プーチンが狙う「ウクライナの次」…海外メディアが報じた「3つの弱点を克服したロシア軍」の不穏な動き
2025年5月27日(火)7時15分 プレジデント社
2025年5月22日、ロシア・モスクワのクレムリンにて、ウクライナの無人機による車への攻撃で負傷し、現在入院中のクルスク州ベロフスキー地区ニコライ・ヴォロブエフ地区長と電話で話すロシアのプーチン大統領 - 写真=EPA/ALEXANDER KAZAKOV/SPUTNIK/KREMLIN POOL/時事通信フォト
写真=EPA/ALEXANDER KAZAKOV/SPUTNIK/KREMLIN POOL/時事通信フォト
2025年5月22日、ロシア・モスクワのクレムリンにて、ウクライナの無人機による車への攻撃で負傷し、現在入院中のクルスク州ベロフスキー地区ニコライ・ヴォロブエフ地区長と電話で話すロシアのプーチン大統領 - 写真=EPA/ALEXANDER KAZAKOV/SPUTNIK/KREMLIN POOL/時事通信フォト
■フィンランド国境に迫るロシアの兵力
ウクライナの領土を奪い取ろうとしているロシアだが、さらに、“ウクライナ侵略後”を見据えた不穏な動きが見られると報じられている。海外報道によると、ロシアは対NATO戦略の一環として、主にフィンランドとの国境地帯で軍備強化を進めているという。
ウォール・ストリート・ジャーナル紙によれば、フィンランド国境から約160キロ離れたペトロザヴォーツク市では、今後配備が予定されている数万人規模の部隊を指揮すべく、新たな軍司令部の整備が急ピッチで進んでいる。
軍備強化のねらいは明白だ。現時点ではロシアの兵士は多くがウクライナ前線に展開しているものの、フィンランド国境の部隊には、「将来的なNATO諸国との対決に備えるうえで、ロシア軍の主力とする」意図があると同紙は指摘する。
ロシアは軍事基地の拡充に加え、国境地帯で鉄道網も整備しており、部隊を迅速に展開する体制づくりが進む。フィンランドの国家防衛大学のユハ・クッコラ少佐は、ウォール・ストリート・ジャーナル紙に、「ロシア・フィンランド国境には、機械化部隊(装甲車両などを有し、戦車部隊と共に移動・戦闘可能な部隊)が国境を越えられる地点が、およそ12カ所ある」と述べる。
クッコラ氏は続けて、「新しい鉄道駅が建設されたり、古いものが改修されたりしているのが確認できた場合には、注意を払ったほうが良いだろう」と警鐘を鳴らした。
専門家らはロシアの一連の動きを、今後起こりうる対決への布石だと分析している。ロシアの軍事アナリスト、ルスラン・プホフ氏は同紙に対し、「過去10年の流れから判断すれば、我々(ロシア)はNATOとの衝突を視野に入れている」との見解を明らかにしている。
■兵力を1.5倍に、軍事予算を拡大するプーチン政権
プーチン氏は戦力の強化を急いでいる。ウォール・ストリート・ジャーナル紙は、最新鋭T-90M戦車の生産台数が年間40台から300台へと急増しており、これらはウクライナ戦線に投入されることなく、国内に温存されていると報じた。
ロシアは軍事インフラだけでなく、人員と装備の拡充にも巨額の資金を投入している。軍事費は戦前から急激に膨らんでおり、2025年には国内総生産(GDP)比6%を超え、戦前から実質的に倍増する見通しだ。アメリカの3.4%、EU諸国平均の2.1%を大幅に上回る水準となる。
軍事予算の強化により、プーチン氏は兵力を大幅に拡充したい考えだ。英エコノミスト誌の報道では、軍の規模を戦前の約100万人から150万人へと引き上げる構想が実行段階に入っているという。
同誌は「昨年ロシアはGDPの6.7%を国防に費やし、今年はさらに支出が増加すると予測されている」と指摘。一方で、「ロシアの軍拡継続能力は、苦境に喘ぐ経済によっても制約を受けている」とし、戦費がロシア経済の負担になっている現状を指摘している。
