香取慎吾の“二面性の魅力”で社会問題を描く NHK→フジ移籍の北野Pが信じる「人の心を動かす」ドラマの力
2025年3月20日(木)7時0分 マイナビニュース
●“家族ドラマ”を入り口に社会状況を斬る構成に
香取慎吾が主演するフジテレビ系ドラマ『日本一の最低男 ※私の家族はニセモノだった』(毎週木曜22:00〜 ※FODで見逃し配信)が、きょう20日に最終回を迎える。ある不祥事で退職に追い込まれてしまった主人公が、政治家になるための戦略としてニセモノの家族を演じるのだが、そのふれあいの中で社会を良くしたいという思いに駆られ、自分のためではなく世の中のために選挙へ乗り出していくという物語だ。
今作をプロデュースするのは、野木亜紀子脚本の『フェイクニュース あるいはどこか遠くの戦争の話』(18年、NHK)や『フェンス』(23年、WOWOW)など、社会派エンタテインメントの快作を手掛け、今作がNHKからフジテレビへの移籍後初作品となる北野拓氏。「家族」の物語から「選挙」の物語へ大きく舵を切り、どんな結末を迎えるのか全く予想できない最終回の見どころや、こだわりについて聞いた——。
○「香取さんの新しい代表作になるんじゃないか」
このドラマの特徴は、キャッチーなタイトル、主演・香取慎吾というメインストリーム、また流行中の“ニセモノの家族”というトレンディ、そこから想像できてしまういずれのものを内包しながら、実際に受ける印象は全くの別物であり、かなり深い“社会派”の作品に仕上がっていることだ。
特に“ニセモノの家族”という設定、血のつながらない者同士が本物の家族以上になっていくというストーリーラインは最近の潮流。香取の主演作を振り返っても『人にやさしく』(02年、フジテレビ)や『薔薇のない花屋』(08年)、同)があり、新鮮さは感じられないのだが、それこそが大きな仕掛けだった。
今作は初回から第8話までを「ニセモノ家族編」、クライマックスへ向かう第9話から最終話までを「選挙編」という構成で分けており、一見“家族”からは結びつかないと思われる“選挙”への道のりを、“ニセモノの家族”を演じたからこそ見えてきた社会への目線によって見事につないでみせたのだ。
このようなドラマ全体の構成について、北野氏は「入り口はまず香取さんと子どもたちの“家族ドラマ”を見たいという人にも入ってもらえるようにして、身近な社会的課題を取り上げていくということを前半戦でやりました。だけど、やはり個人だけでは解決できない問題ばかりだと主人公が感じることによって後半戦で選挙に出ていく、そういう大きな流れを考えました。徐々に間口を広げていって、最終的に選挙戦を通して今の社会状況を斬っていく、そういった構成になりました」と明かす。
しかしドラマのジャンルとして、ハートウォーミングな“ホームドラマ”と、社会問題に切り込む“社会派”では掛け合わせが悪いようにも思えるのだが、それについては必然だったそうだ。
「今、家族の問題を描いたら、どうしても政治の問題に直面してしまうと思うんです。だから必然的にホームドラマと政治ドラマが掛け算する形になっていきました。ホームドラマのその先に政治というものを描かないと、今の時代に届けるホームドラマとして不誠実になってしまうのではないかとも思いました」
では最初から、“社会問題”を描こうと企画を立ち上げたのだろうか。
「出発点はホームドラマだったのですが、どうすれば、今の家族のあり方や新しい関係性のホームドラマができるだろうと考えていったときに、どうしても社会や政治との関係を描かざるを得ないと思いました。もし香取さんが出てくださるのであれば、社会性があるものでもポップな仕上がりにできるんじゃないかと思って、ある程度企画が固まった段階でお話を持ち込み、引き受けてくださったという経緯です」
その狙い通り、今作は随所に社会的な問題を深く掘り下げて考えさせられるドラマでありながら、香取のおかげで社会派が気取らずにさりげない。改めてキャスティングの理由について聞くと、「ホームドラマを演じるという“陰の部分”と、本当は良い人に見えたりする“陽の部分”、その両方を演じられる人がいいなと思ったんです。それで香取さんの作品の中でも『人にやさしく』や『凪待ち』(19年公開の映画)が好きだったので、その二面性の魅力を同時に一つの作品に入れ込みたいと思い、それができれば香取さんの新しい代表作になるんじゃないかとも思いました」と狙った。
さらに、「香取さんのキャラクター力ですね。前半戦のホームドラマを演じるパートでも、嫌われずに見ていただけるんじゃないか」ということでオファーしたそうだ。
○令和の男性像を体現するキャラクターを志尊淳に
