【中野信治のF1分析/第11戦】形勢大逆転のフェラーリの圧倒的速さと戦略の迷い。角田裕毅に求める我慢の時間
2022年7月18日(月)14時0分 AUTOSPORT web
2022年シーズンのF1は新規定によるマシンの導入で勢力図もレース展開も昨年から大きく変更。その世界最高峰のトップバトル、そして日本期待の角田裕毅の2年目の活躍を元F1ドライバーでホンダの若手育成を担当する中野信治氏が独自の視点でレースを振り返ります。第11戦オーストリアGPはレッドブルの母国ですが、レースではフェラーリが圧倒。フェルスタッペンが3度ルクレールに抜かれるという衝撃の展開となりましたが、その背景、そして苦しい状況の角田裕毅について、中野氏が現状を代弁します。
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2022年F1第11戦オーストリアGP、まずは予選ですがQ3でのルイス・ハミルトン(メルセデス)が高速の7〜8コーナーでクラッシュしてしまいました。高速コーナーなので風の影響も言われていましたが、映像を見る限りは単純にハミルトンが攻めすぎたと思います。今回のメルセデスのクルマを見ていてもストレートがあまり速くないですし、コーナー出口の加速もトラクションが掛かっているにも関わらずその後の伸びがあまり良くないところを見ていると、その分コーナリングでタイムを稼がなくてはいけません。
7〜8コーナーは本当にアンダーステア傾向になりやすく、ハミルトンはクルマの動きの限界を使いながら向きを変えるべく走っていた結果、リヤが出て(滑らせて)しまいました。予選のときは100パーセントよいうよりも99パーセントくらいでアタックし、クルマを支配下に置きながらギリギリのところを使って走りますが、それで上に行けない場合はクルマの限界を超えなくてはならないときがあります。ハミルトンのミスはミスですが、クルマの限界を超えてアタックしなければならないという、追い込まれている状況といいますか、ある意味で自分自身を追い込んでいましたね。
チームメイトのジョージ・ラッセルもそうでしたが、メルセデス2台のクラッシュに関しては、クルマのパフォーマンスとして苦しい状況にあるけれども、本当にドライバーのふたりがなんとかその状況を打開しようと、自分の実力以上、マシンの能力以上のものを引き出そうとしているのがひしひしと伝わってきました。前戦のイギリスGPではポーパシング(クルマが上下にバウンドするような症状)もある程度収まり、いい走りを見せていたので、今回のメルセデスはもう少しフェラーリとレッドブルに近づきたいという思いがあったはずです。
今回のメルセデスはクルマ的にもそこまで悪いようには見えませんでしたけど、オーストリアGPのレッドブルリンクは登りが結構キツくてアクセル全開率も高いサーキットで、かつ高地にあるのでパワーユニットの差が出やすいと思います。直線は短いのでストレートエンドのスピードはそこまで変わりませんが、ターン1、ターン3、ターン4と、小さいコーナーからの立ち上がりではパワーユニットの馬力、純粋な差というのがかなり出てしまいます。メルセデスはそのあたりで置いていかれる部分が大きかったですね。
翌日のスプリントレースではハミルトンが「ハースよりもストレートが遅い」とコメントしていましたが、ハースはフェラーリのパワーユニットが搭載されているので明らかに良かったですし、加速でのトラクションもハミルトンの方がうまく掛けているにも関わらず離れていく様子がオンボード映像でも映っていました。それもメルセデスがフェラーリとレッドブルという2強に対して遅れをとっている理由のひとつです。まだマシンを煮詰めていかいないといけない部分もありますが、それだけの差ではないということがすごく明確に分かりやすい映像でした。
オーストリアGPではレッドブルの母国GPでもありますし、去年までの成績もいいので今回も速いのかなと思われましたが、予選ではシャルル・ルクレール(フェラーリ)のコーナリングスピードが圧倒的に速かったのがわかりました。特にターン4を抜けた後の高速コーナーが速く、明らかにクルマが決まっていました。アクセルを踏んでいる量がマックス・フェルスタッペン(レッドブル)とは比較にならないくらい、多い状態でした。
そのフェラーリの速さは、クルマのダウンフォースがレッドブルより若干多いということと、クルマのもともとの回頭性の良さの両方から来ているのだと思います。レッドブルリンクはコーナーが結構回り込んでいるので、どうしてもクルマがアンダーステア気味になってしまいますが、ルクレールはそういったコーナーが抜群に速かった。ですが、予選ではフェルスタッペンがうまく一発タイムで凌ぎ、スプリントも抑えましたが、レース後のフェルスタッペンは『タイヤがかなりピーキーだった』とコメントしていたのに対してルクレールは『決勝は行けそうだよ』という内容を話していましたよね。スプリント後はそれが本当かどうか分かりませんでしたが、決勝で蓋を開けてみれば、それが本当だったことがわかりました。
●予選でのフェルスタッペンとルクレールのオンボード映像でのアタック比較動画
