「これは遅くなるなあ」羽田空港での藤井聡太名人vs永瀬拓矢九段の名人戦第2局は“神経戦”に…中継に映らない舞台裏では何が起きていたのか

2025年5月9日(金)12時10分 文春オンライン

〈 最後は37手詰! 佐々木勇気は「藤井さん強すぎる」とうめき、控室にいた棋士の表情は「恐ろしいものを見た」と語っていた 〉から続く


 藤井聡太名人に永瀬拓矢九段が挑戦する第83期名人戦七番勝負(主催:毎日新聞社・朝日新聞社・日本将棋連盟、協賛:大和証券グループ)は、第1局を藤井が勝って好スタートを切った。第2局が4月29日から30日にかけて、東京都大田区「羽田空港第1ターミナル」で行われた。



羽田空港で行われた第83期名人戦七番勝負第2局


55年の時を超えて師弟が同じ作戦を指した


 手番が変わって藤井の先手となり、永瀬が2手目で角道を開ける。そして選んだ作戦は飛車先保留3三金型角換わりだった。その後、3三の金を引いて、飛車先を交換させる代わりに銀冠の構えにする。7三にいる桂馬が8五に跳ねるスペースがあり、桂頭を攻められにくい。スキなく待つ方針で、かなり凝った組み合わせの作戦だ。最初に用いたのは斎藤明日斗六段で、今年3月の畠山鎮八段との順位戦C級1組で指されたばかり。斎藤は永瀬のスパーリングパートナーなので、事前に研究会で試したのだろう。


 一方で10手目の局面を調べると、思わぬデータが出てきた。1970年に、永瀬の師匠の安恵照剛八段が指しているのだ。しかも、組み上がりの陣形は藤井が永瀬との王座戦第2局(2023年)で用いた右玉の陣形とまったく同じ。本局とは意味合いが違うので、ただの偶然だが、55年の時を超えて師弟が同じ作戦を指したのは興味深い。


永瀬は千日手を狙うつもりなどなかった


 永瀬は慎重に手待ちしてスキを見せない。やむなく藤井は自陣角を打ち、4八金−2九飛から、金と飛車を一段ずつ上げる。この組み合わせを藤井が指したのは、公式戦だと2局しかない。1局はその後で得意の4八金ー2九飛型に組み直しているし、もう1局は後手番だ。藤井好みではない陣形を選んだところに苦心がうかがえる。


 62手目を永瀬が封じて1日目が終了した。先手を手詰まりに追い込んで、千日手になれば後手満足という形勢だったが……。


 2日目、封じ手は飛車先を伸ばす手だった。さらに6筋の歩を突いて仕掛けた。そう、永瀬は千日手を狙うつもりなどなかったのだ。藤井は打開するために必ず自陣にスキができる。そこで反撃に転じると。なんという練りに練った作戦なのだろう。


 永瀬は桂を跳ねて飛車先交換し、後手も1歩を手持ちにした。藤井が5筋の歩を突き、攻め合いに。これで両者とも攻めに困ることはなくなった。


武富礼衣女流初段は「兄弟子と一緒に仕事ができて嬉しいです」


 私は11時ごろ現地控室に。立会人の中村修九段、副立会人の広瀬章人九段(毎日新聞)・阿久津主税八段(朝日新聞)にあいさつし早速、検討に加わる。


 永瀬は9筋の歩を突き捨てたいのだが、香を9二に上がっているため、逆襲されたときに香を取られてしまう。


 広瀬が「いつ端を突き捨てるかが難しいですね」と言えば、中村が「神経を使う将棋だねえ」と応じる。


 大盤解説会の解説と聞き手として、佐藤天彦九段と武富礼衣女流初段が控室に。2人は中田功八段門下の11歳差の兄妹弟子だ。コンビで解説するのは初めてだそうで、「兄弟子と一緒に仕事ができて嬉しいです」と、とっておきの扇子を見せてくれた。武富が女流棋士になる前にいただいたそうで、なんと直筆だ。扇子に直接書くのは難しいが、佐藤の筆はとてもうまい。佐藤本人も「我ながらうまく書けていますね」と笑った。


 佐藤は局面を見て「選択肢が多くて難しいですね」と言い、阿久津も「形勢判断が難しいなあ」と言って全員でうなずいた。突き捨てを忘れると証文の出し遅れになる。早すぎるととがめられる。


自陣に爆弾を抱えたまま戦う


 昼食休憩が終わり、永瀬は56分の長考で7筋の歩を突いた。藤井が5筋を取り込めば、永瀬はこのタイミングで9筋を突いた。藤井は手抜きで2筋に歩を打つ。そして藤井が5筋と2筋に歩を進め、永瀬は9筋に歩を進める。双方に大きなキズができた。飛車先に加え、5、7、9筋で歩がぶつかった。4筋も3筋も衝突する変化があちこちで出てくる。1筋以外すべてで歩がぶつかり、盤面全体を見なければならない。自陣に爆弾を抱えたまま戦うという、神経を使う将棋になった。


 14時に大盤解説会が始まった。


 佐藤の言葉のチョイスが絶妙で、観客を話に釘付けにする。解説そっちのけで独演会となり、現在の局面(77手)まで解説するはずが、56手までしか進行しなかった。次の出番の広瀬と阿久津が「我々がそこから解説するとは思わなかった」と苦笑い。


 さて局面に戻る。藤井が9筋で歩を謝り、永瀬に手番が渡った。記録係は入馬尚輝三段と吉田響太三段で、交代で休憩したときは彼らも検討に加わった。広瀬と入馬は早稲田大学の先輩後輩だ。休憩中の吉田が2筋中段に歩を垂らす手を予想し、それが当たる。「指しにくい手ですがなるほど。気が付かないなあ」と阿久津が感心する。間近で一緒に考えているだけあって読みが鋭い。その歩を藤井が取ったところで、17時の夕休憩に。


対局2日目の夜、とても「軽食」ではない


 この対局の10日ほど前、別の対局で永瀬の観戦記を取った後に話を聞いた。中華料理屋に入り、いっぱい頼んでもりもり食べた後、永瀬が「昔も研究会が終わった後、中華にいきましたね」と懐かしそうに語った。かつて、蒲田将棋クラブで棋士・アマ強豪と一緒に研究会をしていた時期があった。彼はまだ奨励会1級だったが、私は純粋に1局も勝てなかった。


 昔話から名人戦第1局の話題になり、「(2日目の)夕食もしっかり食べたいんです」と語っていた。今回、主催者に申し入れ、通常のメニューから選べるようになった。ということで、永瀬は和牛ビーフカレー(サラダ付)を頼んだ。藤井もとろたく鉄火丼(特上)と、どちらもガッツリした食事を頼んだ。とても「軽食」ではない。


 写真を撮りながら、「これは遅くなるなあ、終電を調べておいたほうがいいかな」と記者と軽口を叩いたが、まさかそれが伏線になるとは思わなかった。第1局の観戦記で私がつづった言葉が伏線になることも——。


写真=勝又清和

〈 「えっ、出た!」「これ大丈夫なの」控室では3度のどよめきが…藤井聡太名人の“恐るべき終盤力”を目撃した棋士たちの反応とは 〉へ続く


(勝又 清和)

文春オンライン

「羽田空港」をもっと詳しく

「羽田空港」のニュース

「羽田空港」のニュース

トピックス

x
BIGLOBE
トップへ