今作は一見、香取演じる主人公・一平の活躍を描くヒーローものにも思えるのだが、相手役となる志尊淳演じる正助もキーマンという位置づけだ。一平が“理想”を掲げる存在だとすれば、正助は今を懸命にやり過ごさなければならない“現実”の存在で、相反する個性を持った2人のバディのドラマだったということが、回を追うごとに分かってくる。
そんな志尊をキャスティングした理由については、「香取さんが最初は昭和的価値観を持つマッチョな男性像として描かれるんですけど、それとは対極の令和の男性像を体現するキャラクターが欲しいと思って志尊さんにお願いしました。作品に対する熱量もとても高く、今回の子役オーディションにも立ち会って相手役をやってくださいました」とのことだ。
●フジテレビは「面白いドラマを作る土壌がある」
北野氏が手掛けてきた作品は、『フェイクニュース』では、真偽不明のSNS投稿をきっかけにした真実を追究する記者の奮闘を描き、『フェンス』では米兵のレイプ事件から沖縄が抱える社会問題を浮かび上がらせるなど、今作も含め社会問題をドラマの中で描く“作家性”が見える。毎回どのような思いを込めているのだろうか。
「元々NHKで記者をやっていたからかもしれないのですが、世の中がどうやったらより良くなるのか?ということが企画の発想としてまずあります。報道はニュースなので、実際に物事を動かす力があると思っています。一方で、テレビドラマは人の心を動かすので、影響力がすごくあると思っていまして。俳優部の力、脚本家の力、スタッフの力で、自分の想像を超えていく瞬間があります。みんなの力で世の中にとって必要とされる物語を作っていけると思っているので、毎回そういったモチベーションで臨んでいます」
そう話すように、北野氏はNHKからフジテレビのドラマ部へ移籍したという異色の経歴。その転職の理由を聞いてみると、「昔からフジテレビのドラマが好きだったんです。『北の国から』や『早春スケッチブック』、『白い巨塔』もそうですし、岡田(惠和)さん脚本の『彼女たちの時代』や、坂元(裕二)さん脚本の『わたしたちの教科書』に『それでも、生きてゆく』と、幅広いジャンルのフジテレビドラマを見て育ってきました。あとはプロデューサーそれぞれの色が出ていて、“その人が作るもの”が分かる、面白いドラマを作る土壌がある会社だと思っていました。そんな中で、連ドラを作る機会をいただけるというので移籍しました」と打ち明けた。
○最終回で納得できる「日本一の最低男」「私の家族」の意味
最終回の見どころを聞いてみると、「今まできっと皆さんが疑問に思っていたタイトルの“日本一の最低男”って何だ?とか、サブタイトルの“私の家族”って誰の目線?だとか、主題歌がなぜCircus Funkなのかなど、そういうことが全部、最終回を見ていただいたら納得いただけると思います」と予告。
また、「選挙編」でクライマックスへ突入したことについて、「今起きている社会情勢や政治状況をニュースのようなスピード感でタイムリーに取り込んだものになっていると思います。とはいえ、今の選挙戦では現実の方が想像を超える出来事が起きていて、現実がフィクションの先をいっているように見えてしまうところがあるので、そうした現実をどう取り込んで、物語の力で超えていけるかみたいなところは意識しました」という。
最終回の脚本を担当するのは蛭田直美氏(大石哲也氏と共同)。第4話の一人で生きると決意した都(冨永愛)のカッコよさや、第6話のひまり(増田梨沙)の実父(奥野瑛太)が登場する“お父さんとパパ”の物語など、蛭田氏の執筆回は特に光るものがあった。
北野氏は「第9話から最終話までの選挙編も蛭田直美さんに書いていただいたんですが、僕はこれまでNHK時代に日本でトップクラスの脚本家の方々と一緒にお仕事させていただいたんですけど、蛭田さんはその方たちとも並ぶ、これからの日本の脚本家界を背負われる方だと思っています。そんな蛭田さんの新境地である最終回もぜひ見ていただきたいです」と太鼓判を押す。
ただのホームドラマであれば粗方のハッピーエンドは想像できるのだが、今作はその上で社会を斬る「選挙編」でクライマックスを迎えている。一体どんな結末を迎えるのだろうか。脚本家・蛭田氏の筆致、そして北野プロデューサーが注いだ熱い思いとともに最終回を期待したい。
「テレビ視聴しつ」室長・大石庸平 おおいしようへい テレビの“視聴質”を独自に調査している「テレビ視聴しつ」(株式会社eight)の室長。雑誌やウェブなどにコラムを展開している。特にテレビドラマの脚本家や監督、音楽など、制作スタッフに着目したレポートを執筆しており、独自のマニアックな視点で、スタッフへのインタビューも行っている。 この著者の記事一覧はこちら