「北朝鮮の国民感情を掌握せよ」中国が仕掛ける文化浸透と洗脳工作
2025年5月17日(土)4時51分 デイリーNKジャパン
韓国の北朝鮮向けラジオ局「国民統一放送」が昨年、北朝鮮住民100人を対象に実施した「2024年北朝鮮メディア環境と住民の外部コンテンツ利用実態調査」で、「コンテンツの出所となる国はどこか」という問いに対し、88.4%が「中国」と回答した。
北朝鮮では、韓国や中国から国境を越えてテレビやラジオの電波が届くため、受信はさほど難しくない。北朝鮮当局は韓流の取り締まりには血道を上げている一方、友好国である中国の文化浸透に対する警戒感は相対的に低い。
中国東北部の遼寧省・吉林省・黒龍江省の宣伝部は、こうした状況に着目したのだろうか。彼らは「文化相互発展協力事業」という名目で、北朝鮮国内における中国文化コンテンツの拡散を、非公式な対外文化交流事業として密かに進めている。デイリーNKの内部情報筋が伝えた。
この事業は、2023年末から2024年初頭にかけて行われた北朝鮮と中国の文化交流・協力の流れを受けて企画されたものである。当時、劉慧晏・中国共産党遼寧省委員会常務委員(宣伝部長)を団長とする文化代表団が北朝鮮を訪問していた。
中国側はこの事業の目的を「文化交流」としているが、実際には、北朝鮮における親中感情の醸成、中国文化の浸透、そして両国の「共同アイデンティティ」の基盤構築が狙いとされている。情報筋は「(中国にとって)文化ほど重要な統治手段はない」と述べ、「北朝鮮国内における思想的・心理的な親近感の形成こそが、この事業の核心だ」と語った。
この事業が加速した背景には、米トランプ政権が北朝鮮の人権関連活動への支援を停止する可能性が浮上したことも関係しているとみられる。情報筋によれば、中国は「米国が対北ラジオ放送の規制など、情報戦に鈍感になっている今こそ、戦略的に重要な時期である」と認識しており、「このタイミングこそ、北朝鮮の国民感情を深く掌握する好機である」と捉えているという。
また、北朝鮮国民は中国に対して「血盟」と信頼を寄せる一方で、「兄貴風を吹かせるいけすかないやつ」といった複雑な感情を合わせ持っているが、中国としては「常に親中」であることを望んでいるのだろう。
事業の対象は幅広い。北朝鮮国内の一般住民をはじめ、若者層、地方幹部、海外在住経験者、国境周辺の住民にまで及ぶ。また、中国国内に滞在中の北朝鮮国民——留学生、貿易関係者、労働者、実習生、外交官の家族など——も主要対象として位置づけられている。できるだけ多くの北朝鮮国民に中国文化を浸透させようという意図を明確に持っているのだ。
とりわけ中国は、北朝鮮国内への多様な文化コンテンツの流入・普及戦略を着実に進めているという。中国建国の歴史を扱うドキュメンタリー、抗日戦争を題材にした映画、現代の中国ドラマなど、「社会主義文明」を強調するコンテンツを継続的に送り込む計画である。
さらに、中国人の生活文化を紹介するコンテンツの一部を、朝鮮語に翻訳して北朝鮮に届ける取り組みも行われている。これは北朝鮮当局が重視する「平壌文化語」の保護方針に配慮し、不要な摩擦を避ける意図と解釈できる。情報筋によれば、「翻訳は東北地方に多数居住する朝鮮族が担っている」との証言もあるという。
こうしたコンテンツの拡散は、極めて慎重かつ秘密裏に行われる見通しである。中国製のMP5プレーヤーやノートテル(小型マルチメディア端末)を通じて、中国文化コンテンツに自然に触れさせる手法が、積極的に用いられている模様だ。
中国当局は、強制的にコンテンツを押しつけるのではなく、北朝鮮住民が自発的かつ自然に受け入れる形こそが、文化の浸透において最も効果的であると判断している。そのため、国境地帯で活動する北朝鮮住民や、週に1〜2回中国との国境を往来する貿易関連の北朝鮮人ドライバーなどを媒介者として活用する方針であるという。
情報筋は最後にこう述べた。「中国は、北朝鮮を刺激しないよう独自のコンテンツ流通網を構築している。北朝鮮が韓国コンテンツを強く統制している一方で、中国コンテンツに対する統制が緩やかになっている点に着目している」。