スプリントは周回数が24周なので燃料搭載量も軽く、燃料が入ってないときのタイヤのデグラデーションに関しては何とかフェルスタッペンも凌ぐことができた印象でした。そしてスプリントレースのスタート直後にルクレールはチームメイトのカルロス・サインツと良いバトルを繰り広げましたけど、そこでタイヤを使ってしまい、ペースを落としてしまった分のロスも大きかったですね。あのバトルも見方によっては、フェラーリとしてスプリントを勝たせたいと思うのだったら、サインツを先に行かせてフェルスタッペンを追いかけてフェルスタッペンのタイヤを使わせて、2台のタイヤが落ちてきたところをルクレールが追い抜くという戦略にした方が良かったのではないかと思います。
フェラーリ的にはそういった判断で決めあぐねているといいますか、ルクレールとサインツ両方にそれぞれの良さがあるので、どちらを優先するか絞りづらいのだと思います。チャンピオン争いを考えるとルクレールだと思っているのでしょうけど、サインツも頑張っているので何とかしてあげたいという思いもフェラーリ側に見えますし、でもルクレールにチャンピオンを獲らさないといけないという葛藤みたいなものが感じられるスプリントでの戦わせ方でした。
そして決勝では、フェルスタッペンがルクレールに3回も追い抜かれるというある意味、衝撃的なレース展開でした。決勝のフェラーリのレースペースに関しては少し驚きでしたね。燃料を満タンにしたときのタイヤのデグラデーション(性能劣化)を考えると、シーズン序盤戦のフェラーリはクルマが決まってるように見えるのに、いきなりタイヤのグリップが落ちてしまうという場面もありました。その傾向が今回も起きるのかなと思いましたが、まったく起きませんでした。たしかに普通に考えれば、フェラーリのクルマはあれだけ曲がりやすい特徴なので、クルマの向きが早く変わってフロントタイヤをいじめない、そして早くアクセルを踏むことができてリヤタイヤも守ることができるのでタイヤには良いはずですよね。
●シーズンの分岐点になりかねないフェラーリの圧倒的速さ。角田裕毅に求めたいアンガーマネジメント
対するフェルスタッペンのレッドブルは中高速コーナー区間でかなり苦しんで走っていて、フェルスタッペンはマシンをスライドさせながら技で走っている感じがありました。普通に見ればタイヤは絶対レッドブルの方が保たないということは明白で、決勝はそのとおりの結果になりました。レッドブルとしてはこの傾向が今後も続くのか、それともオーストリアに限ったことなのかが判断がつきづらいところです。ここまでデグラデーションに苦しんだレースは、レッドブルはあまりなかったと思います。
もしかしたら、今回のレッドブルリンクがフェラーリにマッチしていてレッドブルに合っていなかったということも、ひとつの理由に挙げられるかもしれません。フェラーリのクルマのアップデートが、ずっとデグラデーションに関してなのかはっきりしていませんでしたけど、今回の内容を見て、やはり前半戦のデグラデーションの問題はもう解決されてるのだなというのも答えとしてはあったと思います。
フェラーリはルクレールが速さを見せましたが、一方でサインツはレース終盤にパワーユニットのトラブルに見舞われてしまい、速いけれどまだリスクもあるなということを感じました。今回のオーストリアGPは前半戦最後のレースでしたが、エンジン/パワーユニットの信頼性という面は、今シーズンが始まってフェラーリがずっと抱えていた問題です。どこまで馬力を出す設定で走らせるかというのもフェラーリもすごく手探りだと思いますし、楽ではないはずです。
自分の考えとしては、今のフェラーリはかなり守りの方にエンジンの出力を振っていると思います。今回は高地だったこともあり、パワーユニットに対する攻撃性は他のサーキットよりもかなり高く、しかも全開率も高い。今回はそれがサインツに運悪く出てしまった感じでした。今後に向けてどうなのかということもありますけど、それでも、そのエンジントラブルも関係ないくらい、今回のフェラーリは本当に速かったです。
また今回のオーストリアGPでは、スプリントと決勝を含めて4コーナーでアクシデントが多かったのが印象的でした。バックストレート後の4コーナーはすごく難しく、とにかく見た目よりタイトでかなりの勢いで下っています。登りの3コーナーを立ち上がってから下っていきますが、これが画面で見ている以上にキツく下っています。そして4コーナーのエイペックスから出口に向けて崖のようにドカンと外側に路面が落ちていて、タイヤが半分浮いたような感じになってしまいます。
4コーナーでは縁石に少しマシンを乗せて向きを変えたり、ブレーキのリリースタイミングを変えながらうまくクルマの向きを変えて走らないといけないコーナーです、タイトなコーナーでフロントの荷重が抜けてしまい、今季はさらにレギュレーション変更の影響でフロントが抜けやすくなっていますので、アウト側から他車が来てしまうとイン側のクルマは相当スローダウンをしないと曲がれないコーナーになってしまいます。なんとなくドライバー同士の阿吽の呼吸で『入り口から来られた』『もうこれは仕方がないな』と自分が守りのライン、外側に膨らまないラインを通れる場合と通れない場合もあり、競いながらコーナーに入るときはブレーキングから一気にそこまでペースを落とすことはできません。
