J3で日当5万円。Jリーグ審判員の質はこの待遇で上がるのか

2025年2月4日(火)18時0分 FOOTBALL TRIBE

JFA審判 写真:Getty Images

1月28日、Jリーグからあるリリースがなされた。「審判領域の質向上に向けた取り組みについて」と題し、2025シーズンに向けてプロフェッショナルレフェリー(PR)を2024シーズンの19人から24人に増員すること、加えてJ1担当審判員の手当の調整や、J2・J3担当審判員の手当底上げに触れたものだ。


また、選手OBが審判に転身する際の早期養成プログラムとして、4級審判員の資格取得からJ1担当まで約10年を要していたものを、最短で約5年に短縮する飛び級制度を導入することも記されている。


これは、選手OB審判員のパイオニアである御厨貴文氏(ヴァンフォーレ甲府/2007-2009、ザスパ草津/2010-2012、カターレ富山/2013-2014)がセカンドキャリアとして審判員の道を進み、2024シーズンのJリーグアウォーズで、最優秀主審賞を受賞したことも追い風となったと思われる。


ここでは、Jリーグにおけるレフェリングの質の向上を、審判員の待遇の観点から検証したい。




西村雄一氏 写真:Getty Images

明かされたトップ審判員の給与体系


J通算682試合(副審含む)で審判員を務め、昨季限りでトップリーグ担当審判員を勇退し、JFA審判マネジャーに就任した元プロフェッショナルレフェリーの西村雄一氏が、1月31日にスカパー!の『Jリーグラボ』にゲスト出演。MCを務めるJリーグチェアマン野々村芳和氏の質問に答える形で、自身のキャリアや審判員を取り巻く環境の変化、今後の審判員制度のあり方、加えて、自身のエピソードも失敗談を絡めながら語った。


西村氏は野々村氏と同い年の52歳。主審となればフル出場した選手とほぼ同じの約10キロ以上にも及ぶ走行距離が求められる。引退の理由として、体力面の衰えではなく、自身の経験を後継者の育成に生かしたいと語った。この年齢まで現役を続けてきた陰では、どれだけのハードなトレーニングを積み、節制してきたのかを想像するだけでも尊敬に値する。


野々村氏から話を振られる形で審判員の収入について問われた西村氏は「一般企業の管理職くらい」と語ったが、これを受け野々村氏は「1,000万円ちょっと」と付け加えた。ベースとなる基本給に加え、担当試合数が上積みされる給与体系だという。Jリーグトップからの発言だ。その言葉に嘘はないだろう。


担当試合数によるインセンティブは、主審に限れば、今季からJ1で15万円(昨季12万円)、J2で7万円(昨季6万円)、J3で5万円(昨季3万円)だ。受け止め方は人それぞれだろうが、少なくとも筆者は「安過ぎる」と感じた。


審判員には選手同様の運動量は当然のこと、完璧な仕事を求められ、一方のチームに不利益なジャッジをすれば、スタジアムで罵声を浴びるだけではなく、今ではSNSなどで誹謗中傷に晒される時代だ。それらの対価としては、あまりにも見合わないと思えるのだ。


さらに言えば、西村氏は日本を代表するトップ審判員だ。国際主審として、2010年のFIFAワールドカップ(W杯)南アフリカ大会では、日本人審判史上最多となる4試合の主審を務めた。同年、FIFAクラブW杯2010決勝(インテル対マゼンベ)の主審も務め、2014年ブラジルW杯の開幕戦(ブラジル代表対クロアチア代表)の主審を務めるなど、世界的に活躍した。そんな西村氏の年収が約1,000万円ちょっとでは、あまりにも夢がなさすぎるとはいえないだろうか。


プレミアリーグ 写真:Getty Images

世界の審判員の給与事情を比較すると…


2025シーズンのJリーグの登録審判員は主審56人、副審97人だが、そのほとんどは主たる職業を別に持ち、副業として審判員を務めている。プロフェッショナルレフェリー以外の審判員全てがこれに当たるといっていいだろう。例えJ1の主審だとしても、年間30試合を担当したとして、審判員としての年収は約360万円程度だ。


もちろん野々村氏もこの現状を良しとしているわけではないのだが、その原資に苦しんでいるのが現状だ。2024年度は約11億7,000円の赤字予算を組み、決算では約5億7,000円の黒字見通しとなったが、2025年度は再び15億1,000億円の赤字予算を組んだ。


