ウェストン・マッケニー|疲れ知らずのファイターが秘める無限の可能性

2021年3月20日(土)17時30分 サッカーキング

今季ユヴェントスに加入したアメリカ代表MFマッケニー [写真]=Getty Images

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[サッカーキング No.360(2021年3月号)掲載]

 スピードとフィジカルを備え、ヘディングに強く、複数のポジションを器用にこなし、守備者としてハードワークを惜しまず、エリア内に侵入してはゴールも決める。今シーズンのユヴェントスにおいて、ウェストン・マッケニーを上回るサプライズはない。

文=シュテフェン・ポッター
翻訳=井川洋一
写真=Getty Images

 ウェストン・マッケニーは義理堅い青年だ。少なくとも、自分を飛躍させてくれたクラブのことは、いつまでも気にかけ
ている。

 彼の新天地ユヴェントスは、新指揮官アンドレア・ピルロのもとで新しい時代を迎えているが、マッケニーの古巣シャルケはかつてないほどの不調に陥っている。創立116年の歴史と熱狂的なファンを持つドイツの名門ながら、今シーズンは順位表の一番下が定位置に。開幕戦でバイエルンに0−8の大敗を喫すると、第14節まで一度も白星はなし。55年前にタスマニア・ベルリンが残した「31試合連続未勝利」の記録に並ぶまで、あと1試合というところまできていた。

 結局、1月9日に行われたホッフェンハイム戦で4−0と快勝し、不名誉な記録に並ぶことはなかった。マッケニーはこの勝利に歓喜し、自身のSNSにシャルケのアンセムを歌う姿を投稿。大きな歌声を響かせ、最後は完璧なドイツ語で「頑張れ!」という言葉を贈って昨シーズンまでの仲間たちを鼓舞した。

 シャルケがこの投稿をシェアすると、瞬く間にフットボールファンに広まった。動画の再生回数は20万回を超え、多くのコメントも寄せられた。「一度シャルカーになったら、永遠にシャルカーだ」と。

「マッケニーはユヴェントスに集中できていないのではないか」。そんな心配は無用だ。この行動は、単に彼の朗らかな人間性が現れただけなのだ。ドイツにいた頃から、彼は鋼の肺と熱い闘争心を武器に、すべてのボールに食らいついていた。自身にハードワークを課すだけでなく、仲間にも限界を超えるよう叱咤できるリーダーでもあった。どんなチームにも、一人はいてほしいタイプの選手だ。

 チームへの献身性や真摯な努力という点において、ドイツ人とアメリカ人は捉え方が似ている(そして日本人も)。だからこそ、ブンデスリーガでは多くのアメリカ人選手(や日本人選手)が活躍できているのだろう。

たとえGKとして出場しても全力は尽くすと約束する



 シャルケはずいぶん前からマッケニーを注視していて、彼が18歳になった2016年8月にすかさず契約を結んだ。2009年からFCダラスで育成されたマッケニーは、シャルケのU−19チーム—メスト・エジルやマヌエル・ノイアー、レロイ・サネらを輩出してきた国内屈指の下部組織—に所属した。

 入団から数週間後、別の大陸からやってきたこの若者にキャプテンマークが託された。外国籍選手にとって極めて珍しいことだが、コーチ陣は彼を全面的に信頼していたという。渡独から、まだそれほど日が経っていなかったというのに。

 マッケニーは幼少期にドイツでの生活を経験しているため、言葉の問題はなかった。6歳の頃、アメリカ軍の兵士だった彼の父は、家族とともに派遣先のカイザースラウテルンに移住した。そこでの3年間で、マッケニーはドイツ語を習得している。

「先日、子供の頃に住んでいたオッターバッハを訪れたんだ」。1年ほど前、彼は地元紙にそう語っている。「当時の記憶が鮮明に蘇ったよ。ストリートで友達とボールを蹴ったことや、プールで泳いだこと、そしてケチャップとマスタードを仕込んだキャンディエッグをポルシェにぶつけたことなんかをね(笑)」

