「東京産本マグロ」に1キロ4000円の高値がつく…東京の海で天然本マグロがバンバン獲れるようになったワケ
2025年5月18日(日)17時15分 プレジデント社
豊洲市場で頭角を現してきた伊豆諸島産の本マグロ - 筆者提供
筆者提供
豊洲市場で頭角を現してきた伊豆諸島産の本マグロ - 筆者提供
■東京都の漁業生産量はピーク時の4分の1に減少
マグロといえば、青森県・大間をはじめ、北海道の戸井、宮城県の気仙沼、和歌山県の那智勝浦といった産地が有名だ。ここに割って入るべく、日本の首都・東京で獲れた「天然・生の本マグロ」をブランド化しようという動きが出ている。
東京都の特産品といったら、農産物では谷中ショウガや練馬ダイコンなどが「江戸東京野菜」として知られている。一方、魚はというと、これといって浮かばないのではないだろうか。
東京都に漁業のイメージがあまりないのは無理もない。「江戸前の魚」と称されるアナゴやスズキなどは、主に千葉県や神奈川県内で水揚げされている。
都の漁業といえば、かつては東京湾で盛んにノリ養殖が行われていた。そのほかにもテングサなどの海藻類を中心に、年間の漁業生産量は1988年までおおむね1万トンを超えていた。だが高度経済成長期の水質汚染により“海の砂漠化”と呼ばれる「磯焼け」が進行したり、埋め立てによって漁場が縮小したりしたことから、海藻類の生産は激減。2022年の漁業生産量は約2300トンと、ピーク時の4分の1以下に激減している。
■太平洋の本マグロがよく獲れるようになった
漁業で稼げなければ当然、漁師は減っていく。1988年に約1900人いた東京都の漁師は、2023年には約820人と、25年で半分以下に減少。そのうち60歳以上が全体の37.0%を占めており、高齢化も進む。都の漁業は衰退の一途といえる。
こうした中で、にわかに出現したのが「海のダイヤ」の異名を持つ本マグロだ。
本マグロは、太平洋ではかつて資源が減少傾向にあったため、国際管理機関である中西部太平洋まぐろ類委員会(WCPFC)が関係国の漁獲枠を削減。この保護策が奏功し、親魚をはじめマグロ資源が増加してきた。これに伴い、2024年のWCPFCの年次会合では、30キロ以上の大型魚の漁獲枠が50%拡大された。
WCPFCの見立て通り、太平洋の本マグロ漁獲は近年、好調に推移。これまでマグロの産地としてまったく知られていなかった東京にも波及している。
■島嶼部での年間水揚げ量が4倍に増加
「いったい東京のどこでマグロが陸揚げされているのか」と思う向きもあるだろう。
都内で本マグロが相次いで陸揚げされているのは、23区など内陸部ではなく、東京湾のはるか南、八丈島や三宅島、神津島などの伊豆諸島である。
都に属する離島での大型本マグロの水揚げ量は、2017年まで年間10トンに満たなかった。しかし太平洋での本マグロ資源の増加により、近年は40トンほどに増加している。
伊豆諸島で大型本マグロが盛んに水揚げされるようになったことで、首都圏の台所である豊洲市場(江東区)でも、「東京産本マグロ」が次第に頭角を現してきた。ブランドマグロとして名高い青森県大間産などには及ばないものの、「伊豆諸島から上質のマグロが入荷することが増え、徐々に存在感を増している」と豊洲のマグロの競り人は話す。
時事通信社水産部の調査によれば、今年の4月12日、同市場に入荷した天然・生の大型本マグロは36本。このうち、伊豆諸島産は計17本と半分近くを占めた。競り値は1キロ当たり2500〜4000円で、宮城県の塩釜港や和歌山県の那智勝浦港で揚がった本マグロと肩を並べるほどの存在となった。
有名産地の本マグロと比べても決して引けを取らないレベルで、「伊豆諸島産のマグロが、都内高級すし店で貴重なネタとなることも珍しくない」(豊洲・仲買人)という。
■一定のクオリティ担保のために東京都も支援