■「即応性の低さ」「指揮系統の分断」「機動力の欠如」を克服
ウクライナ侵攻初期、ロシア軍は戦車がぬかるみにはまり身動きが取れなくなるなど、散々な失態が報じられた。だが、失敗から教訓を得ることにより、侮れない戦闘能力を習得しつつあるという。
米ビジネス・インサイダー誌は、ロシア軍はウクライナでの実戦を通じ、著しく強化されたとの見方を取りあげている。記事は特に、「ロシアのキルチェーン、つまり軍が標的を発見してから発砲するまでの速さは、ウクライナ戦争開始時よりもはるかに応答性が高く、正確になっている」と指摘する。
開戦初期、ロシア軍が標的を発見してから実際に攻撃するまで最大4時間もかかることがあった。その間にウクライナ軍は安全な距離まで待避でき、攻撃の効果が大幅に損なわれていた。しかし現在、ロシア軍は多数の偵察ドローンを駆使して敵の動きを常時監視し、砲撃を即座に調整できる体制を確立している。
2024年3月、ウクライナのヴィニツィア地方で発見されたロシアのドローン、ゲラン(シャヘド)(写真=ウクライナ国家警察/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons)
ロンドンの王立統合防衛安全保障研究所(RUSI)の専門家らは、ウクライナ軍がアメリカのハイマース高機動ロケット砲システムを用いてロシアの弾薬庫や指揮所を次々と破壊したことが転機になったと語る。
その対策としてロシア砲兵部隊は、「偵察・攻撃複合体(偵察・監視システムと精密攻撃システムを統合した戦闘システム)」を大幅に改良。結果、「複数のUAV(無人航空機)が、火力使用権限を持つ指揮官を直接的に支援する、より緊密な統合体制が実現した」とRUSIの専門家は解説している。さらには、複数の位置から協調して射撃する能力や機動力も揃って向上したという。
軍事力強化の背後に、ロシアに協力的な国家の存在がある。米シンクタンクの大西洋評議会は、ロシアが軍事力を高めるうえで、中国、イラン、北朝鮮からのサポートが欠かせなかったと論じている。イランは安価な自爆ドローンを、北朝鮮は膨大な量の砲弾を提供。中国はロシアの軍需産業に欠かせない機械工具やボールベアリング、半導体などを供給している。
同シンクタンクは、2023年にはG7が輸出規制する重要品目のうち約9割を中国がロシアに納入したと指摘。さらに、火薬原料のニトロセルロースの輸出量も急増し、2023年の700トンから2024年には1300トン超へとほぼ倍増した。こうした外国の援助を受けてロシア軍は強化しており、侵攻初期に抱えていた弱点を着実に克服しつつある。
■「最後まで戦い続ける」演習に臨むNATO側兵士たち
ロシアの脅威に対し、NATO側は防衛態勢の整備を急ぐ。ワシントン・ポスト紙は、ラトビアのアダジ軍事基地付近の森林地帯で実施されたNATO合同軍事演習の様子を報じた。
記事は、「ロシア国境からわずか150マイル(約240キロ)のラトビアの森で、スウェーデン兵士たちは木々の間にしゃがみ込み、顔を緑と黒の塗料で塗り、カナダ、スペイン、イタリアなどの兵士たちの連合軍に対する侵略者を演じている」と模擬演習の様子を伝えている。昨年NATO入りしたスウェーデンが初参加した。
写真=iStock.com/naphtalina
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/naphtalina
フィンランド国境での緊張が高まるなか、若い兵士たちは強い覚悟で演習に臨む。重機関銃を持ち、スウェーデン製AK-5アサルトライフルを背負った兵士のティルダ氏は、ワシントン・ポスト紙に、集団安全保障とロシアの侵略阻止という使命を感じていると語った。