 少年時代の思い出を話すとき、彼の表情は明るくなる。

「僕たちにドイツの文化を知ってほしいという父さんの思いから、うちの家族は米軍基地の外に住んでいたんだ。オッターバッハには今も親友が住んでいるよ」

 幼少期の経験のおかげで、9年ぶりにドイツに渡ったあとも、新生活にすんなりと順応できた。

「家族のことは好きだけど、毎日電話をしているわけじゃない。ホームシックとは無縁だし、一人暮らしも悪くないよ」

 しかしそんな彼も、ピッチ上では戸惑いを感じることがあった。自分と同じ、あるいは上のレベルの選手たちばかりと練習すること自体が初めてで、自信を失いかけた。最初の練習試合で散々な出来に終わったあとは、「もう続けられないんじゃないか」と考えたという。

 それでも、持ち前のポジティブな姿勢で練習に取り組み続け、入団から1年も過ぎていない2017年5月、18歳のマッケニーはブンデスリーガ最終節でトップチームデビューを果たす。翌17−18シーズンは開幕戦から途中出場でピッチに立つと、その後は徐々に出場機会を増やし、中盤戦からは主力として定着。シャルケの2位フィニッシュに貢献した(現在からは想像もできない順位だ)。

 当時、シャルケのトップチームを率いていたドメニコ・テデスコ監督(現スパルタク・モスクワ)もまた、U−19チームやアメリカ代表の監督(マッケニーは2017年11月に初キャップ)と同じように、彼の優れた汎用性に気づいていた。マッケニーは本職のセントラルMFのほかに、攻撃的MFや左右のウイング、センターバックやライトバックでも起用されるようになった。

「テデスコ監督はいろんなポジションで使ってくれたから、今ではどこでも自信を持ってプレーできる」とマッケニーは言う。「どのポジションでも常に100パーセントの力を出せることが、自分の良さの一つだ。おそらくそれは、誰かに教えられるものではないはずだけど、幸運にも自分にはそうしたメンタリティがある。監督がGKとしてプレーしてほしいと言うなら、全力を尽くすことだけは約束できる。得意ではないけどね(笑)」

 これは当時の指導者も認めている。

「物事がうまくいかなくなったとき、彼(マッケニー)がどうあるべきかを示してくれる」とテデスコ監督は賛辞を送る。

「いい精神を持ち、驕ることなく、常にハードワークする。この姿勢を維持できれば、間違いなく成長していくだろう。本
当に楽しみな選手だ」

 優れたメンタリティ—これこそ、マッケニーについて語られるときに最も頻出する言葉だ。何事にも前向きに取り組み、失敗しても挑戦を続ける精神は、アメリカとドイツのスポーツカルチャーに深く根付くものかもしれない。両国で育まれたトップアスリートには、自然とそうした美点が備わっているのだろう。ピッチ上でタフに競り合う彼の姿が、そのことを物語っている。

僕はアスリートだけど、その前に一人の人間だ



 トップチームでの3シーズン目となった18−19シーズンには重要な戦力として認められ、ブンデスリーガとチャンピオンズリーグで初得点を記録。チームは不振に陥り、テデスコ監督が解任されてリーグ戦を14位で終えたものの、マッケニー自身は着実に成長していった。

「僕は守備が得意だけど、攻撃も好きなんだ」とマッケニーは話す。「たとえ最終ラインを任されたとしても、ずっと後方で待機しているのはイヤだね。監督の意向には従うけど、器用貧乏にはなりたくない。率直に言うと、どの試合でも中盤の中央で攻守に貢献したい」

 アメリカ代表のグレッグ・バーハルター監督も、彼の特長を生かすにはピッチの中央が最適だと考えているようだ。

「私からすれば、彼はセントラルMFだよ。強靭なフィジカルを武器に相手からボールを奪うだけでなく、迫力満点に敵陣のボックスまで攻め込む力を持っているから。彼が備えるスキルセットは、私の好みだね」

