「どっちみちどちらかひとりがのこるけど」……歌人の永田和宏さんが、様々な老いや介護の歌などを味わうエッセー刊行

2025年5月5日(月)15時30分 読売新聞

 短歌愛好家の裾野を広げるユニークな本が話題を集めている。歌人、永田和宏さん(77)のエッセー『人生後半にこそ読みたい秀歌』(朝日新聞出版)と、口語短歌を主体にテーマごとに100首集めた「短歌アンソロジー」シリーズ(左右社)だ。なじみのない人にも短歌の魅力を届けている。(武田裕芸)

悲哀 ユーモアに転じ

 「他人の歌を読むと、こんな色んな生き方があるのかと発見や共感があり、世界の見え方が変わる。長い老後は大きく違ってくると思います」。歌人の妻、河野裕子さんを失って15年。歌を支えに悲しみと向き合ってきた永田さんは、かみしめるように語る。

 『人生後半にこそ読みたい秀歌』は近現代の歌人の作品以外に新聞歌壇の投稿作まで見渡し、多様な詠み手の歌を紹介する。人生後半に直面する老いや介護、死別などを詠んだ歌が並ぶ。

 〈おかあさんを最後に乗せた日いつだつけフロントガラスに蟷螂がゐて 村上和子〉

 〈どっちみちどちらかひとりがのこるけどどちらにしてもひとりはひとり 夏秋淳子 朝日歌壇〉

 愛別離苦や病苦などに見舞われた人の古傷が、歌には生々しく刻まれている。「しんどい時、自分と同じように苦しんだ人がいると感じられるとずいぶん違う」

 一方、本書の真骨頂は、苦しみや悲しみをユーモアに転じる歌に勇気づけられるところだろう。

 〈疲労つもりて引出ししヘルペスなりといふ八十年生きれば そりやぁあなた 斎藤史〉

 苦境を軽やかに笑い飛ばす歌は、うつむきがちな中年以降を楽しく生きるヒントに満ちている。

 「近代の歌では中年や老後はくすんだものという感じだが、今やその捉え方は全く違う。生物学的にも老化は治せる『病気』と概念が変わってきた」。細胞生物学者でもある永田さんは、歌人と科学者の二つの視点で人生100年時代の老後を前向きに見つめる。

 学生時代に歌を通じて河野さんと出会い、起伏に満ちた恋路の末に結ばれた。互いに愛情を口にすることは少なく、「逆に歌に気持ちが出ていたので安心できた」と振り返る。「美しい、悲しい、寂しいといった形容詞は最大公約数的なので使わず、自分のその時その時の気持ちを自らの言葉で詠むのが歌。だから歌にはいつまでも作者の心が残る」

 亡き妻の心に今も触れられるという。例えば、河野さんは生前、孫娘をほほえましく思った気持ちをユーモラスな一首に詠んでいた。

 〈四人居てれいちやんだけが女の子いけませんよ鼻くそ食べては〉

口語主体 100首選集シリーズ

 「短歌アンソロジー」シリーズは昨年7月から今年3月までに、『海のうた』『月のうた』『雪のうた』『花のうた』の4冊が刊行された。今後も約3か月おきに新タイトルが加わる。各巻とも、30歳代の大森静佳さんら若手から俵万智さん、永田和宏さんといった大家まで、多彩な現代歌人100人の100首を集めた。横約12センチ、縦約17センチと持ち運びやすく、表紙は1冊ごとに手触りや色も異なる。編集者の筒井菜央さん(39)は「採録作は短歌を読み慣れない人でもパッと意味を取りやすい口語短歌がほとんど。物として飾りたい、集めたいと思ってもらえるようデザイン性も意識した」と語る。

 きれいで収集欲をくすぐる装丁も好評で、『海のうた』は6刷1万2000部、2冊目は4刷7700部、3冊目は2刷6700部と版を重ねる。左右社のオンラインショップでは、名前に「海」の付く人が『海のうた』を買う例も多い。

 刊行するごとに、X(旧ツイッター)で本と同テーマの歌の投稿を募ったところ、1冊目で400首ほどだった投稿数は最新巻では約850首と倍増した。筒井さんは「結社に入らずSNSで歌を詠み合う人が増えていることも注目された理由ではないか」と話す。

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