ドライバーとしては3コーナーの立ち上がりからDRSも使用できるのでストレートで並びやすい場所でもあり、外側から抜きに行くのは定石のコーナーです。ただ、当然イン側にいるドライバーも争っている。4コーナーはタイトなことと、レギュレーション変更の影響からも、2台で並んで回るのは難しいので、どちらかが引かないと当たってしまうコーナーです。
その4コーナーでラッセルと接触したセルジオ・ペレス(レッドブル)は昨年もまったく同じようなクラッシュをしていましたよね(苦笑)。ただ、ラッセルも(ピエール)ガスリー(アルファタウリ)もそうでしたが、イン側のマシンにペナルティというのは少し可哀想な気もすので、僕的にはレーシングアクシデントなのではないかなと思ってしまいます。
もちろんイン側、アウト側、両者の主張は分かります。アウトから抜きに行っている方としては前にいるんだからもっとイン側に寄ってよというのも分かりますし、イン側としてはもうこれ以上は寄せられないと思ってしまいます。ただ接触の起点になったのはやはりイン側のマシンにはあるので、アウト側のマシンの方が前に出てコーナーに入っている時はそちらに優先権があるという理由でラッセル、そしてガスリーのペナルティになったのだと思います。
そしてもうひとつ、今回のオーストリアGPではトラックリミット違反も多かったのが印象的でした。このトラックリミットも少しレース展開に水を指すといいますか、サーキットレイアウト的にそうなることは仕方ないことだと思います。最終コーナーのように縁石の外側を踏まざるを得ないコーナーが多いですし、おそらく来年はルールを変えてくるのではないかと思います。決勝では燃料を積んでクルマも重くなり、タイヤもどんどんとグリップをなくしアンダーステアになっていきます。そうなると縁石を使わざるを得ないので、ルールはルールなので仕方がないですが、予選はともかく、レースではドライバー側にも、見ている方にも、何かもう少し考えてあげてほしいなと思いました。
最後になりますが、今回のアルファタウリと角田裕毅は苦戦を強いられました。アルファタウリはアップデートがない状態でレースを続けざるを得ない状況が続いていて、裕毅だけではなくガスリーもかなり苦しい状況でした。予選まではクルマもすごく悪いようには見えなかったのですけど、突出して良いところも見えない状態で、予選での流れも含めて裕毅に関してはストレスが溜まるレースになったとは思います。
予選では裕毅が1コーナーで飛び出してしまいましたけど、その前のウォームアップランでガスリーが裕毅を追い抜いてしまい、それで裕毅は少しスローダウンしなければならなくてタイヤを温めきれずにミスをしたということで無線で怒っていました。そういう意味では、最近の裕毅は無線がちょっと注目されすぎています。
もちろん、裕毅も気持ちを表にすることは大事なんですけども、アンガー(怒る感情の)マネジメントもすごく重要です。別に無線のボタンを押さずにコクピット内で怒ればいいと思いますし、無線で言うことがプラスになるのであればどんどん発言したらいいと思いますけど、そうするとやはり逆に自分を厳しく追い込むことになってしまうので、なんとかうまくやってほしいです。
裕毅の気持ちは分かります。我々が知り得ないところ、見えている部分なんて本当にただの一角なので、それ以外のところでもやはり思いどおりにいかないこともたくさんあると思うので、そういった気持ちやストレスが溜まっているのだと思います。ただ、見ている側の人たちはそういったチーム内の背景までは分かりません。そこで無線のそういった感情の部分だけで評価されてしまうのは残念ですので、そのあたりを裕毅はまだ学ばなくてはなりません。
レースに関しては、本当に今のアルファタウリのクルマの状況のなかで、やるべきことはやっているように見えました。何とかラップタイムを安定させようとして走っていましたので、今はとにかくマシンのアップデートを純粋に待ちたいと思います。次戦のフランスGPではアップデートが投入されるようなので、それが良い方向に行ってくれれば、また中団争いに戻ってこられると思うので、本当のチャンスを引き寄せるためにも自分の気持ちも含め、チーム内のいろいろな流れを作っておいてほしいと思います。シーズンはまだまだ長いので今後も期待しています。
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<<プロフィール>>
中野信治(なかのしんじ)
1971年生まれ、大阪出身。無限ホンダのワークスドライバーとして数々の実績を重ね、1997年にプロスト・グランプリから日本人で5人目となるF1レギュラードライバーとして参戦。その後、ミナルディ、ジョーダンとチームを移した。その後アメリカのCART、インディ500、ル・マン24時間レースなど幅広く世界主要レースに参戦。スーパーGT、スーパーフォーミュラでチームの監督を務め、現在は鈴鹿サーキットレーシングスクールの副校長として後進の育成に携わり、F1インターネット中継DAZNの解説を担当。
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