見た目はまるでケーキ屋さん…「美味しすぎない」が評判の千葉・竹岡式ラーメン「39名」が大行列を作るワケ
2025年5月27日(火)17時15分 プレジデント社
千葉県柏市にある「柏 濃麺や 39名さくな」の佐久名祐亮さん・美香さん夫妻。 - 筆者撮影
■駅から徒歩20分超の場所に立つ「黄色いおうち」
東武アーバンパークライン・逆井駅から約1.5km。印西道沿いに一軒の人気ラーメン店がある。「柏 濃麺や 39名(さくな)」だ。
2023年1月にオープン。千葉県の南房総出身の佐久名祐亮さん・美香さんご夫婦が営むお店で、決してアクセスのいい場所でないにもかかわらず、行列の絶えない人気店に成長。『ラーメンWalkerグランプリ2024』では見事金賞を受賞した。千葉のご当地ラーメンである「竹岡式ラーメン」を進化させた独自の一杯を提供している。
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千葉県柏市にある「柏 濃麺や 39名(さくな)」の佐久名祐亮さん・美香さん夫妻。 - 筆者撮影
祐亮さんは南房総市で生まれ、鴨川市の高校に通っていた。美香さんとはすでにこの頃に出会っている。
北海道の専門学校に通い、成田空港のグランドスタッフとして就職した。当時から付き合っていた美香さんとの間に子供ができ、結婚することになった。祐亮さんが21歳、美香さんが19歳の頃だった。
空港での仕事を辞め、実家の南房総へ夫婦で移ることになる。祐亮さんは他の仕事をしていたが、いつか飲食店をやりたいという思いが昔からあって、美香さんに相談すると「やろうやろう。ダメでもまず1回やってみよう」と背中を押してくれた。
■定食屋をやるはずが、作るのはラーメンばかり
南房総で開業するということで定食や海鮮を出すドライブインのようなお店を考えていたが、祐亮さんはいつまでたってもラーメンしか作らなかった。
「作っているうちにどんどん楽しくなってきてしまったんです。いろんなスープを試作しながら、麺や具材を合わせて化学実験をしている日々でした」(祐亮さん)
目の前が海、後ろは山というロケーションの家賃4万円の漁師の小屋を改装し、店を作った。こうして2016年12月に「えびす家」をオープンした。
メニューにはラーメンもラインナップしていたが、レバニラ炒めや餃子なども提供する定食屋風のお店としてスタートした。いざオープンしてみると、思いのほかお客さんが来て、オペレーションが大変な日々が続いた。
「単純な話ですが、メニューが多いと大変なんです。お客さんがたくさん来てくださるので、餃子は焦がすし、お互いがミスするたびに喧嘩になっていました。2人でやっていたので、すぐ喧嘩になってしまうんです。オペレーションなど何も考えずにオープンしたので、てんやわんやでしたね」(美香さん)
■2度の大型台風が自宅を襲う
お店は6年続けたが、最後のほうはメニューを絞ってラーメン屋になっていた。
お客さんにも恵まれ、お店は順調かと思われたが、2019年に大型台風が来て、町じゅうの家や車が飛ばされる大惨事になった。ライフラインはすぐに復旧したが、壊れた家の改修はなかなか進まず、半年間ブルーシートに覆われた家が町じゅうにあった。
佐久名さんの家も被害に遭い、仮アパートに住むことになった。
その後ももう一度大きな台風が来て、被害は拡大する。故郷は大好きだが、この土地で生涯長くラーメン屋をやることは難しいだろうと祐亮さんは判断した。
「私の生まれた富浦町は、私の幼少期には6000人ぐらいの人口だった記憶がありますが、すでに4000人まで減ってしまっています。同級生もほとんど町には残っていません。うちのお店のメイン客層も60代の方々でしたので、このまま続けていくのは難しいだろうと思ったんです」(祐亮さん)
子供がいることもあり、移転するなら住居兼店舗のお店にしようと考え、物件を探し始めた。
東葛地域の激戦区でいつか勝負したいという思いもあり、柏や松戸の物件も探していた。実は探して1年目に今の物件を見つけていたが、その時は保留をしていた。
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2度の大型台風の被害に見舞われた夫婦。南房総から離れて柏で勝負することに - 筆者撮影
■「まるでインスタントラーメン」の竹岡式とは?