 そのスキルセットには、間違いなく得点力も含まれている。2019年10月に行われたCONCACAFネーションズリーグのキューバ戦(7−0の勝利)では、アメリカ代表の史上最速記録となる13分間でのハットトリックを達成した。いずれも、中盤の深い位置から駆け上がって決めたものだ。長いストライドでダイナミックに駆け込んでからは、落ち着き払ったシュートを決めたり、豪快に頭で合わせたり、体ごとなだれ込んだりと多彩にフィニッシュを決めてみせる。反応が少し遅れても段違いの加速力で相手より先んじられる能力は、リオネル・メッシにも近い。3ゴールの合間には、現地の解説者が「ヤバすぎ」とうなった足元の妙技で2つのアシストも記録している。

 19−20シーズンは新監督デイヴィッド・ワグナーの指導を受け、マッケニーはさらなる成長を続けたが、チームは苦戦し最終順位は12位だった。新型コロナウイルスが蔓延し始めたこのシーズン、中断期間中にマッケニーはあるテレビ番組でこう打ち明けた。

「休日はいつも13時くらいまで寝て、その後はソファでNetflixを見たりしている。練習は夜にするんだ」

 この発言にとあるクラブOBが「けしからん!」と怒りだし、そこにオンラインのヒステリーも加わった。しかし、リーグ再開後の彼のパフォーマンスを見ると、もう誰も非難の声は挙げなくなった。

 マッケニーは何事にも恐れず、自らの主張を隠そうとしない。昨年、母国アメリカでジョージ・フロイド事件が起きると、彼は直後のブンデスリーガの試合に「ジョージに正義を」というメッセージを添えた喪章をつけて出場。マルクス・テュラムやジェイドン・サンチョ、アクラフ・ハキミら同世代の選手たちとともに、不条理に異を唱えた。

 この行為はドイツサッカー連盟から懲罰を受ける可能性もあった。政治的な行為が厳格に禁じられているからだ。だが、「僕はアスリートだけど、その前に一人の人間だ」と語るマッケニーを、連盟が罰することはなかった。

エレガントで無駄がないピルロから多くを学びたい



 昨シーズンが終わりを迎えようとしている頃には、2つの事実が明確になった。1つは借金まみれのシャルケが金を必要としていること。もう1つは、目覚ましい成長を遂げるマッケニーにステップアップすべき時期が訪れていたことだ。

 やがて、リヴァプールやチェルシーを含め、多くのクラブが彼に興味を持っていると報じられるようになった。そしてサウサンプトンやモナコ、ヘルタ・ベルリンが本気で獲得しようとしたが、最終的に彼を口説き落としたのはユヴェントスだった。

 これまでのキャリアと能力、地に足のついた性格を考えれば、イタリア随一の名門においてもきっとおもしろい存在になれるはずだ。実際、ここまでの4得点を挙げた相手には、バルセロナやミランといった強豪やトリノという同じ街のライバルが含まれている。ナポリとのスーペルコッパにもフル出場し、2−0の勝利に貢献。自身初のタイトルを手にした。



 マッケニーがユヴェントスを選んだ理由の一つには、ピルロ監督の存在があるようだ。極上のスキルとビジョンで中盤の底から美しくゲームを組み立て世界を制した指揮官は、セントラルMFとしての成功を望む若者にとってこのうえないロールモデルとなる。

「彼(ピルロ)はフットボール史上最高のセントラルMFの一人だ」とマッケニーは言う。「そんな監督から、多くを学びたい。時々、監督もプレーするんだけど、球さばきがエレガントで無駄がない。誰もボールを取れないんだ」

 疲れ知らずのタフなファイターが、ピルロのような技術を身につけたら—。

 セリエAで初めてゴールを決めたアメリカ人選手は昨年、チェルシーのクリスティアン・プリシッチを抑え、母国の年間最優秀選手賞に輝いた。だが、きっとそれも、ほんの序章にすぎない。

※この記事は雑誌サッカーキング No.360(2021年3月号)に掲載された記事を再編集したものです。

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