Jリーグは公益社団法人であるため黒字予算を組みにくいという特殊な事情があり、結果的には近年は黒字が続いているのだが、経常総費用約343億3,800万円のうち、メディア露出のためのPR費用などで18億4,000億円、クラブへの配分金を5億4,000万円増やす一方で、これまでは審判員育成のための予算は据え置かれ続けてきた。今季になってやっと審判員育成に多くの予算を付け、本腰を入れ始めたようだ。それでも全ての審判員が本業として審判を務め、生活できる報酬を得るまでには至らないだろう。


海外ではどうか。イングランドのプレミアリーグの審判員は、その経験や能力に応じ、14万7,258ポンド(約2,811万円)、10万5,257ポンド(約2,009万円)、7万3,191ポンド(約1,397万円)と4つのランクの変動制の固定給があり、1試合1,116ポンド(約21万円)、VAR審判員でも837ポンド(約16万円)の追加報酬を得られ、加えて、判定の質や重要な試合でどれだけ正確に裁けたかによるボーナスも加算される。


スペインのラ・リーガの主審は、固定給14万8,621ユーロ(約2,389万円)に、1試合5,029ユーロ(約80万円)、VAR審判員は2,514ユーロ(約40万円)の追加報酬が加算され、また、ラ・リーガの審判員は広告の入ったシャツを着用するため、年間2万6,229ユーロ(約421万円)の追加報酬も支払われるという。


報酬面だけで言えば、Jリーグの主審はプレミアリーグやラ・リーガのVAR審判員にも及ばないのだ。


現在、最も勢いのあるリーグの1つであるメジャーリーグサッカー(MLS)の審判員はストライキで好待遇を勝ち取り、新労働協約では、最低でも約15万ドル(約2,327万円)の固定給と1試合あたり1,500ドル(約23万円)の追加報酬があり、ベテランクラスの主審に対しては、6か月分の退職金も支給されるという。


イタリアのセリエAやフランスのリーグアン、ドイツのブンデスリーガも、円換算で1,200万〜1,400万円の固定給と試合ごとに50万〜60万円の報酬が発生し、退職金制度も充実している。現実的に審判員だけで食っていけるに足りる報酬だ(それでも別に仕事を持っている副業審判員はいるのだが)。例外を挙げると、セミプロ審判員を採用しているポルトガルリーグでも平均年収は約430万円だ。


また、“金満リーグ”として世界を席巻しているサウジ・プロフェッショナルリーグは、プレミアリーグのトップ審判員マイケル・オリバー氏に、たった1試合で3,000ポンド(約57万7,000円)の報酬とビジネスクラスの航空券を提供。これはプレミアリーグの倍以上にあたる金額で、その後、他の英国人審判も続くようになったことでクラブやサポーターから批判され、この試みは終わりを告げた。




Jリーグ 写真:Getty Images

審判員の待遇改善は日本サッカーの発展へ


もちろん、報酬さえ上げれば審判員のレベルが劇的に向上するわけではない。しかし、フィジカル的にもメンタル的にもタフさが求められる仕事の対価としてみれば、Jリーグにおける報酬は少な過ぎるといえよう。


昨2024シーズンの天皇杯2回戦で、日本唯一のサッカー専門学校「JAPANサッカーカレッジ」がJ1名古屋グランパスを下し、ジャイアントキリングを成し遂げたことで話題となった。同校では選手のみならず、審判員も育成している。いまや、選手としてプロを目指すのではなく、審判員を志す若者も増えてきている。日本サッカー界にとっては非常にポジティブな流れとなっているが、その夢の先が年収360万円では、「やりがい搾取」といわれても致し方ないだろう。


何も全ての審判員の年収を1,000万円以上にせよとまでは言わない。しかしJリーグがプロの興行である以上、選手はもちろん、審判員もプロであることが求められているのではないだろうか。


せめて、審判員だけで食べていけるだけの報酬を設定さえすれば、審判員を志す若者が増え、そこに競争が生まれ、自ずとジャッジの質も上がっていくのではないだろうか。また、前述の御厨氏のように引退した選手のセカンドキャリアとして審判員を目指すケースも増えていく可能性もあるだろう。


現状、日本の審判員は、基本的なスキル、判定基準、一貫性といった面で、アジアトップクラスとの評価を受けている。しかし、他のアジア諸国が急激にレベルアップしているのも事実だ。


だからこそ、若い審判員がJリーグ、あるいは国際試合の経験を数多く踏むことによってレベルアップすれば、必ずや日本サッカーの発展に繋がるだろう。審判員の待遇改善は、その入り口となり得るに違いないと思えるのだ。

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