけの傘のCM(丸定商店、63年)は爆発的に受け、販売本数は年10万本から900万本まで激増した。
オイルショックを乗り越え、安定成長の下で経済大国としての地位を確立すると、衣食住など生活に必要な消費は一巡した。消費者は、それぞれの価値観で商品を選ぶようになったが、その羅針盤は依然としてマスメディアだった。
バブル景気では、87年公開の映画「私をスキーに連れてって」がスキーブームの火付け役となり、モノ以外の旅行などの消費にも意識が向いた。またトレンディードラマはファッション熱を高めるのに一役買い、百貨店の衣料品販売額は91年には6・1兆円にも及んだ。大手百貨店の元社長は「トレンディードラマの登場人物が着た服は、飛ぶように売れた。売り場の責任者にはドラマを必ず見て、売れそうな服を目立つ場所に陳列するよう徹底した」と振り返る。
情報の洪水
95年にパソコンの基本ソフトウェア(OS)「ウィンドウズ95」が発売されたのをきっかけに、インターネットが急速に普及した。人々はネット空間に新たな情報を求め、やがてネット通販も一般的になる。
2008年には米アップルのiPhone(アイフォーン)が日本で発売された。手のひらサイズのスマートフォンで様々な情報を入手できるばかりか、ゲームも音楽も楽しめる。さらにSNSが普及すると、一人一人がメディアのように情報を発信するのが当たり前になった。
現代人が1日に受ける情報量は、江戸時代の1年分に相当するといわれる。青山学院大の久保田進彦教授(マーケティング論)は、「流れる情報は増えたが、個人が処理できる情報量は大きく増えてはいない。その差が大きくなれば、消費者は不安になる」と指摘する。
日本の家計最終消費支出(個人消費)は、20世紀末に280兆円に達した後に伸び悩み、22年にようやく300兆円を超えた。バブル崩壊後の長い景気低迷だけでなく、モノを取り巻く情報の洪水が、消費者の足をすくませたのかもしれない。
(経済部 岡田実優)