探しているうちに欲が出てきて、ズルズルと4年がたってしまった。そろそろ決めないとと思っていた時に、柏の物件が残っていることを知り、買うことに決めた。
こうして2023年1月、「柏 濃麺や 39名」はオープンする。
「激戦区でお店をやるにあたって、まずは武器を作らないといけないと考えました。『えびす家』時代は竹岡式ラーメン、味噌、魚介、醤油、豚骨などやっていましたが、竹岡式ラーメンがいちばん出ていたので、これをブラッシュアップしようと決めました」(祐亮さん)
「竹岡式ラーメン」は千葉県富津市を中心に広がる千葉県のご当地ラーメン。麺には乾麺を使い、スープはチャーシューを作った醤油ダレをお湯で割って作るという珍しいラーメンだ。その製法から「インスタントラーメンではないか」と揶揄されることも多いが、実はとても美味しいラーメンだ。
「竹岡式ラーメンは、われわれが幼少期の頃から食べていたソウルフード的なラーメンですが、その存在を知らない人からすると美味しくないラーメンだというのです。『えびす家』で竹岡式を注文してくれていたのは地元のお客さんや漁師さんが大半でした。柏では初めて食べた人でも『美味しい!』と思ってもらえるように改良することが必要だったんです」(祐亮さん)
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一番人気の「チャーシューめん」はこちら - 筆者撮影
■オープン時は「1万円のご祝儀」を渡す客が何人も
ただ、祐亮さんは竹岡式ラーメンを逸脱したものを作りたくなかった。地元の人が認めてくれないものを作ってもそれはニセモノになってしまうからだ。
そこで、祐亮さんはマイルールを作ることにした。それは「魚介を使わない」ことと「ダシを強くしすぎない」ことだ。
「『えびす家』時代は口コミに『乾麺が美味しくない』『旨味がない』と書かれることが多かったので、麺を一新し、お湯ではなくスープを取ることにしました。『麺屋棣鄂』さんにお願いして食べ応えのある平打ち麺を作り、鶏、豚、牛のスープを使って旨味を出すことにしました」(祐亮さん)
こうして竹岡式ラーメンの進化版ともいえる一杯を作り上げた。オープン時には当時の常連さんたちがお祝いに1万円札を持って何人も食べに来てくれた。涙が出るほど嬉しかったという。
初日は60人のお客さんが入ったが、その後どんどん行列が伸びていった。これはオープン景気だから、いずれ落ち着くだろうと思っていたが、さらに客数は増えていった。
ホールを担当する美香さんの接客も評判だった。お店に入りやすい雰囲気が何より大事と考え、むしろ「ラーメン屋らしくない」空気づくりを心がけた。
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「ケーキ屋さんみたい」思わず感想が漏れた、外観が目を引く店舗 - 筆者撮影
■女性も通いたくなる雰囲気に惹かれて「1日200人」
「一緒にいる時間が長いので喧嘩も多いですが、味に口を出したことはありません。それは旦那に好きなことをやってもらいたいからです。一方で、ホールは私の“城”なので、私のこだわりでやらせてもらってます」(美香さん)
修業経験もなく独学で始めた2人なので、一般の人の感覚を持ち続けていたいと今でも考えている。それが自分たちらしさであると祐亮さんは言う。
その店の雰囲気の良さもあってか、従業員を募集すると女性ばかりが応募してくるという。昨年からの募集の応募者の中では40人中37人が女性だった。現在も従業員は3人すべて女性だ。「39名」は女性が働きたいラーメン屋なのである。
昼のみの営業で平日は120〜150人、休日だと180〜200人のお客さんが訪れる。朝営業を始めてからはコンスタントに200人を超えるようになってきた。はっきり言ってこの立地であり得ない数字だと思う。それだけ「39名」のラーメンが美味しくて、お店の雰囲気が素晴らしいということだ。
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チャーシューをカットする美香さん - 筆者撮影
お客さんが並んでいる間にできるだけ注文を取り、席に着いたらすぐに提供できるようにしている。店内の滞在時間は短いながらも、美香さんは接客をしっかりやり、また来たいと思わせる店づくりを心がけている。
■「美味しすぎない」から支持される店もある
「竹岡式ラーメンは現代のファンにはウケないと思っていましたが、一定数ファンはいますし、われわれが何より美味しいと思っているラーメンなんです。『こんなものはインスタントラーメンだ』とかいろいろ馬鹿にはされていますが、この味だからこそいいんです。われわれの郷土のソウルフードをこれからも大切にしていきたいと思います」(祐亮さん)
分厚いダシ感が流行の現在のラーメンの真逆をいくタイプのラーメンだからこその難しさを抱えながら、祐亮さんは竹岡式ラーメンを進化させていく。美味しくなりすぎてはいけないラーメンの難しさたるやない。
「39名」のブレイクから、千葉では竹岡式ラーメンの専門店が少しずつ増えてきている。
夢は「39名」監修のカップラーメンを作ることだ。乾麺を使ったカップラーメン風のお土産ラーメンを作るなど、「自作カップラーメンごっこ」に日々取り組んでいて抜かりない。
2人の郷土愛と夫婦二人三脚で作り上げたお店は、遠くても美味しいラーメンがあれば人が集まることを証明した。これからも自分たちらしさを追求しながら美味しい竹岡式ラーメンを進化させていく。
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バカにされてきた竹岡式ラーメンだが、「この味だからこそいい」というニーズは強い - 筆者撮影
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井手隊長(いでたいちょう)
ラーメンライター、ミュージシャン
全国47都道府県のラーメンを食べ歩くラーメンライター。東洋経済オンライン、AERA dot.など連載のほか、テレビ番組出演・監修、コンテスト審査員、イベントMCなどで活躍中。自身のインターネット番組、ブログ、Twitter、Facebookなどでも定期的にラーメン情報を発信。ミュージシャンとして、サザンオールスターズのトリビュートバンド「井手隊長バンド」や、昭和歌謡・オールディーズユニット「フカイデカフェ」でも活動。
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(ラーメンライター、ミュージシャン 井手隊長)