「私たちはここに留まり、戦えなくなるまで戦い続けるつもりです」とティルダ氏は語る。同僚のアグネス氏は、「これが私たちの現実です。何が起ころうと準備はできている。もちろん、(ロシアに)より近い場所となると、少し怖いですが」と本音を吐露する。
現場の指揮官たちは、装備の質でロシアを上回るとして自信を見せているようだ。カナダ軍のセドリック・アスピロー大佐は同紙の取材に応じ、「ロシアは国境を不法に越え、他国を侵略する姿勢を明確にしている」と指摘。そのうえで、「重要なのは単に人員や戦車の数ではない。各国が持ち寄った装備の質が決定的要因であり、ここに集結した戦力は並外れた性能を持っている」と断言する。
ロシア周辺国は防衛の強化を本格化している。ウォール・ストリート・ジャーナル紙によれば、ポーランドやバルト三国などNATO東部諸国は塹壕を掘り、「ドラゴンの歯」と呼ばれるピラミッド型の戦車阻止用障害物を配置するなど、国境防衛を強化中だ。ポーランド、エストニア、ラトビア、リトアニアは、対人地雷禁止条約から離脱した。
■トランプ政権のNATO軽視で防衛体制に揺らぎ
だが、こうした備えをもってなお、ロシアによる次なる侵攻への懸念は払拭できない。NATO同盟の結束を脅かす最大の原因は、アメリカ国内の政治情勢の変化だろう。ニューヨーク・タイムズ紙は、トランプ大統領のNATO批判が同盟の土台を揺さぶっていると指摘する。
同紙は、「欧州の当局者たちは、トランプ氏が当選した時点で、第二次世界大戦後の秩序の基本的な前提が脅かされることを予期していた」と言及。トランプ氏は選挙運動中に早くも、NATO加盟国が同盟に十分に貢献していないとする批判的な言動を展開していた。
2期目の大統領就任後のトランプ氏は、ロシアとの関係修復を図る一方、ウクライナ支援を削減。ゼレンスキー大統領との会談はアメリカとウクライナのあいだに対立を生むだけに終わり、アメリカの援助は途絶えた。同紙は、亀裂があまりにも速く深刻化し、「欧州の指導力が弱体化しているこの時期に、巨大な規模の危機を引き起こした」と論じる。
危機感は欧州の知識人層にも広がっている。フランスの著名評論家ベルナール=アンリ・レヴィ氏はニューヨーク・タイムズ紙で「欧州に選択肢はない。アメリカ大統領、国防長官、国務長官は、我々が無期限にアメリカに依存できないと言っている。我々は団結するか、死ぬかだ。もし行動しなければ、2年、3年、あるいは5年後に新たなロシアの攻撃を受けることになるだろう。今度はバルト諸国、ポーランド、あるいは他の場所で」と強い危機感を表明している。
こうした情勢を受け、アメリカ抜きの欧州防衛体制構築が現実味を帯びてきた。CNNの分析では、NATO加盟国はアメリカを除いても100万人超の兵力と最新鋭兵器を保有しており、自国防衛に十分な経済力と技術的基盤を備えているという。
専門家からも欧州の自主防衛力に高い評価が寄せられている。国際戦略研究所(IISS)のベン・シュレア欧州執行部長はCNNの取材に対し、欧州諸国が結束して適切な装備を整えれば「ロシアに対して強力な通常戦力と核抑止力を構築できる」と語った。
同氏は「欧州単独でも自国防衛に必要な資源を確保する能力を十分備えている。問題は政治的意思の有無だ」と指摘。アメリカの支援が不透明な時代を迎え、欧州は自らの安全保障体制を根本から見直さざるを得なくなっている。
2025年3月13日、NATOのマルク・ルッテ事務総長と大統領執務室で会談するアメリカのトランプ大統領(写真=ホワイトハウス公式X/PD-USGov-POTUS/Wikimedia Commons)
■バルト三国への侵攻、早ければウクライナ後2〜3年との観測も
具体的にロシアとNATOが衝突する危険性はあるのか。軍事専門家や情報機関による見通しは、決して明るくない。