伊豆諸島での本マグロの水揚げ増を背景に、東京都は漁業関係者と連携し、離島で揚がる魚の付加価値を高め、「東京の魚」としてブランド化を進めることにしている。
三宅島と八丈島産の本マグロに添付している「東京まぐろ」のステッカー(筆者提供)
都漁連は3年ほど前から「東京まぐろ」と表記されたステッカーを作成し、三宅島と八丈島産のマグロに貼って豊洲などへ出荷している。
ステッカーは大間などの他産地でも多く作られており、一目で産地が分かるほか、漁船名も書かれていることから、上マグロとして定着すれば「◯◯丸のマグロはうまい」と魚市場で指名買いされるほど人気になる可能性がある。
それだけに、「東京まぐろ」のブランド化には一定の基準が必要だ。単に伊豆諸島で揚がったマグロというだけでなく、漁業者が血抜きや神経抜きを行う「活け締め」などの処理を素早く施して鮮度を維持し、身質が良い状態で豊洲などへ出荷することが求められる。
ブランドの確立へ向け、都漁連では「ほかの島の漁業者らも含めた協議会などの設置や、マグロの鮮度を維持するための処理に関する統一基準の設定について検討していく」と話しており、各島の漁業協同組合に協力を求めていく方針だ。
■豊洲の初競り「一番マグロ」の座も夢ではない
三宅島、八丈島のほか、神津島、大島、新島などにも本マグロは揚がる。それぞれ、「地元の島で揚がったマグロ」をアピールしたいというこだわりもあり、2島以外を取り込んで広く東京産をアピールできるかどうかがカギとなる。
都もブランド化を後押しするため、マグロの活け締めのほか、船上でマグロなどを洗う際に使用する海水の殺菌装置の導入などに関し、漁業者への支援を強化しながら付加価値の向上を目指す。さらに、ブランド化に向けたPRや、販路拡大などの流通対策の拡充といった支援も行っていく予定だ。
伊豆諸島周辺の本マグロの漁期は、おおむね冬から春ごろまで。しばらく水揚げは途切れそうだが、今年の冬には「東京まぐろ」のステッカーが貼られた本マグロが豊洲などにたくさん上場されるものとみられる。
いいマグロが揚がって鮮度維持がうまくできれば、豊洲の初競り「一番マグロ」の座も夢ではない。
■マグロのほかにも高級魚の産地になる可能性あり
一方、都や都漁連では、本マグロ以外の魚も「東京産」としてブランド化できないか、検討していくという。今や、マグロを含めた都の漁業生産量のうち9割ほどを離島が稼ぎ出す。伊豆諸島産では、本マグロの漁獲が増える前から、魚市場で高評価を受けてきた魚が少なくない。
たとえば、高級魚・キンメダイは新島や神津島などで水揚げが順調に推移している。両島では、活け締め処理が定着し、身質の良い状態で豊洲市場へ出荷が可能。都によれば、近年、同市場に入荷するキンメダイのおよそ4割が東京都産だという。
このほか、伊豆諸島で水揚げされるタカベや、小笠原諸島のハマダイといった高級魚も「東京ブランド」の候補に挙がっている。これまで知名度が低かった「東京の魚」だが、都や漁業関係者の取り組みにより、伊豆諸島などの魚が「東京ブランド」として定着していきそうだ。
筆者提供
伊豆諸島産のキンメダイは豊洲ですでに高級魚として定着している - 筆者提供
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川本 大吾(かわもと・だいご)
時事通信社水産部長
1967年、東京都生まれ。専修大学経済学部を卒業後、1991年に時事通信社に入社。水産部に配属後、東京・築地市場で市況情報などを配信。水産庁や東京都の市場当局、水産関係団体などを担当。2006〜07年には『水産週報』編集長。2010〜11年、水産庁の漁業多角化検討会委員。2014年7月に水産部長に就任した。著書に『ルポ ザ・築地』(時事通信社)、『美味しいサンマはなぜ消えたのか?』(文春新書)など。
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(時事通信社水産部長 川本 大吾)