ウォール・ストリート・ジャーナル紙の報道によると、デンマークの情報機関は今年2月の報告書で危険性の高さを訴えている。NATOが弱体化しているとロシア側が判断した場合、今後5年以内に欧州に全面戦争を仕掛けるおそれがあるという。西側の軍事専門家たちは、ウクライナでの停戦が実現すれば、ロシア軍の再建がさらに加速するとして懸念を募らせている。
こうした危機感は、欧米の専門家の間に広く浸透している。カーネギー国際平和財団のマイケル・コフマン上級研究員は同紙に「ロシア軍がバルト諸国への限定作戦を実行可能になる時期を問われたならば、それはかなり早い段階だと言うことができる」と語った。
コフマン氏によると、バルト三国の当局者らは「(ウクライナの)戦争終結から2〜3年の時間軸で考えている。NATOとの全面衝突なら、シナリオ次第だが、おそらく7〜10年後になる」と見積もっているという。
2025年2月13日、NATOの国防大臣会合(写真=アメリカ国防総省公式X/PD US Military/Wikimedia Commons)
さらにデンマークの情報機関は、ロシアがアメリカ以外との「大規模な戦争」に備えるには5年を要するが、バルト海周辺の複数国に対する「地域戦争」なら2年で準備可能、さらに隣接する一国との「局地戦」ならわずか半年で開戦できると分析している。
警戒感は欧州全域に広がる。カナダのウィーク誌によれば、ドイツの軍事情報機関は、ロシアが「西側を『システム的敵(個別の脅威でなく、組織的な敵対勢力)』と捉える傾向を強め、長期対立を視野に入れた軍備再編を進めている」と分析。
加えて、「ドイツの情報機関と軍は、ロシアの戦時経済がウクライナ作戦に必要な量を超える(軍需品の)生産を行っていると判断しており、より広範な紛争への備えであることを示唆している」と報じている。
2025年5月9日、大祖国戦争勝利80周年記念軍事パレードに出席したプーチン大統領と習近平中国共産党総書記(写真=ロシア大統領府/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons)
■通常戦力ではNATO圧勝の予測も、核兵器に懸念
実際に衝突が発生した場合の両陣営の軍事力について、ウィーク誌は、NATO側が圧倒的優位に立つとの見方を明らかにしている。
NATO諸国は総計約340万人の現役軍人を擁し、ロシア軍の規模を大幅に上回る。航空戦力においてもNATOが約2万2377機を保有するのに対し、ロシアは約4957機にとどまる。海軍力でも同様に、NATO側の1143隻に対してロシアは339隻と、3分の1以下の規模だ。
NATOの優位性は数の問題だけではない。同誌はNATOについて「NATOの技術的洗練さと相互運用性は、その戦闘効果を大幅に高めている」と指摘。「(NATO同盟の)強みは、最先端技術と統合された指揮構造を活用し、戦場の急速に変化する状況に適応した作戦を実行する能力にある」と分析している。
しかし、唯一拮抗しているのが核戦力だ。核兵器については、米英仏のNATO核保有国が合計5559発の核弾頭を備えているのに対し、ロシアは5580発を保有しており、ほぼ互角の状態にある。
ウィーク誌は、「数十年かけて構築された統合指揮系統、より高度な訓練と装備を持つ部隊、西側兵器の圧倒的な質的優位性を考慮すれば、NATOはロシアとの通常戦で速やかに勝利するだろう」と断言する一方、そこに潜む「危険」を挙げる。すなわち、「連続的な敗北によって、ロシアが戦術核兵器の使用か完全降伏かの選択を迫られる」事態だ。
通常戦力ではNATO優位が明確であるがゆえに、核使用の危険性が高まるという皮肉な構図が浮かび上がる。
----------
青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。
----------
(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)